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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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2-6 俺の考え休むに似たり

 家に帰ってきた。


 俺が確認した限りはデビルバスターズの尾行か追っ手はいない。仮にいた場合に撒く努力でもしようと思ったが、さすがに公的機関が俺の家を調べられないというとはないだろう。家は知られていると断言しても過言じゃない。さすがに無駄なことはやらないことにした。


「うーん」


 『内部装甲インナー』を解除して服の裾を玄関で擦る。

 ばさりと音を立てて赤い戦闘用長外套コートを脱ぎ捨てると同時に『物品送還アスポート』で跳ばす。靴もいっしょに消えるのをしっかりと確認しながら廊下を歩き出した。


「おかえりなさい」


 ままごとをしていた応接間から顔を出したリキマルに軽く手を振って応える。樹皮の帷子はそろそろ洗おうと思っていたので脱いでから力場を使って洗濯籠に放り込んでおく。


「どうかしたの?」


 俺の難しい顔を見てか、リキマルは優しく聞いてくる。

 俺の好む間合いで俺の好む声音だ。

 あまりに心に響きすぎて逆に怖い。むしろ不快だ。


「俺も人によってころころ口調を変えるけどお前も安定しないな」


「おもしろいよ」


 さっくりと言い放つ。

 口調っておもしろいとかそういうもので変えないと思う。

 しかし、


「困ったことになった。デビルバスターズに目をつけられたようだ」


「それは大変だね」


 俺の記憶アーカイブから情報を得ているだろうに、リキマルの言葉は簡素なものだ。下手を打つと魔女裁判のように断罪される可能性がある。もちろんその前に打つ手は多いが、それよりも早く電撃戦で攻撃されれば当然それなりの被害が出る。


 で、その「それなりの被害」というものはとても看過できないものなのだ。


 まず、社会性の喪失が大きい。

 デビルバスターズが認定する悪魔判定はこの日本においてかなりの効力を持っている。こいつらが悪魔であると認めてしまえば圧倒的多数の人間が俺を「悪魔である」と定める。そして「悪魔の家族」もそれに類する扱われ方だ。

 通常の冤罪同様、一度貼られたレッテルは剥がせない。どうやっても。


 続いて、デビルバスターズという組織の壊滅についてだ。

 壊滅させてしまうと、さすがに俺が悪いことになる。人員を懐柔しようがボコボコにしようが、さすがに組織の管理運営に被害を与えると問答無用で恨まれる。社会的喪失を恐れているのに、わざわざ確実に喪失させる意味はない。


 最後に、あの御剣理昇みつるぎりしょうとかいう男、かなりヤバいやつかもしれない。

 デビルバスターズというよりも、あいつ個人の考えで俺に目をつけた可能性がある。


 「斬る」とかどうとか言っていたので、たぶん武器戦闘系の人間だ。そして身のこなしからして日本剣術だろう。手元に武器を持っていなかったので、俺のように武器を呼べるか、そもそも戦うつもりがなかったのか、俺に技を見せたくなかったのか、無手でもそれなりに自信があるはずだ。


 いや、日本剣術が主武装で無手は副武装だろう。


 確かデビルバスターズの誰かに刀を使うやつがいたはずだ。

 あまりの殲滅力の高さと戦闘速度から、戦闘目撃者がほとんどいないのがデビルバスターズだ。それだけ政府の要望に応えた実力を備えた凄まじい異能集団であり、なにより裏方・・まで一手に担っている無情な連中という話も聞いたことがある。


 実力で戦わず相性差で切り崩せる場所から叩いていく俺としては、別に狙われたところでそこまで怖くもないがちょっと今は時期が悪い。


 子供がいる。

 リアムがいるのだ。


 いや、そもそもリアムもたぶん、なんらかの要因になっている可能性も……


「雅弓、どうかしたの?」


 応接間の三人掛けソファに腰をおろしたら、その隣にリキマルが座った。俺はソファの隅に斜めになるように深く腰を落ち着けている。リキマルはそれにしなだれかかるように座りたさそうだ。


