1―25 氷神家②
降り注ぐ六十五本の巨大刀が地面に突き刺さっていく。
圧倒的な暴力に閉口するが、それは何にも代えがたいほど有効的な攻撃だった。
対象が単一であれば回避場所まで多い尽くすほどの確実性を持つ。
対象が複数であれば雑に放ったところで集団の戦力を削ぐことが可能だ。
どのような状況になろうと意味がないということはなかった。
そして六十五の斬撃が落ちてきたが、
実際に地面に叩きつけられた数は三十ほどだ。
それ以外はすべて俺が『分解』した。
別に大きな異能と呼べるほどの技ではない。『技術解体』で身に着けた観察眼と構造体把握で相手の異能力に外部命令を下して消滅させている。いわばハッキングをして削除しているだけだ。
それ自体を行うことは難しくないが、戦闘中に一瞬で行うのはそれなりに難しい。その程度の技術だ。第三位階以降は対人戦闘において基本戦術に成り下がるので別に珍しくもない。相手の技を封じて逸らして破壊してこちらの刃物一本を相手の首にねじ込めないのであれば、死ぬだけだ。
力場操作に関しては当時の俺の出力と精密動作を超えているようだ。
だがそれだけだ。
思えばリキマルは俺の『驟雨』を『分解』で防いでいたのだろう。そんなこと考えながら異能力に頼り始めたキリヒトを追い込んでいく。
キリヒトの顔には焦りの色がうかがえる。
だがそれと同時に嬉しそうな顔もしている。諦めのような、死ねる感情もあるようだ。リキマルを見ているようでもある。どうしてこいつらは腹に何かを抱えたまま、何かを成そうとするのだろうか。
そのまま剣術戦闘で俺に挑めばまだ勝機はあるものの、一度使った巨大刀のほうが頼りになると思っているのか、構成の強度を上げた六十五本分の一撃を俺に放つ。
切っ先は音速の三倍を超えており、空間に白い斬撃線を残して俺に向かってくる。
当たり前だが無策で突っ込めば俺は粉々に砕け散って死ぬだろう。今更に巨大刀を『分解』しても衝撃波が、やはり俺をバラバラにすることになる。
巨大腕を構成する。
繰り出すは中段突き。
なんのことはない。こちらも力任せにぶち破るのみだ。
まずは俺の『分解』の射程範囲に入った瞬間に巨大刀を破壊した。戦慄するほどの衝撃が俺へと叩きつけられようとする。こちらも音速を超えた一撃であるが、いかんせんこちらの威力が足りない。余波で十分バラバラになるほどだ。
「食らえよ。『現象複製』」
水鏡家のお家芸を俺が使用する。
発動した能力を複製する技術だ。かなり有効な異能力でありまったく同じ現象を同時に引き起こせる。攻撃だけではなく、戦闘全般に使用できる優秀さを持つ。
もちろんそれだけの代償支払いを行わなくてはならないので、重ねて使うことが重要な戦闘中以外に効果が薄い。普通のときは時間をかけて使えばよいのだから。
縦列に整列した巨大腕が揃って音速拳を放つ。
エネルギー的にはこちらのほうが勝っているのでそのほとんどを相殺することができた。ただし細かい部分では衝撃波が辺りを貫いていったので、それらは防御や回避を行って防いだ。
手にしているのは『血白布』だ。
縦百センチ、横六十センチほどの赤い縁取りのされた呪霊武装だ。
これを使って余波を防いだのだ。
そのまま畳み掛ける。
真っ白な血白布に縁取りされていた赤色がどろりと動き出して中心に寄ってくる。そして一瞬で俺が求める魔法陣型の式になると、薄らと光をまとい効果を発揮していった。
地面がえぐれるように隆起してキリヒトを囲む。走った程度では抜けられないほどの中途半端な隆起が確実にキリヒトを邪魔する。
俺は血白布を軽く折りたたみながら赤色を操作して新しい魔法陣を作り上げる。折りたたまれた魔法陣が起動した瞬間に広げて第二魔法陣を起動、それらを繰り返しながら赤い飾り布を手に舞うように第十二魔法陣まで発動させる。
それを利き腕と三尺一寸で牽制しながら三秒ほどで終わらせた。
「『大魔法』、起動」
氷鏡家の異能力を使用する。
高い効果を維持しつつ攻撃を行うのであれば自立兵器とエネルギータンクを作り上げて自動攻撃に終始ささせていると良い。基本の術式にそれが組み込まれているのでそのまま使用するのであれば問題ないが、この異能力には完成度の高い極大増幅器の側面もある。そのために自分の性格では使用が難しい異能力もこれで補正することが可能だ。
