表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
34/65

2-3 単独行動

 外へと出た。


 さっきまで着ていたタンクトップの上から樹皮をなめしてつくった糸の帷子を着込むといつもの赤い戦闘用長外套コートを着て革帯を留めていく。身長と合っておらず、裾が玄関を擦っていた。俺はいっしょに

物品転送アポート』で取り出した革長靴をにつま先だけ入れてから異能力『力場』を使用する。

 本来は遠くにあるものを取ったり掴んだり、不可視の壁や腕を作り上げる異能だ。しかし研鑽を積めばいろいろと応用が利き便利なものになる。

 たとえば『内部装甲インナー』と呼ばれる技術だ。

 体と服の間に異能を挟むことで防御力はもちろんのこと、筋力補助などを行う技だ。厚みが出るのだが維持できればいろいろと有効だろう。筋力補助をしてくれるので走る速度が上がり、振り下ろす腕の威力も増す。肉体細胞自体をいじってから行えば爆発的な身体能力になるだろう。俺もそれなりにはやっている。


 だが俺が目を付けたのは「厚みが出る」という部分だ。


 もともと『利き腕ライトアームズ』という精巧に作り上げた擬似腕があるので、その応用として他の部分の肉体も『力場』でつくったのだ。厚い胸板、丸太のような腕、強靭な足、頭と同じ大きさの首元、もちろん筋力補助として使っているのでハリボテではない。それに『着色ペイント』と呼ばれる異能で細緻な色をつけて本当の肉体と見分けがつかないレベルまで引き上げた。


 そのために俺がこの『内部装甲』を使用すると身長百八十八センチの身体能力の肉体まで引き上げているのだ。一応『擬似質量マス』で重量も加算しているので見破るのは難しいだろう。あと本来『擬似質量』は近接武器に使用する異能でメジャーなものだが、俺は武器が傷むのでやってない。傷んだところで何も問題はなくてもだ。


 玄関先の踏み石を三歩ほど進む間には俺の姿は長身の男になる。

 基本的に外ではこの姿だ。


 本当はリアムを誘って行きたかったが、外に出たがらなかった。

 この辺りもちょっと不思議な点だがあまり気にしていても始まらない。とりあえずは動いてみる。姉からリアムを誘った場所を聞いておいたのでそちらへと向かうことにする。


 十分ほどかけて二キロほど移動する。

 エレベーターがないタイプの団地へとやってきた。ナンバリングされた大きな建物が十三棟並んでいるのは圧巻だ。周りには手入れのされた花壇と掃除の行き届いた縁石でとても清潔感がある場所だ。ところどころにシーソーとブランコなどの遊具が置かれており、子供たちが遊んでいた。

 普通の団地の光景だろう。


「さてそもそもなんでここにきたんだ、姉さん」


 独り言を呟いてみるが、誰かが返答してくれるというわけでもない。

 俺は姉がリアムを見つけた場所を見る。


 縁石に腰を下ろして俯いていたそうだ。

 少し欠けているが普通の縁石だ。カーブの内側に位置するために危ないといえば危ないが、見晴らしも良いのでこれで自動車にぶつけられてしまったのであれば、相手にかなりの額を請求できるだろうと推測できる。ああ、よほど不思議な速度で突入してこないと死ぬことはないだろう。


 ふむ、と『残留閲覧サイコメトリー』を使用する。


 だが残念ながら何も読み取れなかった。

 ノイズのようなものが見えるだけだ。正確に言えばかなりの情報が渦巻いておりまともに見えたものではない。簡単に言えばこの場所で何か強い思考を行わなかったということだ。

 ここでは特に何も考えておらず、ぼーっと過ごしていたのだろう。


「もしかして政府の人間かい?」


 声のほうには六十代くらいの女性が立っていた。

 顔のたるみとホウレイ線辺りのシワが目立っているが、目じりや肌の細かいものはすべて化粧で隠されている。服も洗いたてのパリッとした印象を思わせる大きな花柄の上着に黒のパンツだ。手にはハンドバッグを持っていた。


 買い物だろう。

 ここから歩いて二分の場所にスーパーがある。そちらに用事があると思える格好だ。化粧の手の抜き方が上手い。この秋めいてきた季節なら一時間は楽に持つ。


「民間ですよ。ちょっと調査を」


「大変ね。悪魔ばっかりで」


 俺は「そうですね」と肯定的な発言を返す。リアムについて有益な情報を持っていないような、そんな印象を受ける。『残留閲覧』ではリアムの姿を確認できなかったので日常的にあの場所に座っているとは思いにくい。そのためリアムと、リアムが座っていた場所に関連性を見出して話しかけてきたとは思えない。


