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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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1-28 氷神家⑤

 俺は『呪布スクロール』を投げつける。

 四つに折った現代の巻物スクロールだ。

 コーセツに張り付くと展開して一枚の魔法陣になって異能を励起させる。まばゆいほどの光が発せられるとコーセツの失った腕が復元していった。ほんの数秒で完全に修復される。両腕はもとよりその他の刀傷や内部損傷、疲労なども一気に回復したはずだ。


 俺が作った『呪布』じゃない。

 俺の友人が作った、そして俺に持たせたものだ。

 死ぬ寸前になっても自動起動する優れもので、ちょっと金銭では取引できないものだ。


 コーセツはその強力な効果に驚いているだろう。

 緋守封印を使っていなければあの復元能力も使用できていたのだろうか。

 さっきはああ言ったが、やはりそれなりに惜しい能力である。だから要らないのだが。



 しかし……




 終わった。


 いや、リキマルが死んだあのときから終わっていたとも言える。

 むしろそうだ。そうなんだ。

 俺の中では、あのときにこの件は終わってしまったのだ。


 今回のことはただの後片付けに過ぎない。


 並んで立っている日守一族の連中は特に何も言ってこない。

 俺はコーセツと日守一族のどちらにも背中を向けないように横に立ち、そして両者の視線が合わないようにその真ん中でふらふらと揺れていた。


 いの一番に突撃してきそうな火神当主をちょっとした視線と体の角度、手や足の向きだけで止まらせる。別に来てもいいが確実に迎撃できるという意思表示である。火神が俺を抜いてコーセツに攻撃を行うためには、確実に人手が必要だ。


 俺はコーセツのほうを向いた。


「コーセツ。早く行け。まあ、話はつけとくよ。しゃべれない程度にボコって」


 極端な話として、誰もそうなんだが、別に死ぬ必要なんてどこにもない。


「ほら、行け」


 ただ社会的とか、常識的とか、そんな考え方で邪魔になるのが問題なのだ。

 熊が暴れていて、何度も捕獲したけどそのたびに管理者を殺して脱走して、やっぱり熊が暴れていた場合、こいつが生きていると社会的損失が大きいので殺してしまうほうが手っ取り早い。だから殺す。

 頭のおかしい奴がいて、何度も何度も何度も話し合いで何とかしようとしたけど、やっぱり頭のおかしい奴だった場合、頭のおかしいことを繰り返して大量の人間を殺して、害していた場合、やはり殺してしまうほうが手っ取り早い。だから殺す。

 そんなものなのだ。


 まあ、そんなやつ滅多にいないんだけど。


 社会に適応できないからどこかで方向転換を余儀なくされるし、より強い力で矯正される。


 そんなのと比べたらコーセツはまだだいぶマシなほうだ。

 ちょっと子供が過ぎるだけなのだ。

 自分の損失を極端に嫌がり、相手の労力だけで何かを成そうとしているだけの、子供的な考え方なのだ。別に悪いわけじゃない。誰だって持っている。俺も、たくさん。

 だがそれを口に出さないし、わざわざ人の恨みを買ってまでやることをしないだけだ。

 やるときはもっと賢く行って回りを黙らせる手段を取る。

 その賢しい手段が取れないからこんな目に合っているだけだ。


 別にどこか遠くに放逐しても問題ない。


 殺す必要性はないのだ。


「今度は第三位階になったら会おう」


 俺は心にもないことを口にする。

 コーセツは確実に第三位階になれないタイプだ。もう、その味を知っているのに、わざわざ研鑽を積んで少しずつ力をつけることには耐えられない。


「…………ふざ、けるなッッ!!」


 コーセツが声をあげる。

 別に怒ったからといって何かできるわけじゃ――




「これを見ろッ!!」




 手には何かボロボロの布を握り締めている。


 ぞくり、と何か嫌な予感がした。

 あれから何かが発せられているというわけじゃない。

 ただ、この期に及んで取り出した『呪布』だろう代物にろくなものはない。


 しかし『呪布』というには形式が古い。保存もかかっていないので経年劣化が見られるほどだ。

 軽く三十年以上は持っていたと思える。しかもいつでも使えるように懐に忍ばせていただろうものだ。


 そしてなにより、俺の『感覚眼センサー』には映らない。


 なんだ、あれは?


