1―26 氷神家③
もちろん『矢除け』があるので当たらない。
ついでにいえばなぜか余波も受けない。
俺は大破壊たる『驟雨』の中をほがらかに上空まで歩いた。
土色の靄のが俺の足元で揺らめいている。
軽く戦闘用長外套を払って土埃を落とす。俺の手には『血白布』と鉄食いが握られていた。下ろしている右手に『血白布』が巻かれるように張り付いており、左手の鉄食いはまさに刀然としており俺の肩に優しく担がれている。
「なかなかの威力と範囲だろ、それ。俺のお気に入りなんだ。初撃以外は狙い付けできなかったんだが、さすが氷神だな。適宜対象変更を行いつつ威力減衰が起こっていない。名前は『豪雨』に変更決定だな」
俺は空中で『そこにあると仮定した地面』に立っている男に話しかけた。
コーセツだ。
現氷神当主、氷神鋼切は本気の表情で俺を見据えていた。
まるでこれから戦いが始まるかのような、そんな顔を俺に向けている。そうとも言えるし、違うとも言える。俺はそう認識しているが、コーセツはあくまでも戦うという意志を固めているのだろう。
「雅弓くん。私に側に来ないかね。君なら私の右腕を任せられる」
急に柔らかい表情になると俺に向けて手を差し出した。
「どうしたコーセツ。その手、切ってほしいのか?」
体を後方に体重を移しながら背中を丸めるようにして苦笑する。
肩をすくめるように、そして変にならない程度に脇を締めた。
「君の能力を私は買っている。この『驟雨』にせよ『無限射程』にせよ、君の優秀さを現しているよ。このまま死んでいくにはあまりに惜しい」
「『無限射程』か。かっこいい名前だな。たかが射程距離にそんな大層な名前をつけるのか。相容れないな」
「謙遜するな。君はこの時代を生きるに相応しい逸材だ。さあ新しい『ひかみ』には君が必要なのだ」
コーセツは手を広げて俺を迎え入れようとしている。
それはわかる。
まあ、そりゃそうだろうな。俺がコーセツでも俺を迎え入れる。
「やっぱり『無限射程』は使いこなせなかったか。その分じゃ『巨大腕』をはじめとした擬似神経系の異能力も使いこなせないな。だから俺が欲しいのだろう?」
コーセツは笑顔のまま黙り込んだ。
「『無限射程』と『千里眼』は単純だが強力な異能力だ。本来は一キロメートル程度でどちらも頭打ちになる。それを使いこなせるのは、俺が知る限りは俺以外にいないよ。だからそれらを使うために俺が欲しいんだろう」
「そんなことはない。私は純粋に君の能力、そして生き様を評価している。他の誰に好かれなくてもよいから日守家の力の底上げのためにわざわざ憎まれ役を買って出て弱者どもに稽古をつけている生き様はおいそれとできるものじゃない」
「誰だってできるさ。当時の馬鹿だった俺でもできたんだ。ちょっと力が強ければ誰でも可能だ」
背中は丸めたままだ。
「謙遜は美徳だが、過ぎると悪癖だ。さあ、私とともに――」
「『巨大腕』を出してみろ」
鉄食いは担いだままだ。
「な、なにを――」
「『巨大腕』を出せといっている」
コーセツにして間違いのない事実がある。
第一に、なんらかの異能力でリキマルが所持していた異能力をすべて使用できる。
これは本人の能力であると見てもいいかもしれないが、あの『そこにあると仮定した地面』は日守の中では俺以外に使うものを見たことがない。そして解読するだに当時の俺の雑な癖がついているのでやはり俺の能力だ。だがこれをコーセツの前で使ったことはない。確実にリキマルから継承されている。
第二に、コーセツは第二位階だ。
第三位階になったときに自然に身につくはずの観察眼がない。見ただけで相手の式を確認する癖がない。というか、これだけが第二と第三の違いなのだが、それすらわかっていない。もちろんそれから得られる桁違いの情報量が正式な第三位階の地位を築いている。
第三に、
第三に、
第三に、自分がリキマルのことを殺したと微塵も思ってやしねえ。
あくまでも殺したのはキリヒトだと思っているのだろう。
おそらく死亡時発動型の異能力もいくつかあったので、キリヒトに殺させたのだろう。お前は失敗したから死ぬべき、とかなんとか命令で言いくるめたか何かをして、逆らえないことをいいことに、殺したのだろう。
この辺はだろうだろうで確証なんかない。
だがそんなものはいらない。
こいつの本当にくだらない虚栄のためにリキマルが死んだことだけは確かなのだ。