 だが、さすがに遠慮してもらう。


「司ちゃん、おいしいですか?」


「うん、おいちいよ」


「よかった、どんどん食べてねー!」


 ソファの正面、反対側のソファに寄せて隣接させてあるテーブル、その上に大きな大きな赤ん坊が寝そべっていた。


 氷上司だ。

 うちの兄だ。

 現在は涎掛けとなんか赤ちゃんフードみたいなものをかぶった赤ん坊だ。


 恥っず!!


「あ、雅弓、いいところに――むぐっ!?」


「どんどん食べてねー」


 お母さん役であるリアムがソファに座りながら司の口に匙をねじ込んでいく。手には使い込まれた銀色のボウルが握られており、その中には甘いヨーグルトみたいなものが入っていた。

 ああ、あれか。姉が好きな牛乳を混ぜたら固化する食べ物か。確か買い置きが大量にあったから大量に作ったのだろう。もともとは縁いっぱいまであったのか、その辺りまで白いどろどろで濡れていた。


「兄さんがんばったね」


「むぐむぐっ!」


「十人前くらい食べたの?」


「むぐーっ!」


「いやいや、ちょっとわかりませんね。それは兄さんが続けるべきだと思う。だってリアムを困らせたんだからね」


 そこまで話してからリアムはようやく俺に気がついたのか、「おかえりなさい!」と元気良く挨拶してきた。俺も「ただいま」と軽く返すと辺りを見回す。姉がいない。というか、リアムが正気に戻ったなら電話してくれよ。

 だがこの場で一番まともなのが兄であり、その兄が遊びのメインになっているのでそんなことをすることができなかったと伺える。

 まあ、日常生活で兄に期待をするほど俺もあまりお人好しじゃない。

 なにせ高校を放っておいて一年間修行、二年間幼馴染に監禁されていた輝かしい経歴を持つ社会不適合者だ。俺もなかなかの不適合っぷりだと思うが、さすがにここまでは……

 何の関係もないが、監禁されていた二年のうちの一年はその幼馴染は学校を休んでいる。

 何の関係もないが。


「ああ、そのままでいいから聞いていてくれ」


 俺は兄の助けを行わないことを宣言すると話を始めた。

 言い忘れていたが、現在、俺の兄は両手両足を封魔用荒縄で完全に縛られており、テーブルの上に杭で張りつけにされている。緋守の封印杭を真似て俺が作ったものだ。第二位階以降にさっぱり効果がないので物置に放っておいたものを姉が引っ張り出してきたのだろう。良いチョイスだ。


 杭が打たれたテーブルは後で買い換えるとしよう。

 テーブルは黒の合板木製なのだが、いとも簡単に杭が刺さっている。実はここにいるリアムを除く全員がこんなことをできるので別に驚くことはない。もしかしたらリアムもできるかもしれない。やらないでほしいが。


「めんどくさいから俺の推測を交えたまま話す」


 涙目で俺に何かを訴えかけてくる兄を足蹴にする振る舞いで続ける。

 そもそもなんとかしようと思えばなんとかできるのだ。ちょっと強い力で縄を切ってしまえばいい。兄は優しいからその時の出力調整をミスってリアムを怪我させる可能性を考慮しているのだろう。要らぬ世話だな。


「なぜだかわからんが姉さんがリアムを拾った場所まで行ったらデビルバスターズが作戦行動中だった。そして御剣理昇とかいう雰囲気のヤバいやつに見つかった。デビルバスターズの作戦を手伝って全長二十メートルのゴーレムと戦って帰ってきた。これが全体の流れ」