別に俺に苦手な分野はない。
『大魔法』の使用を行ったのは俺の土下座を帳消しにするくらい実力を見せ付けるためだ。俺を嫌っている連中が『俺を好きにならない』ように釘を打っておく必要がある。
水鏡家と氷鏡家の当主の男たちが苦い顔をしているのを確認する。満足だ。
『大魔法』が完全に起動するとキリヒトを束縛する檻のような物が完成した。ジャングルジムから首だけ出したような妙にコミカルな状況になっている。個人的には笑える様子であるが、ここで笑うとかわいそうなので笑うことはない。仮にも妹だ。
抜くことはできないが、自由度が大きく苦しくないように作り上げた首元と、折の中から縦棒を握って「ここから出してくれ!」みたいな状況になっているキリヒトに近づいていく。
瑞香の発動阻害を組み込んでいるので、キリヒトはこの状態では満足に行動ひとつ起こせないだろう。
つまり、俺の勝ちであると言っても過言じゃない。
というかそれ以外にない。
「こんなものだ。現在、キリヒトは異能力を使用できない。そして動くこともできない。俺の勝利でいいんじゃないかな?」
今日、この場に集まっている十二の分家の連中が渋い顔で俺を見ている。
別に俺の勝利を認めないというわけではない。ただたんに俺が他の分家が使用する能力を使用したことに対しての問題だ。
もっと言えば俺が嫌われる原因になった「ほとんどの分家の固有している異能力が使用できる」事に対して何か後悔の念を抱いているのだろう。別に俺がそれを使っていることが問題なんじゃない。俺がこの異能を盗み出すにあたって「女装して色仕掛け」したことを思い出しているのだ。
「瑞香、勝敗は?」
「そうですね。悔しいですがぐうの音も出ないですね。雅弓の勝利です。悔しいですけど」
二度も言わなくていいんじゃないかな。
俺はその言葉で満足すると俯いていたキリヒトに近づいた。
正直、この状態は辛いだろう。俺がそうだったように、異能力が制限されているということは羽をもがれた鳥のようなものだ。生きている意味すらないように感じる。
俺はそこまでは思わなかったか。
とにかく解除しようとジャングルジム檻に手をかけた。
がばり、と顔を上げて俺のほうを見るキリヒト。
そのまなじりからはたくさんの涙があふれていた。
多少は驚いたがその程度だ。
全力を出して敗れたのであればそれは悔しいものだ。俺だってそれくらいはわかる。絶対に諦めないが、このように試合形式で行われたらがむしゃらに突き進むことなんてできない。悔しい思いを紛らわせないのだ。
「キリヒト。良くやった。あとで『分解』について教えるよ。あれは『完全無効化』という技術の前提段階でな。この先に絶対に必要に――」
「ごめんなさい」
俺の言葉を遮ってキリヒトが発言する。
「はあ、まあ」
意味がわからずに俺は生返事を返した。
俺はジャングルジム檻を解除するために血白布を取り出す。強度が高くて素手では解除しづらい。一分ほど時間があれば問題ないが血白布があれば三秒で終わる。素手で解除する必要性はゼロだ。
「リキマル姉さんを殺したのは、わたしです」
血白布を抜き放った手の動きが止まる。
一瞬だけだ。そんなくだらないことで手の動きが止まったことに、自分に、愕然とする。
解除の手順を失敗したので、最初から行う。
檻の隙間からキリヒトが俺の腕を掴んだ。
「このまま、殺してください。
姉さん、嬉しそうに口紅を塗ってた。わたしが殺す直前まで嬉しそうに。
首を切り落としたら唇から血の気が引くからって。変な顔を見せたくないって」
「ふうん」
俺は檻を解除した。
砕け散って霧散すると、キリヒトが俺の手を掴んだまま地面にへたり込んだ。
「早く立て。別にもう終わったことだ。気にしていないといえば嘘になるが、どちらにせよ当時の俺にはリキマルの死亡を防ぐ手立てはなかった。あまり気に病むな」
俺はキリヒトの手を取って立ち上がらせる。
大きく目を開いて、それでもぼろぼろと涙を流している。
「なんで、なんで……」
「落ち着いてよく考えろよ。お前馬鹿なんだから順を追ってだ」