それさえ知っていれば、なんの問題もない。
「出せないのか?」
これは、『死ねよ』と読み替えてもいい。
第二位階でその異能力頼りで手に入れた力は自分の身にはならないのだ。
確かに俺の異能力は使えるだろう。
剣術だってキリヒトを超えている。
それを同時に使うということは俺の千手観音のような使い方で巨大ロボットを超える戦力を、その身ひとつで叩き出せるということに他ならない。
他にも強力な治癒術や広範囲攻撃、鉄騎兵軍団。
コーセツの異能力は破格過ぎて頭がおかしいレベルなのだ。
だが、こいつは弱い。
「カスが。ちょっと睨みつけただけで何を挙動不審になっているんだ、ああ?」
絶望的に対人戦闘経験が足りていない。
「お前、まさか自分が勝つと思っているのか?」
他人を信じられないためにその他者の能力に疑問を持っている。
「馬鹿が。第四位階の連中ならばその能力をすべて活かすことができる」
個々人の最良の異能力の使い方はわかるが、その他者同士の親和性がわからず、優先順位をつけられずに大きく迷う。特に強者と相対した場合、一手間違いで死亡するのが当たり前になってくるとそれが顕著にでて、恐怖で動けなくなる。
「どうした。ほら、攻撃してこい。お前の力なら俺を封殺することも可能だ」
『巨大剣』を構えるべきか、『矢』を放つべきか、鉄騎兵で状況を構築するべきか、大量の『水』で巨大津波を起こして一気に流してしまうべきか、それもわかっていない。
すべてを一瞬で使用することはできないのだ。
どれかひとつ、もしくはふたつを使った瞬間に俺は動いて敵対行動をとったコーセツを攻撃する。最初の一手で俺の行動を止められるのか、止められなかったらどうなるのか。
そういうことだ。
キリヒトに無傷で勝利した俺をコーセツは高く評価しているだろう。
そして俺の評価を『戦えば勝つ。だがしくじれば死ぬ』。とでも思っているはずだ。
ついでに言えばいくら記憶ごと異能力を貰ったところで、戦闘に使用する肉体能力を鍛えなくてはまったく同じにはならない。じゃあ肉体能力も異能力で補正していく。足りないものはどんどん補正してく。
「で、どれだけ領域は余っているんだ? 『驟雨』を使いながら肉体も強化して、だいぶ減ったんじゃないか? それともMP型か? MPはどれだけ余っている? 半分はあるか? どうする?」
「……貴様ッ」
コーセツが笑顔から一転、鬼のような形相になる。
肉体のほとんどを付与に頼っているが、俺とキリヒトの戦いを見たらさぞかし戦慄しただろう。
なにせ、異能力を『分解』するという異能力を見たのだから。
「反則ではないかッ!?」
「いや、そうでもない。結局のところ異能力が何でもできてしまうので削除したほうが手っ取り早く楽なのさ。それに第三位階以上の連中はそれだけの研鑽を積んできているからな。別に体を鍛えて近接戦闘を学ぶなんて今更なんだよ。小さなことの積み重ねができないやつは極めることは向かないのさ」
「ふざけるなッ! そんなことが許されてたまるか!!」
「どうした。まだ勝負は始まってもいない。泣き言の時間は早い」
コーセツが憤慨した声を出す。
大きな声が当たりに響くが、『驟雨』の破壊音ですぐにかき消されていく。
さすがにわからないのか。
いくら『分解』できるとはいえその射程距離や効果範囲は決まっている。
相手が氷を投げつけてくるので、こちらはお湯をかけて応戦するようなものだ。相手の氷が大きければ大きいほど、密度が大きいほど、消すには多くのお湯が必要になる。しかもお湯はたっぷりあっても柄杓が小さければやはり大きいものが消せない。
『完全無効化』と呼ばれる効果範囲は問答無用で異能を消し去る技術も存在するが、自分の能力も消し去ってしまうのでその場合は完全に異能戦闘は行えない。拳銃が猛威を振るうかと思われるが、このレベルに達したやつらは銃弾を避けることが可能だ。頭おかしい。俺も含めて。
こんなこと少しずつ式を覚えて使い続けて、式を直して使って、大きな式をつくろうとして失敗して、それでも使おうとしていって、その過程でわかってくるものだ。体得できる。
だが他人の記憶だけを貰っているだけでは、この記憶でも経験でもない感覚はつかめない。
いや、キリヒトのように少しずつ俺の能力を解読して、自分の命名法を使って、それでも数年と時間をかけて努力していけばこのコピー型の異能力でも十分な強さになる。
