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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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1-29 氷神家⑥

 茶色のコートを風でたなびかせて少年はにこやかな表情を浮かべている。


 なんというか、うぜえ。すげえ、うぜえ顔だ。


 私は何もかもを知っていますよ。

 これまでのことは当たり前のように、そしてこれからのこともすべて知っています。雅弓クンは、良い人生をお持ちですね。そのまま上昇志向を持って意識高い系を目指したらさらにより良い人生が待っていますよ。ああ、結婚式には呼んでくださいね。おっと、これは言っちゃいけなかったかな。とにかくがんばってください。ずっと見守ってますよ。もちろん危ないときには陰ながら手をお貸しします。大丈夫。別に手間賃は要りません。私の善意でやっているんですから。


 みたいな顔をしている。


 昔だったら全世界中に『千里眼クレアボヤンス』を張り巡らせてこのうぜえ生き物を確実に追い詰めて殺そうかなとか思っちゃうくらいだ。

 そしておそらくアメリカ辺りの『千里眼の魔王』への評価もそんな感じなのだろう。

 そこまではわかる。

 わかるが、うぜえ、殺したい。


 うざいだけで殺したくなるやつなんて逸材だろ。


 俺は『時神ばか』を睨みつける。

 その一挙手一投足を見逃さないように、こいつが何かしら敵意を持っていた場合、即座に対処できるように、確実に読み勝ちできるように意識的に『戦闘励起』に力を込めている。


 だが『時神ばか』は小さく嘆息してから「ハハン」って言いそうな顔で俺をしっかりと見据えてこう言った。


「なるほど。僕もあまり暇な身じゃないからね。そろそろお暇するよ」


 それだけを言って『時神ばか』は消えた。


 空間に溶けるように。

 いや、進み行く時間に捨て置かれたように、俺が今いる時間線までこなくなった。


 何が「なるほど」なんだよ、殺すぞお前。


 『戦闘励起バトル』を解除する。

 頭痛が引いた。

 今までの痛みが嘘だったかのように晴れやかな気分になる。


 だが戦闘状態を解除することはない。二十前後の『眼』を使っていつ襲い掛かられてもいいように布陣を完成させる。上位の連中にはどこまで通じるのかわからないが、同じ力量以下であるならば不意打ちされる確率は限りなくゼロに近い状態だ。さすがに未知の隠密術や遠くからビーム砲で攻撃されたり、俺が依然使っていたような『矢』で攻撃されたりしたらさすがに無理だが。


 とにかく、最低でも二週間はこのままでいるつもりだ。

 『戦闘励起』の経験値稼ぎが落ち込むがそういう次元の問題ではない。


 そんなことよりも……


 俺は自分ができる限界まで注意しながら殺されたコーセツに近づいた。


 最初は立方体状だったのだが、今は重力で潰れて、なんというべきか、ただの生ゴミのように広がっていた。


 残念ながら死体には見えない。


 そういう死に方だ。


 念のために、一縷の望みを賭けて『調べて』みるが、結果はただの『否定』が返ってくる。


 氷神鋼切こうせつは、死んだ。


 心が、痛い。


 コーセツが死んだこともそうなんだが、氷神家はもうキリヒトだけしかいない。


 キリヒトだけ、だ。


 取り潰しか、継続かはまだわからないが、氷神家はもうまともな機能はできないだろう。


 俺は『火』の異能を練る。

 さすがにコーセツをこのままにしておくのははばかられる。

 人が死んだからといって即刻に火葬というのはあまりにどうかと思うが、このままよりは良いだろう。確実に。


「待て、雅弓。それはお前の仕事ではない」


 俺の肩にでかい毛むくじゃらの、ハゲの手が置かれる。

 俺の方へと近づいてくるのはわかっていた。別に俺を攻撃する様子もなかったので放っておいただけだ。


 いや、この考えはよくないか。


 俺は口には出さないが、『感謝ありがとう』を込めて口を開いた。



「ハゲ……」


「――ッ!」



 俺の発言に青筋を浮かべるハゲ髭親父の火神さん。

 おっと、言論フィルターが少し外れてしまっていたようだ。

 そこそこショックだったのは間違いない。俺も、ハゲも。


「火神当主、では後はお願いします」


 機先を取って火神に言葉を放つ。ハゲもさっきの俺の発言をないものとしたのか、怒りをこらえて頷いた。さすが大人だな。伊達や酔狂でストレス感じてないのか。


 俺はコーセツのことをハゲに任せた。


 しかし、あの時神のやつ、何を行うために・・・・・・・にここにきたんだ?