俺はハンカチを取り出してキリヒトの涙を拭う。涙の跡を拭くために鼻下までハンカチを持っていくとビーッと音を立てて鼻をかまれた。手を離したかったがそれもどうかと思ったので泣く泣く鼻をかませた。この辺りの人間はどうしてハンカチで鼻をかむのだろうか。ちょっと理解できない。
「まずさ、お前は馬鹿だろ。そしてリキマルも馬鹿だろ」
キリヒトが「うん」と強く頷いた。いや、言わせた俺もなんだが否定しておけよ。
「そんなリキマルが俺のために何かをするということ自体が不思議なんだよ。もっと物理的な手段に訴えてもいいはずだ。たとえばさ、日守家の乗っ取りなんかも別に守護天命の儀なんか行わずに瑞香をぶっ飛ばせばいいだけの話なんだ。もっと言えばさっさと瑞香の能力をパクって実力を見せ付ければいいだけのはなしなんだよ」
遠くで瑞香がこくこくと頷いている。
結局、こいつはほとんどを知っていながらその身に宿る制約でまったく動けなかっただけなんだろう。あのままだとリキマルが死ぬとわかっていながら、そのまま見送ることしかできなかったことを考えるとこいつもめんどくさい立ち位置にいることくらいわかる。
「わざわざさ、俺と婚約して、俺にだけ呪いがかかっている状態を狙って。俺が本来なら『リキマルと絶対に敵対しない』はずの状態まで持ち込まれてから乗っ取りを画策するなんてあいつの頭では考えられないんだ。あいつは『隣に居る誰か』の心を読みながら立ち振る舞いを決めて動いているような、自分で何も決められない頭のおかしいやつだぞ。いろいろ無理だろう」
キリヒトの表情が曇っていく。
俺はその顔を見て俺への注目を誘うと右手で持っていたハンカチを火術で燃やす。視界外で行ったはずなのでキリヒトには見えていないだろう。キリヒトには悪いが鼻水がたっぷりついたハンカチを懐に戻すには俺には勇気が足りない。
「ついでにいえば当時の俺を越える能力を持っているリキマルが殺されたということ事態が信じられないレベルだろう。お前が殺した殺してないどうこうじゃない。リキマルがおとなしく殺されたという事実がある以上、なんらかの理由がそこにはあるはずだ」
血白布を肩にかける。
もちろん次の式は完成している。
「そして俺にご丁寧に緋守封印まで施した。残念ながらこの封印は現在に至るまで解除できていない。緋守でも不可能らしい。リキマルでなければ解けないそうだ。
さて、この封印はなんのためなのだろうか。
それを答える前に、まず大前提がひとつある。
リキマルは騙されていた。
もしかしたらリキマルは俺なんか眼中にない、俺だけが結婚に舞い上がっていた戯け者なのかもしれない。が、それでもリキマルはやはり騙されていたと考えるのが普通だ。
ずっとずっと昔からリキマルとお前は騙され続けていて――いや、やはりこの言葉は適当じゃないな。
お前たち二人はずっと「道具として扱われていた」んだ。
こんなどうでもいい日守家の乗っ取りを行うための、復権するための道具として。
そう、この日守一族において限りなく最強であり、無頼を気取って誰ともつるまない俺に対しての布石だ。万が一、リキマルが敗北したときを考えて、この先が続くようであるならばとリキマルにあらかじめ言っておいたんだ。この封印が『俺のためになる』と断言して。
コーセツ、そうなんだろう?」
俺が氷神当主、氷神鋼切に顔を向けた瞬間、辺りを破壊が埋め尽くした。
それはひとつひとつが凄まじい破壊を込めた『矢』であった。
それはたった一本で半径二メートルを粉々に吹き飛ばし数メートル範囲にも確実に衝撃を与えた。一撃で人間一人を殺すのに十分すぎる威力の『矢』だ。広場が吹き飛ばされて大きな穴がいくつも空いていく。続けて穴の端に『矢』が当たり、やはり粉々にして大気中に大量の埃を巻き上げていった。
一射目ですべては見えなくなった。玉砂利の白青と土が大気と勢い良く混ざり合っていく。
屋敷も砕かれて砕かれて、巻き上がる。まるでそこに何かがあるのかわかっていないように、ただただ雨の如くすべてに分け隔てなく降り注いでいく。
そして、破壊していった。
降り注ぐ大量の『矢』がすべてを洗い流そうとする。
技の名前は『驟雨』。
一秒間に十万本の矢を放つ広範囲殲滅用の異能力だった。