というか前提が間違ってる。
これは楽をするための能力じゃない。差分を網羅するための研究用の能力だ。体得に時間がかかる個々の異能力を一瞬で覚えて掛け合わせや差分を認識して有利不利を理解して、
『次に活かす』
ための異能力だ。
何よりも至上に近づくための至高の異能力だ。
「諦めたか? 覚悟は決まったか? リキマルに会ったら伝えておいてくれ」
ふらり、と俺は倒れた。
コーセツが意識をほんの少しだけ奪っただろう。俺の不意の行動は転倒にしか見えなかったはずだ。
「~~ッッ!!」
一瞬で近づくと、俺の鉄食いがコーセツを袈裟懸けに切り捨てる。
さすがに肉体を強化している人間を二つに裂くことはできなかった。
わりと自信のある攻撃だったのだが直撃はしたが想定の効果ができていない。斬撃が心臓まで届いていない。当たりが浅い。
「うぎゃああああああッ!?」
コーセツが悲鳴を上げた。
うるさい。
俺に数万の『矢』を放って牽制とする。回避されたことを考えてか、直撃しないことが確定した『矢』は爆発して衝撃波をばら撒いていく
「いや、だから効かないんだって」
こいつ不意に攻撃したから俺が『矢』に対して高い無効化能力を持っていることを忘れているようだ。というか俺の思考を読むために俺の記憶を漁っていたのかもしれない。
俺は『矢』を気にせずに横一文字を決める。
硬い。
薄い脂肪と硬い腹筋のすべてを切り裂くことはかなわなかった。当たり前だが別に手は抜いていない。隙なく、そしてそれで可能な最大限に力を込めて斬っている。二回しか斬っていないが、一撃で常人なら数人はまとめて斬り捨てるくらいの威力はある。くそ硬い土塊の巨大人形の半分くらいは斬れるのだ。まともな威力はある。
「ほらよ、こういうときこそ『巨大腕』が有利だぞ」
斬り返しを行って大上段から防御を捨てたフルパワーで振り下ろす。
コーセツは無視して『壁』を作ると、俺の攻撃を止めるための盾として使った。
俺の一撃は『壁』ごとコーセツの左腕を肘から斬り飛ばした。盾を構えるように左腕を掲げたのが拙かった。左腕は無意味に土埃の雲海に落ちていく。
「ぐううううッ!」
強烈な痛みがコーセツを襲っている。
『巨大腕』はその筋繊維と強化骨格のせいで『壁』などと比べるまでもなく硬い。もちろん擬似神経が通っているので、傷がつけばそこと同じ痛みが走る。だが仮にも『巨大』な『腕』だ。多少の傷はかすり傷で済むし、完全に砕かれたところで『完全に砕かれた痛み』を味わうだけだ。
もしも、その「『巨大腕』が砕かれるほどの一撃を自分の体で受けたらどうなるのか」わからないわけではないだろう。それから考えたら『たかが痛み』なのだ。
『巨大腕』を出すことをためらったばかりに攻撃も防御もできないばかりかその身に二度も斬撃を受けて左手を失った阿呆がいる。俺が本気を出していたら三度死んでいる。
コーセツが退いていく。おそらく意識的なものじゃない。反撃の手筈も整えずに雑に逃げていく。
俺は板状の力場を操作しながら追いかけていく。
コーセツが使用している力場の使い方である『そこにあると仮定した地面』はかなりの集中力がいる。その代わり地面にいるのとまったく同じメリットがあるのだが、退却するにはあまり向かない。あれは攻撃するための角度と位置取りを行うための技だ。
対して俺は二枚の板状の力場を交互に前に出して移動を行っている。いろいろやってみた結果、これのほうが俺には合っていた。
これだけでも力の使い方に差がある。
絶対に無駄である、と言い切ることはできないが、それでもやれることはまだ多い。
痛みで頭が回っていないのだろうか。
なんともいえない。
ようやく覚悟したのか、コーセツが『巨大腕』を作り上げた。
それを、待っていた!
俺は『利き腕』を十四本作り上げてすべてに『三尺一寸』を持たせて、『隠密』をかける。コーセツが周りを気にしていれば即座に看破される程度だ。それくらいコーセツの異能力は強い。
「ああああああああああッッ!!」
先行させた『利き腕』で、コーセツの『巨大腕』を滅多刺しにした。
すでにありもしない左腕をアイスピック十四本で何度も貫通させている程度の痛みを与えている。さすがにこれくらなら耐えられるだろうと思っていたが、どうやらそうでもなさそうだ。
さあ、次は薄くスライスしていくぞ、カスめ。
俺は完全に封殺するつもりでコーセツを睨みつけた。