 俺は考える。


 時神の行動に関して推測できることはいくつもあるが、どれも推測の域をでない場合が多い。その中でも当てになる考察として『時神は時間魔法を感知することができる』ということがあげられる。おおよそ、それに類することができなければ誰かが『時間魔法タイムダイブ』を使用したときに現れることができないからだ。もちろん相手が使った『時間魔法』に割り込んでしかこの世界に干渉できない可能性もあるが、どちらにせよ時神が時間魔法を感知するのは高い可能性を持つことは間違いない。


 しかし、今回において『時間魔法』は発動していない。

 『時間魔法』についての知識が不足している上に、今回のように『呪布スクロール』ですら俺の『感覚眼センサー』に映らない場合もあるので、今から言うことは絶対とは言いがたい。

 だが言わせて貰うと、



 コーセツは『呪布』を起動する前に時神に殺され、『時間魔法』を使っていない。



 俺は少なくともそう感じた。

 つまり時神の出現ケースが今回に限って当てはまらない。

 そしてコーセツが手にしていた『呪布』は見当たらなかった。

 おそらく時神が回収したと見るのが自然だろう。


 つまり、どこかで我々の争いを感知しており、『特定条件』を満たしたのでわざわざ姿を現してコーセツを殺したということになる。その『特定条件』というのが時神にとってメリットであるのかデメリットであるのかはわからない。

 ただあの『時間跳躍タイムリープ』の『呪布』を、少なくともコーセツが『時間跳躍』と思っていたあの『呪布』を回収していく必要があったのは間違いない事実だろう。そのために出てきたと考えるのが妥当なところではないだろうか。


 俺との対面はこれが初めてというわけではない。

 すでに二回ほど顔を合わせており、今回で三度目だ。

 理由は不明であるが、前二回はどちらも『時間魔法』の使用直後に現れた。そして戦闘に入り、そして負けた。さらに理由は不明なのだが、このときに俺を殺すことはなかった。これに関しては情報不足でわからないが、時神に何かしら制約があるのかもしれない。

 殺された俺の友人は圧倒的な攻撃で倒されているが、俺に対しては雑な方法でしか攻撃されておらず、避ける手間もさしたるものではなかった。そこが不思議といえば不思議ではあるのだが、敗北したことは間違いのない事実であり、激しく憎悪もするが積極的に攻撃しない部分でもある。


 実際問題として第四位階の中では『時神は自業自得の災害』として認識されている。

 『時間魔法』を使用しなければ現れないからだ。


 ここまで考えておきながらなんだが、正直言えば今そんな暇はない。

 時神に関して時間を割けるのはここまでだ。


 俺はハゲから離れると後方へと歩いていた。

 そしてキリヒトの方へと歩み寄った。


 やや放心気味の表情だ。

 泣いていそうな仕草で俯いているのに、目は大きく開いている。時折の瞬きに混ぜて強く目をつぶって泣き顔を見せていた。


「キリヒト」


 俺が目の前までくると、キリヒトは俺を正面に据えた。


 さて、なんと言えばいいのだろうか。

 俺の近くで死んだ連中は少なくはない。

 だがその全員はひとりひとりが普通の異能者であり、近親者が死んだというわけじゃない。あくまでも戦友とか、そういった間柄だ。だから何も言わなくてもそれぞれで理解して立ち上がっていったものだ。


 だが今回は父親だ。

 しかも最後の肉親でもある。

 クズには違いなかったが、まだ取り返しのつくレベルのクズだった。死ぬ寸前まで拳で殴り続けることを数回繰り返したら考えを改める程度の意志の弱い男だ。いや、ちょっと怖い目にあっただけで相手に謝る程度の意志薄弱さだ。まだまだ、ぜんぜんワールドクラスとは言いがたい。本物は「あ、こいつ殺したほうが世界のためだ」とか本能的に思ってしまう。


 コーセツは悪としても正義を担うにしてもあまりにも中性ニュートラルすぎる。


 しかし、なんと言えば、いいのか。


 氷上家うちくる?

 ちょうどこっちも氷だし。


 とか言うとなんか誘ってるみたいだ。

 あと、氷上家うちは止めておいたほうがいい。俺がいるから風当たり強いし。俺がいなくても風当たりが強いという氷みたいな場所だ。てきとーだし。


 二人で見詰め合ったまま、黙ってしまう。


 俺の意見を言わせて貰うのであれば、



 キリヒトはこの状況から立ち上がれる。立ち上がれるだけの力を持っている。

 故に自分の力で立ち上がるべきだ。



 以外の言葉は特にない。


 しかし相手がここまで心を潰されている以上、俺も何かしら手を貸してあげたい。それは俺の純粋な好意でもある。俺の妹でもあるし、コーセツの娘でもある。そして同じように近しいものを時神に殺された憐憫だ。