 自分の行ったことに後悔が走る。

 じっとりと背中に嫌な汗が浮かんできた。


 俺はどちらかといえば『感覚眼』をはじめとした察知能力に自信があるほうだ。


 コーセツがどんな呪霊武装を持っていたところでここからの挽回はないと思ったからこそ逃がす予定だったのだ。そもそもこの状況をひっくり返せるような異能力というのは実はほとんどない。

 第四位階おれがいることもそうだが、他にも実力者がここには何人もいる。単純な武力でなんとかするのは不可能だ。


 じゃあ何を使うか。


 基本的なところで『瞬間転移テレポート』で脱出が一番わかりやすく強い。

 その後で各個撃破になるだろうか。


 じゃああのボロ布はなんだろうか。


 長年持っていて使うこともなく、恐怖に震えるほどの状況においても使用状況として認識されず、この最後の最後になってから取り出す『呪布』とは。


 いくつか、脳裏にヒットするものがあった。

 過去にリキマルが使用した種類の攻撃方法をまだ見ていない。

 自分の命と引き換えにするかもしれない・・・・・・異能力を。

 もちろん俺のエネルギーをゼロにする『時空転移プレーンシフト』ではないはずだ。それを使うくらいならもっとわかりやすいものがたくさんある。記録としては残っている。


 かなりの効果を求めるのであれば、やはりあれしかないだろう。


「く、くははは、どうする。いくらお前でも一瞬でこの距離を進んで起動妨害はできないだろう。これはほんの一瞬で起動するらしいからな」


「『時間跳躍タイムリープ』で、間違いはないか? その『呪布』は」


 俺は結論を急いで口にする。

 『時間跳躍』はその名の通り過去か未来に跳躍する異能力だ。

 未来に行くときはちょっとわからないが、過去に戻る場合は精神だけを戻す。精神といっていいのかわからないが、つまりは『やり直し』ができるというわけだ。


 さすがにないとは思うが『日本沈没あしばらい』とか『日本沈没かいじゅう』とか『日本沈没うちゅうじん』とかだとちょっとかなりまずい。


「その通りだ。これの発動は止められんぞ。そもそも私が死んでも発動するからな」


 出す意味ないじゃん。

 どんだけの自己顕示欲なんだよ。

 『時間跳躍』でよかった。


「ならどうでもいいや。早く使えよ」


「なッ!?」


 後方、というか左側のほうで強いどよめきが起きる。

 起きるが別に動こうとはしない。どうやら俺に任せてもらえるようだ。


「いや、それさ。前に使用する奴を見たことあるんだけど、別に俺たちに関係はないんだよね。あくまでも効果は本人のみ。効果範囲外の俺たちには別にその関係性なんてゼロだから別に何が起こっていてもそれは現在として扱われるんだよね。


 わかりやすくいうと、この『現在』ってのは『お前がタイムリープした後』って世界なんだよ。


 俺らの記憶に残っていないことなんでお前が何しようが埒外なんだ。

 好きにするといい」


 やはり後方、というか左側で何か叫んでいるような声がする。ハゲ髭親父うるさい。


 とにかく俺たちにまったく意味のない異能力なのだ。

 『前回』とやらを記憶も知覚もできないので、あくまでも『現在は現在』でしかない。使用者以外はまったく関係がない。


 別にこいつがその『呪布』を使ったところでいきなり『日本沈没だいばくはつ』が起きるわけじゃない。起きたとしてもそれは俺たちとはあずかり知らぬ、もしくはコーセツが『ふははは、日本は沈没する!』『なんだってー!?』みたいな時間軸でここでのやり取りもなかったことになるので、別に関係なんかない。