 俺は封印杭の綻びがあったので丁寧に直す。

 兄も嬉しがっているようだ。


「まず何から言えばいいかな」


 考える。

 理昇が俺に声をかけてきたときだ。

 あいつは誰かに誘導されてこちらへと来た、と話していた。なるほどそうか。デビルバスターズが良くわからない人物の話を聞いて俺のほうへと来たというのがまず信じられない。団地のおばさんならともかく、さすがに「斬ったほうがいいレベル」となるとあいつなら本当に斬りかねない。斬ったかもしれないし退いたかもしれないが、どちらにせよ高位位階者に話しかけてくるやつなどまともな人間じゃない。そいつの発言から俺の名前が漏れたとしたらやはり問題だ。

 理昇が嘘をついていた、と考える。

 理昇に目をつけられたという事実がすでに終わっている。

 残念ながら俺はあの変の連中に目をつけられるほど悪意に満ちた仕事はしていないし、俺自体にそこまで大きな異能力を使っていたわけでもないのであの場で目をつけられたということもないはずだ。異能者は多かれ少なかれ自衛の手段を身にまとわせている。


 リアムの件についてだが、これはよくわからん。

 そもそもリアムがあの団地の人間なのかもわからない。ただ「あの場所にいただけの可能性」もある。これは今から聞いてみればいい。後回しにした俺が悪い。

 理昇が探していたというのは本当かもしれない。


 デビルバスターズの仕事についてだ。

 こちらも謎が多い。

 そもそもあのメタルゴーレムは誰が作ったものかもわからないし、あの内容も理昇が適当に言ったウソの可能性もある。が、隣にいたワークミッツとやらの表情を見る限りは本当のことだろう。さすがに調べればバレる嘘はいくらなんでもつかない。

 あの犯罪内容は存在した事実だろう。


 …………わからん。

 あまり頭の良いほうじゃないからな。

 世の中の天才はこの程度の情報でわかるのだろうか。それとも俺が抜き出した部分以上に有用な場所が記憶に存在するのだろうか。



 さすがに俺が完全に敵対するくらい不信感を持っていることを理昇はわからないはずだ。

 最悪、俺を発見したということを考えると団地をカバーする索敵範囲を理昇は持っている。さすがに俺は何もないときまでは遠くまで『眼』を延ばしていない。戦闘状態とそうじゃないときの差だ。現在は対時神用の対策を施しているので広範囲までカバーしきれていない。


 待てよ。

 もしかして時神が俺を殺そうとたくらんでおり、理昇やそのほかの連中をどうにかして使って俺の油断を誘っている可能性もある。

 ないか、そんなの。


 まあ念のために兄さんに頼んでおくか。


「時神が俺を狙っている可能性があるんで、俺が油断したときの補助をよろしく、兄さん」


「のあッ!? デビルバスターズと時神が手を結んだのか!?」


「え、そうなの。よくわからないけど」


「え?」


 何を言っているのだろう。この優秀な弟の愚鈍な兄は。そんなことは言ってないじゃない。


 しかし目下の問題は御剣理昇か。

 おそらく「理昇は雅弓を嫌悪している」ということを俺が理解しているということを知られてはいない。もちろん人間は腹の奥で何を考えているかわからないが、それでもこんなに確実に知っているとはわかっていないはずだ。


 そして現状としては俺は、理昇が理想通りに動いているのではないだろうか。



 ……まとめる。



 御剣理昇は敵である。

 御剣理昇は俺を狙っている。

 リアムも関係がある。


 これは確実だろうか。

 偶然で片付けるにはあまりに強い要素だ。

 次に、


 俺の動きは理昇の理想通りである。

 俺にとって悪い状況になりつつある。


 この辺りは不確定だが概ね間違いとも言いがたい。

 とりあえずはこの前提で動くべきだ。


 しかしわざわざこの日守家のゴタゴタがあった時期に偶然? と考えることもあるかもしれないが、少しだけ思考をズラせば特におかしいことはない。

 この時期よりも前から御剣理昇は俺を敵として認識していた。いつか俺に何かしらの行動を起こすつもりだったが今までは準備ができておらず、なおかつ機会に恵まれていなかった。

