1―27 氷神家④
十四本の刃がコーセツの『巨大腕』を確実に縫いとめて、そして手早く指先から斬り捨てていく。何度も何度も、ただ痛みだけを与えるために。
なんのことはない。
ただの恨みだ。
それ以外に理由などない。
「たっぷりと痛めつけてから、痛めつけて痛めつけて、それから首を刎ねてやろう。遠慮するな。俺とお前の仲だ。六文銭くらいはくれてやる」
耐えられずに『巨大腕』を消し去ると、コーセツは『直接斬撃』を放ってきた。すでに斬撃というにはあまりに異常なほどの密度と範囲を持つ斬撃の壁が俺へと迫ってくる。
それをゆっくりと『分解』してから穴の空いた壁をくぐるようにコーセツに近づくと、確かな手応えのある袈裟斬りを見舞う。一度傷つけた場所だ。寸分違わない位置へともぐりこんでいく鉄食い。
コーセツは、避けることもなく、防御することもない。
そうじゃない。
痛みと恐怖で混乱するんじゃない。
精彩を欠いた、いや、正気とは違った状態に陥りそうな顔つきであった。
違うだろう。
まだやれることはある。
おそらく懐に隠し持っているだろう小型の『青銅霊剣』で俺が防御が難しい『融解青銅』攻撃を行うこともできる。『焦熱剣』にしてからキリヒトの剣術で攻撃されると俺も打つ手が少ない。もちろん一方的に負けるということはないが、それでも対キリヒト戦のような状況になるだろう。そうなったとき、接触でダメージの与えられる『焦熱剣』は限りなく有利だ。
俺が不利だとなり退けば今度は『焦熱剣』での剣刃を飛ばして中距離へと攻撃、大きく逃げてしまえば『焦熱波』で一方的に攻撃されてしまうだろう。
だが、コーセツはそれをやらない。
すべてを『分解』されると思い込んでいるからだ。
実を言えば『青銅霊剣』のような媒体を介した異能力は『分解』では消去しづらい。片方は別に異能というわけではないので、特に『焦熱剣』のようなものは一気に消すことができない。『分解』の効果範囲内で常に使い続ければ押さえつけることは可能だろうが、『分解』をやめてしまえばまた『焦熱剣』は発生するだろう。
『焦熱波』はそもそも威力が、エネルギー量が大きく密度が高すぎる。一気に『分解』するには俺の力量ではちょっと難しい。おそらく通常の『焦熱波』の一撃であれば、一度くらいは『分解』、『第四呪力圏』、『相殺』、『物理装甲』、『肉体能力』で生き残るのは可能だろう。だがそれだけだ。
現在ではビーム兵器に効果のある防御異能力は存在しない。
どこかにあるのかもしれないが、誰も公開していない以上、それはないものとして扱われる。
だいたい『焦熱波』の威力を少しでも上昇されたら俺でも防ぎきれない。
それなのにも関わらずコーセツはあまりに稚拙だ。
ランクの高い『思考閲覧』をずっと使い続けてきたのだろう。
俺が『精神防壁』を張っているために俺の思考が読めず、『コーセツにとって有効な攻撃』とやらが行えないのが一番の問題なのだ。相手の思考ばかりを読んで対処してきたために、その『強い戦術』が使えなくなったらどうしていいのかわからない。阿呆か。
元からあるものをより良くすることにかけては素晴らしい才能を有する氷神家であるが、新しいものを生み出すに当たっては何もできない。
もちろん、本来はそんなことはない。
単に生き方の違いだ。
最初からいろいろと自分で試行錯誤を繰り返して異能力について調べていけば、それこそ最先端が担えるほどの能力を生まれたときから持っているのが氷神家なのだ。だがそれをいつのまにか『コピー能力』という部分に目を向けてしまった。相手から貰って、そればかりを使うだけ。整理もしなければ整頓も行わない。ただ消費するだけだ。
なんといえばいいのか。
要するに学校での勉強といっしょだ。
基礎を学んでからゆっくりと応用を目指していけばなんの問題もなかったはずだ。