「やっぱり子供の悪魔憑きは怖いわよね。うちの孫もあんなふうになったらどうしようかと思うわ」


 十中八九殺されることになるだろう。

 子供の悪魔は被害が大きく割に合わない。主に親や大人や適当な団体が苦情を入れてくるので殺害しづらいのが問題だ。特に『魔王オーサー』は大問題の域を軽く超えてしまい、二桁の死者が確実に出る。それが一般人であるなら被害も少ないのであるが、対悪魔討伐の異能者であると以降の討伐に圧倒的な支障が出てしまう。

 確か誰だったか。

 特殊災害対策課デビルバスターズの誰かがうまく誘導して『魔王』を適当な団体にけしかけて凄まじい被害を意図的に出していた。それこそ悪魔のような奴だったと聞いたが、噂レベルの話なのでまともに知らない。その後の団体員は一転して悪魔排斥派になるというところまでワンセットなので、特におもしろい話でもない。


 だから真実を言っておいた。


「まあ、死にますね。確実に」


 俺の一言が刃物のように喉を引いた。

 女性は息を止めて肺から搾り出すように潰れた声を吐き出す。

 ほんのちょっとだけ死んでいたような、そんな目を見開いた顔つきだった。


 女性はすぐさまむっとした表情になる。

 だが、俺は続けた。


「間違えないでください。悪魔に憑かれるのは理由があります。その理由を生み出しているのは環境であり、環境とは親の責任です。『悪魔化デビライズ』とはそういうものです」


 俺は視線を逸らさずに強い口調で断言する。

 そういう気構えでなければ悪魔の親族はできない。どういう流れで広まっているのかわからないが、悪魔の家族は蔑まれる傾向にある。こちらから見ればそれは正しいのであるが、単に「犯罪者の家族」というニュアンスで蔑まれている可能性あるので、いっしょにしてもらいたくはない。


 女性はさらに顔にシワを寄せて、猛烈に不機嫌な顔をする。

 人前では慎んだほうが良い顔であるのは間違いないだろう。


「失礼な男ね。こっちは親切にしているっていうのに。さっきの男といっしょだわ、まったく。話しかけなければ良かった。あの子が『悪魔人ダンピール』は正義の味方で誰でも助けてくれるから見かけたら話しかけておいたほうがいいって言ってたから話しかけたのよ。勘違いしないでね」


 女性はそれだけいうと背中を向けて去っていった。


 まあ、気持ちはわかる。

 友好的に話しかけてきたのに、意地の悪い話をしてきたやつとあまり会話を続けたくはないだろう。しかし、俺としては、というか異能者の一般的な考えとしては俺の発言が正解だ。迂闊に迂闊な発言をしてしまうとまさに迂闊なことになる。場合によってはなぜか刑事裁判も行われるという恐るべきコンボへと繋がることもあるので夢と希望は断ち切っておいたほうがいい。

 そもそも考えを改めるようなやつが悪魔と呼ばれるほど暴れない。


 ところで一般人の間では俺たち異能者は『悪魔人ダンピール』と呼ばれる。これは欧州辺りの呼び名が定着したものだ。日本政府は「デビルバスター」を前面に押し出しているのでこの辺りは人によりけりだ。


 しかし、おもしろいことを言っていたな。

 確か「さっきの男といっしょだわ」か。どこかに異能者がいるのか。いや、だが年配の女性の発言だからな。「さっき」と呼称はしたが「昨日」という可能性も捨て切れない。むしろそんなやつ存在するのかも怪しいといえば怪しい。


 だが、そうだな。どうするか。


 俺は念のために「さっきの男」とやらを探すことにした。

 リアムの手がかりもないので、行き当たりばったりで探しているのだ。


 本当ならリアムから状況を直接で話を聞けばよいのであるが、残念ながら現在はそんな状況にないのでゆっくりと休ませている。もしも精神が回復したら電話するようにとリキマルに伝言を残したがどこまで俺の言ったとおりにしてくれるかはわからない。何せそのほとんどを山奥ですごしたようなやつに社会生活のいろはを期待するのもおかしな話だ。つい昨日まで日守屋敷でわずか数人と話をして過ごしていたとか閉鎖的にも程度がある。

