1-24 氷神家①
俺が試合開始前に土下座をして早十五分。
俺はひとりで玉砂利の上に正座していた。
赤の戦闘長外套が特に衆目を引いているだろう。というかさっきも同じようにこうやって正座させられていたので二次曲線描いて俺の株価が下落していく。適当に投げた投石の落下でもまだ緩やかなカーブを描くというのに、なぜか俺の評価は下降していった。
もちろんこのままではただのボンクラに成り下がるので、適当な場所で俺の凄いところを見せ付けてまた盛り上げる予定だ。そのための布石と思えば少しは現実逃避もままなる。
いや、実際にこういうことは何度も行っている。
適当に評価を下げてから少しずつ回復させる行為を取っておかないと、あとで変な仕事を押し付けられる可能性が高い。いくら俺が昨日の深夜から割りと暇になったとはいえ、しばらくはゆっくりと休養しておきたいのも事実だ。
俺に任せてもらえばだいたいは何とかするが、昔と違って時間がかかる。
だから俺を使わないで欲しいだけだ。
そんなことを口にするとは何言われるかわからないから黙っている。
まだまだモラトリアムで済まされるのでしばらくはこのままで。
「雅弓、聞いているのか!!」
「もちろんです。火神当主。しかし俺の話も聞いてください。俺とキリヒトでは実力が違いますので俺が先に土下座をして謝っておいたほうが、物事はススッと進むと思うのですよ」
「今回の御前試合は氷神の参加復帰とキリヒトの第三位階到達の偉業達成を込めた祝いの席じゃ。お前も本気を出して相手をせんか!」
「お言葉ですが火神当主――」
「口答えするなッ!! さあ、さっさと立って最終戦をやり直さんかッ!!」
あららー。それなりに怒っているようだ。
まあこのまま舌戦を続けていたら確実に俺の判定勝ちに転がっていただろうから、この場で打ち切っておくのは正しい判断だ。これだけ良い判断力を持ちながらなぜ別の女に引っかかろうとするのか。
俺が嫌われている一端を思い出しながら俺は立ち上がる。
玉砂利が痛い。
さらさらと払ってから立ち上がると、俺は仕方なく定位置の開始線に戻ろうとする。自身の張りのある癖のない髪に無造作に指を絡めながら頭を掻いた。
銀光が閃く。
俺の背中を目掛けて刃が襲い掛かってきた。
残念ながら『眼』のおかげで基本的な不意打ちとは無縁だ。油断していても戦闘思考の切り替えのほうが早い。そもそも気配察知にも優れている俺に不意打ちは無意味だ。
地面に対して垂直に振るわれた銀の一撃は俺が背中を開いて回避すると、そのまま振った左の裏拳を不意打ちを行ってきたやつに叩き込んだ。
抵抗感。
一瞬のせめぎ合い。
俺の拳の向こうにはキリヒトの凛とした綺麗な顔があった。
不意打ちを持ってこの表情だ。
俺は賞賛を送った。
周りに居た連中が一気に退いていく。
開始の合図はないが、どうやら始まったらしい。
さすがに今度は土下座せずに戦うつもりだったのに。
裏拳を『壁』と同じ能力で防がれた。
俺も自分の右肘に『壁』作り出して補強すると、踏み込んでから後ろに叩き込んだ。
甲高い抵抗の音が響く。
キリヒトの斬り返しが俺の背中を襲ったが、難なく防御に成功する。
互いに回転するように、体勢を整える。
互いの距離は変えない。この距離が適正だといわんばかりに、次の攻撃を力を振り子たる自身に込める。同じ速度で回転して同じタイミングの同じだけの時間を得た。
このラウンドでは、やはりキリヒトが先手だ。
キリヒトが、放つ。
キリヒトの袈裟、逆袈裟、袈裟、逆袈裟の空断が俺を襲う。だがキリヒトの体勢が悪い。技が完璧じゃない。空断は一歩退いた俺の前面を無常に過ぎていく。
最後の攻撃を利用して更に回転を行うキリヒトは、そのまま体を後方へと大きく縮めて力を溜めた。残念だが退いている俺ができることはない。これを隙であると攻撃に移るよりもキリヒトの攻撃が早いだろう。
全身を斜めに回転させて渾身の力を込めて放つ斬鉄が俺を追った。
実はキリヒトが不完全な空断を放ったとき、俺も不完全な体勢だった。本来なら別に問題のある状態ではなかったのだが、それが剣士たるキリヒトならば少し問題になった。
不完全なまま避けたため、斬鉄が回避しづらい。
俺はさらに不利になることを承知で体を開いて攻撃を避けた。
止められない、振り下ろされる一撃が地面を狙う。
キリヒトの脇差が回避途中の俺を狙う。
いつのまにか左手を離しており、斬鉄の動きのまま抜刀されただろう脇差がとんでもない速度で俺に向かってくる。俺は『壁』で脇差を防御する。
脇差が俺の『壁』に当たりそれでも力を込めるキリヒトだったが、振り下ろした刀はそのまま手を離して捨てる。握り手を即座に開けたことを純粋に凄いと思いながら『壁』に力を注ぐ。気を抜くとそのまま割られてしまいそうだ。
キリヒトが右手で握りなおした脇差を俺目掛けて突いてきた。
俺は無手を振り上げた。
どこに持っていたと思いたくなったが、今ので判明した。刀は現物であるが脇差の二本は自分の異能力で構成している。俺が昔使っていた三尺一寸と同じタイプなのだろう。
いや、調べてみると構成がかなり似ている。俺の能力が下敷きか。