 今回、俺があの団地に行くことでその機会が訪れた、というわけだ。

 もっと前に起こる可能性もあったし、十年後の可能性もあった。その程度だ。

 穴としては俺に危害を加えようとする意思の妙だろうか。

 その気になれば三十分でやってきて即座に不意打ちを行えるだろう。にもかかわらず何も行っていない。奴の中ではすでに終わっていて、ただの復讐だと考えると少しは辻褄が合うだろうか。復讐は絶対に行うが社会性は犠牲にしたくない。


 閃く。


 ……リアムを俺に懐かせて、それを狙うことで俺の隙を誘う。実はこれまでにも似たような条件はあったが、俺がそのことごとくを無視してきた。または完璧に対処してしまった。だが今回は成功したので、作戦を継続している。俺の直感がこれだ、と言っている気がする。いや――



 わからない。



 くそ、『時神ばか』を前提で考えてしまうと何でも可能であるために思考がめちゃくちゃになっていく。まともな経過が得られない。



 もしかして考えるだけ無駄なのだろうか。

 単に今日目に付いた俺がなんとなく気に入らないから殺そうと思っているだけなのか。

 俺が被害者意識を持っているだけで、別に理昇としては何も考えていないのだろうか。


 考えれば考えるほど深みに嵌る。


「ふう……」


 俺はため息をつく。

 俺にこんな深い思考は似合わない。

 俺はいつもどおり、ただ向かってくる敵を叩きのめせばいいだけだ。


「よし、すべては時神が悪い!」


「お、おう」


 兄が生返事をする。


「いやー、やっぱりアレだわ。時間とか空間とか操る奴は駄目だわ」


 背伸びをする。

 ばきばきと骨が鳴る。気持ちがいい。すっきりした。



「向かってくる敵は叩き潰そうぜ!」



「またろくでもない思考に嵌ったのか、雅弓。お前、昔と比べて考えるようになったかと思ったが、やっぱり脳筋だよな……むぐ」


 兄が何かよくわからないことを言い始めたのでリアムから匙を奪ってヨーグルトみたいのを兄の口の中に次々と突っ込んでいく。食べ物を無駄にしたくないのか、それともリアムが作った料理だからなのか、兄はおとなしく白いどろどろを飲み込んでいく。


「リアムー! 見つけたわさ! お酒まとめるやつ!」


 廊下から姉が走ってきた。

 どうやらジョウゴを探してきたらしい。瓶などの液体を移し変えたりまとめたりしたときに使う円錐状の道具だ。英語でファンネルとか言うらしい。


「姉さん! ナイス!」


「雅弓! おかえりだわさ! パース!」


 俺の声を受けて姉がジョウゴを投げる。もちろん俺に向かってだ。


「え、おい、それはちょっと――むぶっ!?」


 速攻で兄の頭をふとももで固定すると口にジョウゴを差し込んだ。


「リアム、いまだ!」


「はーい!」


 リアムが立ち上がってボウルの中身をジョウゴにこぼし始めた。



 考えたってわからんものはわからん!

 難しい話は終いだ!

 デビルバスターズが俺の敵になるなら叩き潰すまでだ。


 俺は昔のわかりやすい思考へとシフトし始めた。


 理昇は俺が「疑問は残るが常識的に行動する」とは思っているだろう。雅弓は理昇を疑っているわけではないと思っている。

 そのまま常識的に行動するなら、俺は夕方にはリアムを家に届けることになる。

 俺の閃きが正しいならあと最長で四時間以内に家に帰さなくては、理昇に不信に思われる。別に思われたところで構いはしないが、その場合は斬りかかられる可能性も少なくない。


 とりあえず、リアムは四時間以内に自宅に帰すとして、それまでに理昇の対策を練っておく必要がある。


 何事もなく、無事で、すべては俺の下衆な勘ぐり程度で済めばいいのだが。



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