「う、うぁ……うぅ……」


 沈黙に耐えられなくなったのか、キリヒトが何かをしゃべろうとした。

 しゃべろうとしたが、その弱った心から出てくるのは押し殺した悲鳴だけだ。キリヒトもそんな言葉を口に出したくないのか、懸命に戦うように何度も何度も口を開いては、音を殺し続ける。


 苦手な状況だ。

 そもそも得意な奴なんかいないだろう。

 それでも俺はそれに輪をかけて苦手だった。


 俺は痛みを耐えられる人間だ。

 身を切るような痛みだが、耐えられる。この日守に生まれてから実力をつけるに当たって一番先に改善していった部分なのだ。肉体的なものもそうだが、何より心の痛みも耐えるようにしてきた。最初の頃はどちらも痛くてたまらなかったが、意識的に改善していけばどれだけ痛くても立ち上がれるのだ。

 歯を食いしばって『敗北はしない』という気持ちを持ち続け、顔に出さない。行動にも出さない。もちろん痛いことは痛いが、なんとかなるものだ。


 違うか、なんとかした・・・・・・のか。


 とにかく俺はこの状況を耐えることができる。

 同じ痛みを受けても、それ以上の痛みを受けても耐えることができる。

 自分で立ち上がることができるだろう。


 そしてそれから考えればキリヒトだって立ち上がることが可能なのだ。


 だが人は「立ち上がりたくない」時もあることくらい知っている。

 立ち上がることこそが敗北であり、このまま立ち上がらないほうがコーセツやリキマルや、そして何より自分のためになると信じていると、もう立てない。立ち上がる意味が見つけられないから、立ち上がらない。


 勝利と敗北のメカニズムと人間の心理は混ざらない。


 今、ここで、キリヒトを抱きしめて、優しく口付けて、「もうがんばらなくてもいいよ」と言うだけでキリヒトは終わるだろう。もう二度と立ち上がることを拒否するだろう。絶対にがんばらなくなるだろう。


 もちろんそれでもいい。

 高みを目指すことに魅力を感じていないものに実力をつけさせるのも悲劇だ。昔、俺が他の連中に強要していたことだ。別に高みなんか目指さなくてもいい。行きたいやつだけが行けばいいのだ。

 俺や、瑞香や、ハゲとか、ハゲとか。



 俺はキリヒトを抱きしめた。



 後ろで悲鳴のように息を呑んだ声が聞こえてきた。

 瑞香だろうか。無粋な奴だ。

 抱きしめたことによる多少の緊張がキリヒトに走ったが、すぐに弛緩する。しっかりと俺に体重を預けてきた。身長も変わらないので様にはならないが、それでもキリヒトは何も考えることなく俺にしがみついてきた。


「キリヒト」


 俺は優しく抱きながら俺は口を開いた。


「キリヒト、立て。お前は立てる。こうやって俺なんか当てにしなくても、お前は平気なんだ。もちろん心は痛いだろう。だけどこんなのはここにいる限りずっと起こり続けることだ。俺たちはそういう場所に身をおいているんだ。もちろんすぐに立つ必要はないが、それでも立ち上がるべきだ」


 突き放した。


 言葉で突き放して、


 そして体も押し出すように突き放す。


 ふわり、と一瞬だけ浮いてからへたり込むように尻餅をついた。

 キリヒトが信じられないものを見るように俺に視線を向けてきた。信頼していた人物に最低のタイミングで裏切られたような顔だ。何も間違っていない。その通りだ。


 そして俺の心も痛いが、何も問題なく耐えられる範囲だ。

 日守の連中全員に最高のタイミングで裏切られてもまだまだ余裕があるだろう。全世界の人間に命を狙われ続けても何の問題もない。

 確かに痛いし、しばらくへこむかもしれないが、その程度だ。


 第四位階はそういうものだ。


 あとで、瑞香にでもフォローを入れてもらおう。

 できるだけ手厚くなるように。


 俺は話を通すために瑞香の方を向く。


 ほんの少しだけ何か懐かしい感じがした。

 たぶんリキマルが死んだことでも思い出したのだろう。キリヒトは生きてはいるが、まあ俺とのつながりは切れただろうからな。

 もしかしたらキリヒトが……

 いや、後悔するくらいならはじめからやらないほうがいい。


 俺はキリヒトからさっさと離れるために瑞香に向かって口を開く。


「おつかれさまです。雅弓、切人キリヒト。では二人とも私の部屋に来てください」


 瑞香に先手を取られる。

 わりと血も涙もない言葉過ぎてつらい。


 あと、よく見れば屋敷とその周囲はすべて復元していた。

 屋敷どころか周囲の森や地形すべてが、何事もなかったかのように風で揺れている。

 もう、戦闘があったこととか嘘みたいだ。

 ここほんとに魔境だな。


 俺はかなり嫌な面をしてから、断るために全力をつくすことにした。



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