2st.片翼の天使(5)
この話は救われる話です。
いつか、きっと。
この2日、やたらと通うことになっている“リリス湖畔跡地月の協会支部”。
歩き慣れた道を進み、教会の前に着いた頃に、いつもの二人が慌てて出てきた。
「あれ!?メフィスト様!」
「さっきぶりですね!?」
「おっと……出迎えさせてしまいました、急に来たのにすみません。」
そういって礼をすると、慌てだす二人。
「ちょ、簡単に頭下げないでくださいよ!」
「感謝するのは当然でしょう。」
「おお……かっけぇ………じゃなくて、どうされましたか?」
素直に感想を言ってくれるのは好ましい。
人によっては失礼になるのかもしれないが、恐れられる自分としては何処か温かみを感じて心地よい。
タトに尋ねられたので答える。
「ファスティアは戻りましたか?」
「いや、まだなんですよ。多分時間的にそろそろだと……あ!丁度!ほら!」
そう、ファスティアの様子を見に来たのだ。
怪我も気になるが、総帥にまず彼が給与について何と報告するのかを確認してこいと言われたのだ。
あまり気は進まないが仕方がない。
カシが気がついたように、教会から見て左側の道の先を指さす。
見ると、ファスティアが歩いてきている。
(……革袋は持ってない。特に換金した様子もない。………が………何というか…………)
おーい!と手を振るタトとカシも、ファスティアが近づく度に違和感に気がついたようだ。
ファスティアは……明らかにしかめっ面をしている。
基本的には笑顔で、分かりやすい表情を浮かべる彼が、どうも複雑な顔をしている。
そして私達の姿を見ると、駆け寄ってきた。
「お、おお?」
「ファスティア?」
そして側まで来ると。
一気に涙が溢れた。
「ファスティアぁ!?」
「なんだ、どうしたぁ!?またなんか街の奴等に言われたか!?」
タトとカシから紡がれる新事実に驚きつつ、私も目線を合わせて声をかける。
「……何が、あったんですか?」
3人をキョロキョロと見たあとに。
くしゃくしゃになった彼は。
「………っでぃあすさんまじ意味わかんねぇぇぇぇぇ……………」
といって、泣き出した。
それはもう、声を上げて。
意味がわからずタトとカシを見るが、二人もいやいや分からないといったように首を降る。
「……とりあえず、中に入りましょうか。私も聞きます。…いいですか?」
「は、はい!ほら、ファスティア!おいで!」
「でぃあすさんがへんなんだぁぁぁ…………」
「今んとこお前が変だ!ほら!」
的確にタトがファスティアにツッコむ。
頭の回転が早い、その通りだ。
少し感心する。
わんわん泣き出すファスティアを、三人で宥めながら教会に入る。
声を出すことすら困難なくらいにぐしゃぐしゃになってる俺の言葉を、3人はゆっくり聞いてくれた。
街でいつもみたいに嫌な目で、嫌な言葉を浴びせられて。
でもディアスさんはそんな事しないだろうなって、ちょっとうきうきしながら会いに行って。
ディアスさんがあまりにも自分の凄さを見てない感じにちょっとムキになって。
……そしたら様子が変で。
それに。
「ディアスさんさぁ、自分のこと教会のキセーチューって言っててさ。俺それ言われたことあるんだよ、ネマのキセーチューって。」
3人は驚いた顔のあとに、険しい顔になった。
ちょっと言ってはいけないこと言ったみたいで、怖かったけど続けた。
「ネマに意味聞いても教えてくれなかったけど、すげえキレてたから良い言葉じゃないんだろ?多分……なんか、負担になってるぞみたいな意味かなって思ってんだけどさ………」
久々に、ネマへの苦しい感情がこみ上げて、また涙が溢れた。
タトは眉を八の字にして背を撫でてくる。
カシは苦しそうな顔をしてた。
「……でも、ディアスさんがなんでそんなこと言うんだよって……わけ分かんなくなって……俺、信じられてしかいねーのにって言い逃げしてきちゃった………」
また抑えていた嗚咽が戻ってきて、苦しいので胸を撫でながら言う。
「ディアスさんのこと、まだ、何も知らねーのにさ、一方的に言ってきちゃった……
帰ってきたらさ、なんか、怒ってたはずなのに、不安ばっかでかくなって……
変なこと言ってたディアスさん、ずーっと悲しい顔してたから、なんか俺、悪いこと言ったのかなって……」
「……ファスティア…………」
まるで謝るみたいに、言葉が止まんなくて。
タトは背を撫でていた手を止めて、ハンカチで涙を拭ってくる。
カシは名前を呼びながら、頭を撫でてきた。
話し終えて、しばらく自分の鼻をすする音だけが響いてて。
考え込んで黙っていたメフィストが切り出した。
「……私の知っている話だと………」
そういって、昔話をしてくれた。
タトとカシも知らなかったみたいで目を丸くしていた。
俺は黙ってメフィストの話を聞いていた。