どうでもいいことだが、俺は脇差の形があまり好ましくないので使ったことがない。そのため俺が二刀流を行うときは『短い刀』になる。
つまりこの脇差はキリヒトが自分でデザインしたオリジナル品というわけだ。
急に爆発したり刀身が飛んできてもおかしくはない。
それだけ慎重に相手をする。
物品転移で鉄食いを呼ぶ。
ここまで別に手加減していたわけじゃない。鉄食いを持ってくるのに多少なりとも時間がかかるのだ。戦闘を行いながら呼ぶのは問題ないが、両手が使えない状況で刀を受け取れるほど器用でもない。
振り上げた無手で鉄食いを掴むと突いてきた脇差に振り下ろして斬り飛ばす。踏み込んで重心を整えてから返し刃を放つと、もう一本の脇差も破壊する。
一瞬で攻守逆転した。
と、思ったが二本目の脇差を破壊したときにはすでにキリヒトの手には刀が握られていた。先ほど振り下ろしたときに捨てたものだ。地面を跳ねた時に掴み取ったのだろう。
互いに刀を振るう。
袈裟懸けに打つとそのまま払われる。斬り返しが襲い掛かってくるのを体を開いて避けると膝蹴りから大上段の一撃を放つ。どうやっているのか、本気の俺の大上段を刀で受けて両足で踏ん張って止めたようだ。
キリヒト、それは悪手だ。
俺は蹴りを放とうと膝を動かす。
キリヒトの受けている刀がブレた。
ギャリギャリと音を立てて俺の刀を浮き上がらせる。
あ、これは拙い。
俺のほうが悪手だった。
俺は重心が後ろによっており、キリヒトの刀を押さえ込む力を得られない。
キリヒトが一気呵成に俺の刀を弾き飛ばす。
俺の左手から鉄食いが離れることはなかったが、弾き飛ばされたのは間違いない。あっさりと両手が浮いた。
ぎゅるり、とキリヒトの上半身が逆向くように変形下段の構えになる。腹の辺りにとてつもないバネが溜まったのが見えた。
来る。
無理やり引き下げた鉄食いに何かがぶつかる。
もちろんキリヒトの放った斬撃だ。だが切っ先はおろか刀身が見えないほど速すぎる一撃だった。凄まじい衝撃が俺の腕を、全身を貫いていく。防御したことを後悔するほどには強力な防御弾きの技だ。
仁王のような凶悪に力を込めた顔面と、それに恥じない全身の筋肉の隆起が胴衣袴の上からでもわかる。振り上げた隙がありていに見える隙だらけの状態なのに、俺は攻撃のひとつもできない。いや、そもそも攻撃できるタイミングなんかありはしない。
袈裟、切り上げ、逆袈裟、切り上げの連続攻撃が襲い掛かってきた。
その攻撃は龍の顎を思わせるほど長い牙を持った強靭な肉を持った攻撃だ。キリヒトの全身のバネから生み出される一撃はさすがに連続で防御できるようなものじゃない。ついでに言えばたった四回で終わるほど生易しくもないだろう。
|立体型の『壁』である『立方体』を構成してキリヒトの防御に回す。一個ではなんともならないので十個ほど無理やり破壊させてその隙に避ける。そしてなんとか稼いだ隙で鉄食いを引き戻してさらに防御に回す。その隙にキリヒトとの角度を修正しながら空で避けれるように、行き詰らないように捌いていく。
速い上に重い。わりと辛い。
拙い。
さすがに剣術の地力に関してはキリヒトのほうが上なのか。認めない事実が判明したが仕方ない。この数年間で俺が強くなったように、キリヒトも俺が嫉妬するくらい強くなっていただけなのだ。
このままだと普通に負けるな。
けっこう舐めていたから剣術だけで勝てると思っていたんだが、本気で戦っても負ける可能性がでてきた。わりと真面目に戦うことにする。
キリヒトの攻撃を捌ききった。
そう思った瞬間に右手に作成した脇差を影打ちしてくる。さすがにこれまではわかっていたので引き篭手のように脇差を斬り捨てる。
次に来るのは万全を期した左手打ちだろう。
直後、どこかで見たことのある不可視の巨大刀が唐竹で襲い掛かってきた。
一応、不可視の一撃であるが俺に確認できないわけではない。
というかただ『隠密』がかかっているだけならまだしも、ただ視覚認識ができないだけであるならばいろいろと探す方法は多い。レーダー法やスレイブユニット散布法で十分に補えるくらいだ。
俺は巨大腕を構成、『隠密』で隠蔽する。
振り下ろされる巨大刀の横っ腹を思い切りぶん殴って軌道修正を行う。砕くつもりで殴りつけたがかなりの精度を持っているために破壊できない。遠慮は要らないようだ。
巨大腕を分解、利き腕を十四ほど構成してそれぞれに三尺一寸を持たせる。当時のレベルを百とするのであればこの利き腕と三尺一寸はレベル四十ほどだ。精度も悪いし強度も低い。だがこれでなんとかする術を、俺は知っている。
「さあ、勝利の剣を受けるがいい」
それぞれをの三尺一寸を構えると一気に『着色』を行う。利き腕にはやらない。空間に九十センチ超の刀が出現した。
巨大腕を一本だけ出しているのであればこちらは数で押すだけだ。
ズラリ、
六十五本の巨大刀がキリヒトの背後に並ぶ。
……いやあ、さすがにそれはないわ。
それは当時の俺が使用できた最高数を超えている。あ、良く考えたら真正面から大上段で斬撃を放つ分には百とか二百とかいけたんじゃないだろうか!?
そんなことを考えながら流星群の如く落ちてくる巨大刀に苦笑いをした。