 頭がこんがらがってきた。


 やはり『時間タイム』と『空間スペース』と『流れなんかぜんぶ』を扱う異能者にろくな奴がいない。


「いいのかッ!? 戻った先で貴様を先んじて殺してもいいのだぞ!!」


「やればいいだろう阿呆が。そいつは俺と同じ肉体と精神と成長性を持った『別人』だド阿呆。いいことを教えてやろう。お前が『時間跳躍』で戻ったところでお前がこの『氷上雅弓に負けた世界』に戻れないし観測できないから好き勝手言っているだけに過ぎないぞ」


「ふん、ならば後悔するがいい!」


 最後の最後に使う能力にしては十分だが、考え方が間抜けだな。

 別にコーセツが戻ったところで、こっちの世界が滅びるわけでもなかろうに。

 たかがひとりだけ『時間跳躍』した程度でこの世界の絶対時間軸が停止するわけでもあるまい。仮にそうだとしてもだ。現状、観測できない時点でなんの意味もない。

 もしかしたらこのコーセツとのやり取りの間に六兆年くらい時間が止まっていたとしても、本当に俺たちの知ったことじゃない。観測できる阿呆の精神が高度になっているくらいだ。発狂したからといってずっと発狂してられるほど人間は繊細にできてないしな。


「ああ、そうだ」


 俺は軽く手を振る。

 それに応えたのか、コーセツは俺の方をしっかりと見据える。


「向こうの俺によろしく。向こうの俺も手強いぞ。お前は何度も繰り返す俺との戦闘と、そのたびに重なる敗北に耐えられるかな」


「――ッ!?」


 コーセツが奥歯を割るくらいかみ締めて、あまりの激昂で凶悪な表情になった。


「せめてもの餞別だ。受け取れよ」


 俺は手元から『血白布ヴァリアブルフォーミュラ』を取り出すと『大魔術グレートマジック』の舞を踊る。

 コーセツは悪鬼のような形相のままだったが、現状、『時神ばか』が襲ってくる可能性がある以上、黙って俺を見ていた。

 さすがに念入りにしっかりと『大魔術』を完成させる。

 ぶっちゃけ、まったく信頼ができない。


 『時間魔法タイムダイブ』を使用すると『時神ばか』が襲ってくる。


 これは本当のことだ。

 実際にこの目で見た。『時神ばか』の姿も見たことがある。見てないのに死んだやつもいるが。

 生死に妙なムラがあるのだが、俺が関わったほとんどの時間操作系の異能力を持っているやつは死んだ。


 突然に現れた少年に『空間切断ディメンジョンリッパー』を使われてバラバラに切り落とされた。

 もしくは、『時間魔法』を使った瞬間に使用者がバラバラになって死んだ。

 これだけは間違いない。


 『大魔術』は『時神ばか』に見つからないようにカバーしてくれるそうなのだが、俺はいまだにリキマルのこの言葉を信じていない。まず証言したのがリキマルしかおらず、どんなに優れた隠蔽技術を持ったやつが使用しても死んでいる。


 リキマルを除いて、過去に四人ほど時間操作できるやつにあったことがある。

 うち一人は第四位階の凄腕で世界中で五指に入るほどの戦闘技術を持った異能者だったが、それでも発見されて、戦い、殺されている。

 だがそいつの年齢になるまで『時神ばか』に見つかっていなかったことや、ためしに使ってみた程度の簡単な時間操作で即座に殺されたやつにいる。

 線引きがわからない。


 『大魔術』を完成させるとコーセツに付与する。

 ついでに俺がコーセツにかけた緋守封印も解除した。

 コーセツは驚いていたが、力量を感じて攻撃してくることはなかった。


 これは別にコーセツに利しているわけじゃない。

 俺も興味があるだけだ。


「後悔しても遅いぞ」


「いいさ。六文銭の代わりだ。どうせこの世からいなくなるんだからな、お前」


 コーセツが一瞬だけ眼を剥いたが、『時間跳躍』の後を考えたらそんなものだとわかったのか、納得して『呪布』を掲げた。


 そもそも『時間跳躍』をしたやつの肉体が消える理由も良くわからないが、別に理解する必要もないので気が向けば覚える程度に頭の片隅に留めている。


 しかし時間とか空間とか流れとか何が楽しいのだか。

 しっかりと手順を踏めば時間を止められたところで勝利は可能だ。

 俺が戦った時間能力者は『時間停止タイムストップ』の使い手だったが、適当に張っていた鋼線のトラップで死亡している。勝利したときにめっちゃ疑って二週間ほど警戒を解かなかったほど、とにかく意味がわからなかった。