国語を学んで教科書を読めるようになったら、算数を覚えて基礎学力を上げる。理科で実験をしつつ、社会を覚えて喧嘩を売っていい相手と売ってはよくない相手を見極めて、道徳で特定行動における相手の反応を覚える。
それから日々の活動でレベルを上げて世界がどうやって動いているのかをなんとなく理解したら専門へと進むだけなのだ。
子供の頃から有能な専門学者が隣に何人もいて、そいつらばかりに任せていた場合、そいつらがいなくなったら何もできなくなる。いや、できる。できるのだが何から手をつけていいのかわからない。なまじ最効率を知っているから無駄なことがやりたくなくなる。
不出来者の完成だ。
馬鹿が馬鹿のまま育ってとにかく上を目指す。
コーセツの場合、それが日守家だったにすぎない。
こいつが日守家当主になったら確実に日本は破滅する。
「ま、待て! 雅弓くん!!」
特に止める気はない。
ここで止めてしまったら、こいつに恐怖を与え続けられない。
相手の動作ひとつでこちらの動きを止められることがわかれば、相手は何か勘違いするだろう。
氷神鋼切に、価値があるなどというありえないことを。
俺は無言で鉄食いを振るう。
手は抜かない。
こちらの好条件と隙の無さを維持したまま斬撃を行っていく。いくらキリヒトの剣術を会得していようともこれだけの劣勢になってしまえば浮き上がるのは至難の技だ。相手が動かない木偶の坊であれば、コーセツがいくら硬かろうとも切り裂く技もいくつか持っている。だがそれを使用して攻撃してしまえば今の優勢を捨てることになるだろう。
それはよくない。
今の俺の考えと何もかみ合っていない。
相手に恐怖を与え続ける。
それが俺の目的である。
常に劣勢で気を抜けば殺されてしまう。だが自分の実力ではギリギリで留めることができる。しかし相手は無理に止めを狙わずに持久戦を狙って優勢を保ち続けている。異能力は当てにならない。会話が成り立たない。抗うのを止めたら死ぬ。
ずっと怖い。
ずっと怖い。
「私の、私の異能力をやろう!! 『完全模倣』だ! 欲しくはないかね!!」
別に。
俺は心の中だけで呟くと少しずつ少しずつダメージを蓄積させるように攻撃を行う。
コーセツは『直接斬撃』で攻撃を行ってくる。俺はそれを縫って、無意味に伸ばした右手を狙う。この頃になると肉体強化と治癒に全力を注いでいるのかまともな傷がつかない。それでもダメージは蓄積され続けている。
一見、左腕がないだけで無傷に見えるかもしれない。しかし皮膚と表層部の筋肉と脂肪を塞いで出血をなくしているだけで筋肉自体に張力や正常時の神経が戻ってきているわけではない。九割以上は戻ってきているだろうが、それでも完全じゃない。なんといえばいいのだろう。暖まっていない筋肉か。戦闘励起していているとは言いがたい状態なのだ。
それは攻撃を受け続けてきた俺がよくわかっている。
そして攻撃を受け続けて損傷が多くなればなるほど治癒の優先も考えなくてはならない。
コーセツは一番戦闘経験が多いであろう俺を参考にしているのだろう。治癒は出血を減らすことを優先してできるだけ肉体が正常に近いように動くことに終始している。
悪くない。
むしろ俺もそれがベストであると思う。
治癒に関しては何も文句をつける場所が無い。
あえて文句をつけるというのであれば、なんだろうか。
そうだな。
『俺との戦闘を回避したがっている』ということだろうか。
どうしようもない。
心が折れているようだ。
別に、攻撃は止めないが。
「『完全模倣』だ! 戦闘異能者である雅弓くんがこれから先、確実に役に立つ異能力だ! 君の実力に鑑みれば最強になることだって――――ひッ!?」
攻撃の条件が揃った。
視界から外れた逆風にてコーセツの右腕を斬り捨てる。
左腕同様、『矢』の轟音と土煙の中に、コーセツを見捨てたかのようにふらりと消えていった。
こんなものだろうか。
こんなもので、おしまいでいいだろうか。
コーセツは両手を失ったことに青い顔をしている。
ガクガクと全身を震わせて痙攣のように事実を受け入れようと懸命にがんばっていた。