 ……こいつら、俺の家に来た翌日には人様の洋服を勝手に着ているとかどういう神経をしているのだろうか。しかも男の服を。三分の一は女物だが。でも女物着てないし。


 いや、考えるのは止めよう。

 思考停止だ。これから洋服が増えていけばそういうこともなくなっていく。


 とにかく、学校に行ったはずの姉が小学生を連れて帰ってきた時点で、少なくとも今日一日は学校に行かないことを決めたのだ。そしてリアムに関わると決めた以上、本人の体調が少し悪い程度で行動をしないというのも芸がないだろう。

 だから外へと出てきた。


 よくわからない男のひとりや二人と会っても損はない。


 俺はいつのまにか俯いていた顔を上げる。


「……氷上雅弓か。まさかこんなところで会えるとはな。奇遇を通り越して不気味だな。やはりさっきの男、斬っておくべきだったか」


 怜悧な声、底冷えする空気、息を吸い込んだら肺が凍ったような錯覚を受ける吹雪の衝撃が俺を襲った。


 振り向けばそこには真っ赤な二重外套インバネスを着込んだ。男が立っていた。かっちりと革帯が留められて男の几帳面さがうかがえる。外国製の背広を着ているのはわかるが、ダブルカフの茶色のスラックスに、ちゃんと踏める・・・革靴なのをどう判断したらいいのか。


 日本で見かける真っ赤な二重外套。隙のない身のこなし。話しかけられているだけで威圧されるような独特の雰囲気。まず間違いない。音に聞こえた日本の守護者、デビルバスターズだ。


「えーと、『特殊災害対策課デビルバスターズ』で?」


 俺は初めて遭遇するデビルバスターズの人員に軽く引いた。


 噂通りの真っ赤なインバネスコートが目を引く。デビルバスターズの人員全員が着用している制服だ。「私がデビルバスターズだ」といわんばかりの出で立ちで、悪くない。むしろ最高だ。守るべき国民からでも一発で理解できる格好に雰囲気が理解できる。見れば確実にカタギでないことくらいわかるだろう。


「第二特殊災害対策課、攻性悪魔戦闘一斑班長の御剣理昇みつるぎりしょうだ。その赤コートと精巧な『内部装甲』。噂に聞くヒカミの雅弓と見受ける。相違は?」


「ないよ」


 俺はあっさりと答えた。

 別に嘘をつく必要もない。


「ところで雅弓殿、失礼ながら聞きたいことがある。偶然かもしれないが、先ほど遠まわしに雅弓殿がここにいることを知らされた。最近、何か大きな出来事は?」


 挨拶もそこそこに理昇が続けてくる。

 先ほどであった人物に何か思うところがあるのだろう。

 理昇の発言が本当なら俺だってそいつを斬ろうと考えるかもしれない。割と本気で。


「大きなことね。ないと言っても差し支えない程度にはおとなしいことばかりかな。あと敵が多いからけっこう嫌がらせを受けるよ」


 ここは嘘をつく。

 ただし後半はほんとうのことだ。


 実は時神と会うということは割りと大きな出来事に属する。そしてそれ以外のコーセツや日守家乗っ取りに関しては話すと拙いので話す必要性はない。力が削がれたと勘違いされて、情報が流れて、侵入者が増えるとめんどくさいことになるからだ。


 ここで攻めてくるなら時神のことくらいは言ってもよいだろう。

 ただし、話すのは一回目と二回目に時神にあったことだが。


「失礼。どうも礼儀には疎くて」


 すぐに自分の発言を訂正してくる。

 嘘が看破されたようだ。まあ、なあ。


 理昇はざらりと二重外套を揺らすと真摯な目つきで俺を見てきた。どうやら本題に入るらしい。


「人を探している。そうだな、女性だ。身長は百六十程度で発言は子供じみている。服は、多少は幼さの残るものを着ていることが多いだろう。肉体強化系の異能者であるが、戦闘員ではない」


「リアムか?」


 状況に胡散臭いものを感じるが、答える。


「知っているのか。すまないが居場所を知らないか? 探しているのだ」


「うちにいるよ。この辺りなんでな。元気のない登校拒否児童だったようで、姉が連れてきた」


 未成年略取になるの?