 あの辺りから仕返しが怖くていくつか対時間系能力者の技術と異能力を重点的に開発していたことがあるくらいだ。今では恐ろしすぎる。なぜあんなに時間能力に対して無防備だったのか。


 『時神ばか』がくるのもそうだが、そもそも『時間魔法』は単純に強い。


 リキマルが使った『時間魔法』ですらとんでもない効果を及ぼしたというのに。


 どうでもいいが、


 コーセツが動かないな。


 別に『呪布』が発動できないとかそういうことはないだろう。

 一応は封印も解除したのだ。『呪布』の魔法陣が多少欠けていても記憶が十分なら修復可能だし、発動に必要な部分も補うことが可能のはずだ。


 何を呆けて――


 そしてコーセツが動いた。

























 ズルリ、と崩れ落ちた。


 立方体キューブカットに、バラバラになって、ザラザラと、崩れた。


 死んだ。


 紛れもなく、死んだ。


 『時神ばか』の『空間切断』だ。



























 切り札を切る。

 『戦闘励起バトル』を行った。

 強化した脳領域を全開で使用して百手先まで読みきる技だ。剣術で使用している七歩七手詰みのような特定条件下における詰め将棋の一種だ。

 ただし、その初手は異能力ひとつで千の歩みを超える。あらゆる異能力をひとつずつ覚えていき、日頃から脳の隅で少しずつ攻め手を考えていく。それを絶え間なく繰り返して脳に焼き付けて、あらゆる攻撃を予測している。

 予測、

 裏打ちされた経験、

 肉体の精密性、

 決断力、

 実行力、

 これらを統合して一瞬で百手先まで読みきる技だ。

 もちろん実際に百手まで読めるわけじゃない。

 いや、表現を間違えた。そうじゃない。確かにそのときは確かに百手まで読んでいる、はず、だ。

 しかしその相手の行動に対応して俺が動けば結果は千変万化してく。絶え間なくそれを読みきりながら先頭の袋小路に追い詰められないようにする『戦闘戦術タクティクス』だ。

 使うと頭が痛くなるのかなりのネックだが、確かにそれだけの価値があるほど効果は高い。

 しかし痛いので、通常は使用しない。


 俺の擬似視覚に数秒前の行動が映る。

 コーセツの後方で不可視の人影が不可視の攻撃を行ったのが見えた。


 俺はその人影の現在位置に『直接斬撃リッパー』を無行動で放ちながら、予想座標にも攻撃を重ねていく。いくら高度な『隠蔽ステルス』だろうとそこにいるのは疑いようのない事実だ。それが罠であれなんであれ、そこに何かがあったのは間違いない。


 『直接斬撃』が回避される。

 『飛行フライト』を使ったと予測される。地面に足をつけずにコーセツをバラバラにしたくせにわざわざ地面から離れるとは何を考えているんだ。


 と、思い攻撃を止めた。


 空中では少し分が悪い。


 俺は油断せずに歩みを止める。

 おそらくいるであろう場所に視線を向け続けながら、絶対に外さない。


 十秒もそうやっていただろうか。

 かなり頭痛が酷くなってきた。


 だが、焦れたのは向こうだった。


「さすがだ。感心するね、氷上雅弓」


 俺の視線の先に実像が結ばれた。



 こそには茶色のコートを着た背の低い少年が浮遊していた。



「『時神ばか』……」


 俺は間違いのない事実に口を結んだ。




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