俺の動きなどどうでもよいのか。なくなった両腕の断面を左右交互に見やりながら口の端からきらきらしたものを吹く。今までに一度たりともこんな状況になったことはないのだろう。
しばらく現実逃避していたコーセツがようやく俺の方を向く。
左で担いだ鉄食い。
右手に巻きつけられた『血白布』。
空に立っている俺。
そして、コーセツ。
さっきと何も変わらないようで、コーセツだけがボロボロのまま、地に足が着いていない状況だ。
「あのさ」
「わかった! や、やめる!! 日守の乗っ取りなどやめる!! そして『完全模倣』もやろう! だから見逃してくれ!! 頼む!! お願いします!!」
膝は着いていない。
へっぴり腰のままじりじりと後方へと退いていく。
すでに戦う気力は尽きたのか。コーセツは恐怖で全身を彩られたままだ。
俺がその気があって、然るべき攻撃を行えば、コーセツを殺すことができる。
すでに『止め』が刺せる状態だ。
あらゆる異能力を無効化できるほどコーセツの意志力が弱っている。
あと、一撃で、殺せる。
「……わかった。見逃そう。俺の緋守封印を受けろ。絶対に見逃してやる」
落としどころは、こんなものだろう。
もともと殺すつもりも無い。
何もかもが今更なのだ。
ただ、コーセツには絶対に後悔してもらいたかった。俺の自己満足で。
だがこいつにリキマルを殺した、子供たちを手ごまに日守の乗っ取りを行おうとした反省の色は見られない。人生の目的なのだから後悔もクソもないのだろう。今は故人となったこいつの妻、リキマル達の母親もその犠牲になった可能性が高い。
……いや、そこまで疑うことはないか。
もしかしたら瑞香が殺したひとりで、それを念頭に日守の乗っ取りを行った可能性もあるんだ。
問うは結果であり、起因ではない。
俺は緋守封印を行うために『血白布』を操る。
俺が使えるのは本家である緋守が使うものよりも数段落ちる。それでも第二位階では解けないし、第三位階でも数分の解除時間が得られるくらいには強力だ。
封印を施されてコーセツが自力で第三位階になれば普通に解けるものだ。
それでも日守家の乗っ取りなどというまったく意味のないことを行うのであれば、そのときに改めて『悪魔祓い』として殺せばいい。
この世に悪魔などいないのだから。
俺はコーセツに近づく。
ガタガタと震えているコーセツであるが俺の一挙手一投足を観察している。
生殺与奪を握られているのだ。自衛くらいはするだろう。
俺はコーセツに『血白布』を発動させる。
意味は『封印』だ。
「む」
『血白布』から発せられた光がコーセツに『封印』を作り上げる。
が、何かおかしい。
緋守の緋色の文言を持った封印がコーセツに絡みつく寸前に二つに分割されて、俺にも向かってくる。それを払おうとしたが、コーセツから放たれた光がそれを阻害する。
コーセツが自発的に異能力を使った様子は見られない。
『受動系』か。
特定条件下において自動的に発動する能力だ。
受けた攻撃の衝撃を相手に跳ね返したり、自動的に守ってくれる防御陣などがこれに当たる。あまり手の込んだ能力にすると発動までに時間がかかって『速い』攻撃に対処できないので基本的にこんな能力はあまり見ない。
『封印を受けたときに発動する封印』なんかナンセンスすぎてまず見たことがないし、そんな馬鹿な能力を持っているやつも知らない。
「なんだ、これは」
「はーはははははっ!! ばかめ!! その封印は貴様にもかかったぞ!! 私の権限がなくてはお前に掛けられた力丸の封印は二度と解けない! 貴様は一生『矢』が使えなくなったのだ!!」
勝利を確信した敵役のように大声で何かを言っているが、別に俺の方から何かを言うこともない。
『封印』がしっかりと起動してコーセツに絡みついたのを確認する。その瞬間に思い出したかのようにコーセツが落下した。『そこにあると仮定した地面』が消えたのだ。