 とは聞けなかった。「いちおう」とか言われたらちょっと拙い。聞かないのがグレーゾーンを維持するために必要な行為のはずだ。相手もこのままで話が続けばその辺りの話をしてくることはないと信じたい。


「そうか。ではよろしく頼む」


 わお、あっさりとこっちに振った。


「探しているんじゃないのか?」


「プライベートでな。デビルバスターズは関係ない。それに雅弓殿が保護しているのであれば問題ないだろう。それに『探している』というにはあまりに行動が弱い。仕事の合間を縫っているのでな」


 理昇は「ほらな」と言って首を後方へと向ける。

 見れば赤い二重外套をまとった少女が走ってきた。


「班長! 勝手に出歩くのはやめてください! そろそろ時間ですよ!」


 妙な気配の少女だった。なんといえばいいのか、『自動人形ゴーレム』のような気配と空虚感を持っている。精神構造体が弱いのだろう。赤ん坊とかがこの状態だ。しかしこの少女には、通常は成長と共に複雑化してくる精神構造が見受けられない。おそらく外見年齢と実際の年齢があっていないのだろう。


「ワークミッツ、ちょうど良い人材を見つけた。もしかしたら手伝ってくれるかもしれないぞ」


 理昇が嬉しそうに笑う。

 先ほどまでの冷たくキリッとした表情はなくなっており、自分の子供に接するように暖かみを持った声音だ。

 いや、それよりも聞き流せない発言だ。


「手伝う?」


「ことが後先になったな。本題に入らせてもらう。雅弓殿、こちらの仕事の手伝いをしていただきたい。無論報酬は支払う。やることは危険であるが貴殿ならば問題ないだろう。無辜の民に変装して、とある人物と接触を図ってもらいたい」


 どちらかといえば俺向きの話だ。

 戦闘力の高さはもちろんだが、それ以外の技術として変装術がある。さすがに『別人』に成り済ませるほど演技力や接触アプローチが高いわけじゃないが、こと『他人』に成り済ますのは問題ない。むしろそっちしかできない。


 この世のすべての人物の『他人』を偽る技術だ。変装術の初歩ともいえる。


「そうだな。別に断る理由が見当たらない。引き受ける」


「噂に違わぬ善人だな」


「さっきの女性には嫌な顔をされたよ」


 理昇は俺に向けた冷たい顔を少しだけ笑わせる。


「この団地の十三号棟に時間付きで幼女拉致を仄めかす書き込みをネットに行った人物がいる。そいつと接触してくれ。過去に淫行罪で逮捕された経歴があり、また最近第二位階になった異能者であるために念のために我々が派遣された」


「第二になれた理由は?」


「不明だ。おそらく何者かが故意的に指導したものであると見ている。その背後関係の一端でも知ることまで含めて私の任務となる」


 これで必要なことは全部話したとばかりに口をつぐむと、理昇は十三号棟のある方角に視線を向ける。こちらからでは別の棟が邪魔で見ることができない。少し歩く必要がある。


「予告時間までは少し間がある。詳しいことはそちらで話そう。着いてきてくれ」


 理昇は十三号棟の場所を見ることをやめると、別の場所へと歩き始めた。


 俺も詳しいことが知りたいのでそのまま付いていくことにする。

 こんな場所で赤い服が三人いるのもどうかと思うのでちょうどいいだろう。ちょいちょいここの住人に見られ始めている。


「こんな真っ赤な人間が三人いてもいいのか?」


「問題ない。異能犯罪者――悪魔憑きの悪魔祓い成功者にはもともとデビルバスターズが定期的に来訪することになっている。すでに対象にも会った。対象者は、我々が対象者を捕縛しに来ているとは気づいていない」


 気づかれていることに気づかれていない、というわけだと思うのだが恐ろしいことを行う連中だ。その場で暴れたら即捕縛する予定だったのだろう。むしろその方が早いと。


 俺は理昇の背中に付いていきながら十三号棟へと視線を向けていた。邪魔になっている棟が少しずつどいていってゆっくりと見えてくる。見ながら、「そういえばどの部屋なのだろう」と思いながらいろいろ視線を巡らせた。こちらから見えない場所もあるが丁寧にベランダを観察していく。



 爆発音が響いた。



 青天の霹靂か、あまりの不意打ちに理昇とその隣を歩いていたワークミッツとかいう娘が驚いて音の場所を見る。見ていた俺でも驚いた。いや、あれは誰だって驚くだろう。


 もちろん、場所は十三号棟だった。


 一番上の、一番端の一角が綺麗に吹き飛んでいた。


 そして――


「なんだ、あれは……」


 理昇がぽつりと呟く


 そこには巨大な金属製の美少女フィギュアが生えていた。


 いや、マジでなんだよ、アレ……




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