俺は落下するコーセツを『利き腕』で支えると、足場をカットしていっしょになって落ちる。そこそこの距離をそれなりの速度で落下して着地したが、二人とも怪我はない。
手で掴めるほどの瓦礫と抉れに抉れた大穴に、俺たち二人は立った。
「さあ、行っていいぞ。後ろに真っ直ぐ走れ。誰にも会わずにここを出られる」
俺は『血白布』を折りたたんで赤い戦闘用長外套の内側に納める。鉄食いも『物品送還』で跳ばして戦闘解除した。
戦いは終わったのだ。
「お、おい。お前、何を終わった顔をしているッ!?」
「不思議な奴だな。終わっただろう」
ただの人、よりは少し不思議な力が使える。その程度になったコーセツに現状を打破することは無理だ。俺も悪魔じゃないのですべての異能力を封じたわけじゃない。最低限、泥棒や強盗ができるくらいの能力は残している。ただそれをやったら確実に特殊災害対策課が出てくるので使うことはないだろう。
真面目にやれば普通の人よりも幾分か裕福な人生が送れる生活は可能だろう。
その程度には異能力は残した。
もう、使命とか義務とかどうでもいい世界に叩き込んだのだ。
コーセツは普通に過ごせるだろう。
「ふざけるなッ!? お前のその『封印』は私の『鍵』がなければ二度と外せないのだぞ!」
「ああ、それに関しては感謝する。『現状使用可能な異能力』に『封印』を施されなかったから、また一から異能力を育てる手間が省けた。一応、それも覚悟してはいたんだ。
あと『異能力を封印したら起こるサプライズ』があるとリキマルが言ってたんでな。この封印を外すつもりはないよ。迂闊に外せないように緋守のやつに念入りに聞いたから間違いないだろう」
驚愕の表情で俺を見るコーセツ。
「驚く必要はない。そしてお前はそもそも第四位階について知らないことがいくつかある。そのうちのひとつを教えてやる。
第四位階の連中はあらゆる『異能力』が使用可能だ。
ただ覚えてないだけだ。
気が向かないから使わないだけだ。
自分には向いていないと思っているだけだ。
専門外なので必要性を感じていないだけだ。
時間の無駄だ。
なんとなく嫌いなんだ。
そんなわけですべての基礎ができている第四位階に『完全模倣』は必要ない。
あれば確かに役に立つし差分を網羅することによってより高みに立つことも可能だろう。
俺はいいよ。
今はいいよ。
別に異能の芸術に興味はない。
わかってくれたか」
おれはにべもなく言い放つ。
「では、さようならだ。もう、会う事もないよう」
さようなら、義父さん。
俺は一度も発したことない言葉を心の中で放った。
意志で起動していない以上、この『異能』がコーセツに届くことはない。
「ばかな……貴様! 今、この被害はどうする! ここにいた人間にどのくらいの被害が出たと思っている!!」
「まあ、後片付けが大変ですね。大きな建物ですし」
「何を言っている! 何人死んだと思っているんだ!!」
ふらりと避ける俺に口角泡を飛ばす。
「はあ、怪我人はゼロ。死者ゼロですが」
「貴様ッ! この状態を見てもそう思うのか!!」
俺の言葉にコーセツが青筋を立てる。
いきなり常識人ぶられて、なんというか、困る。
「まあ、思いますが。ほら」
俺が土煙の晴れた後方を指差す。
「なッ!?」
そこには先ほどまで御前試合に参加していた人たちが並んでこちらを見ていた。その表情はさまざまだ。憤りで赤鬼のような形相になっているものもいれば悲しそうな憐憫に満ちた顔で見ているものもいる。特に変わらず笑顔のものもいればどうしていいのかわからない困惑したものも多い。
「いや、ほら、キリヒトと戦っている最中に『大魔術』を起動したじゃないですか。あれで俺の『矢除け』をコピーして全員に付与したんですよ。一応、あなたにも。俺に正面から『矢』を放ったとき気がつきませんでしたか? あなたに衝撃が飛んでこなかったことを」
コーセツは目を見開いて愕然としていた。
降り続いていた『豪雨』は止んだのだ。