頭の中で、絡まっていた糸が解きほぐされ、考えもまとまってきた。
一通り話したあと、メフィストはファスティア、と名前を呼んできた。
「あくまでこれは、ディアス様と貴方の話です。貴方は、どうしたいですか?」
1500年もの長い間を生きていると、出来事を思い出すのに時間がかかる。
性能と言うよりは、引き出しが多すぎて見つけるのに時間がかかる。
それでもいくつか、大事にしまっている思い出と………いやでも目につく思い出がある。
『なんて美しい空色なんだ』
『愛しい私の天使』
まだ子供だった時の、両親の愛。
白髪のかわりに薄くなった今も、空色の面影が残るこの髪。
腕が4本も生え、目も多く、翼が生えた私は…異形そのもの。
それでも両親は自分と明らかに違う僕を愛してくれた。
初めてフェイムが発現したあの時。
目の前で怪我をしたお母さんを助けて、痛いのをなくしたかった。
幼い両翼が成長した時の感覚。
視界がフェイムによって鮮やかに見えた。
両親を、邪教徒に殺されたあの時。
僕は初めて傷つけるために腕を振るった。
化け物と呼ばれながら相手を殴って、殺したあの時の不快感を忘れない。
失意と絶望の中で、自死をよぎったその時に、神の言葉を聞いた。
『月の協会の……あいつの力になってくれ。』
悪夢であり、救いでもあった大切な思い出。
でも、今の僕は。
『聞いてんのかいディアス!』
「うっ、聞いてるよぉアンジェちゃん。」
月の協会が持つ通信機。
その向こうから彼女の元気な声が聞こえた。
「ええと今日、届け物があるんだね?」
『なんだい聞いてたなら相槌の一つでもしないかい、聞いてる方はどっちかわからんだろ。』
「はい……ごめんね……。」
少しぼーっとしてたことは言わないほうがよさそうだ。
そう思いながら思い出したことを伝える。
「そういえば、またこの間追加の給与送ったでしょ。僕、今月はもういらないって言ったよね。」
『……あ、そうだそうだ、その事でも言うことがあるんだよ!』
「え、この流れで僕が怒られることある?」
なんかいらない火をつけてしまったみたいだ。
げんなりしながら言葉を待つ。
『何が給与いらないだよ!?この治癒師も医者も壊滅的にいないこの世界でどんだけ貴重な技術かわかってんのかいアンタは!?』
「え…そんなにいないの?ちょっと前なら結構いたと思うけど」
『ちょっと前ってどれくらいさね。』
「うーん……500年前とか?」
『天使になれるほど技術磨けるやつが居ると思うかね!?しかもアンタの場合骨を折っても1日で直したらしいね!?』
「大袈裟なぁ……全盛期の時なら普通だったよ?」
『神々が没したとされるあの戦いの最中だろ!?ともかく、ちゃんと受け取ったんだね?』
「うん、いらないって言っても返して渡されちゃったよ。良い子だよね、将来有望だ。」
また、ため息をつかれた。
『アンタ、随分あの子のこと気に入ったんだね。んで自分よりも上かもってかい?』
核心に迫る言葉に、思わず息が詰まった。
「……勘が鋭いねぇ。でも事実だろう?メフィスト君が世話をしてて、しかもあのフェイムの量だ。」
『アンタどんだけ自意識が低いんだい……待て、フェイムの量?あの子が?』
「あれ、知らないの?僕のフェイムを打ち消すくらい強いフェイムだったよ。だから本気出しちゃった。」
強いフェイムの持ち主に、弱いフェイムは効かない。
相性や作用の仕方にもよるが、相当な力だ。
「多分素質だけで言ったら並の信徒よりも強いんじゃないかなぁ。」
『………初情報だよ、一旦ここだけの話にしてくれ。というかそれなら尚更だよ!フェイム持ちを治せる術者なんてそうそういないんだからね。』
それに、と続ける。
『正当な報酬を渡してるのにそれをアンタの考え方だけで受け取らないなんて言われても、困るのはアタシらなんだからね。』
「ぐぬ…」
『ただでさえ本来アンタをもっと上の立場に就けたいってのに、それを……』
「もーいいでしょお?!とりあえず、今日届け物があるんだね!わかった!僕も調べたいことあるから切るね!」
まだなにか言いたげな彼女の通信を切る。
少し頭を抱えた。
「………はぁ」
ため息が漏れる。
崇められたって、褒められたって、意味がない。
翼をもがれたあの時から、僕の心は割れたままだ。
僕の翼が千切れたのは、側にいた少女を守るためだった。
片翼でも、戦った。
少女の安否も分からないままで、僕に残ったのは。
『化け物じゃん…』
戦場の誰かの言葉だった。
心の何かを、ポッキリと折った。
そこから僕は、この翼を治す方法を調べた。
僕はこのフェイムを人にしか使えないから。
でも見つからなかった。
このフェイムを、自分に使う方法が。
僕は神様のために天使でいたかった。
両親が愛した天使でいたかった。
ただの化け物になった僕に、価値はあるのだろうか。
まだ読み切れていない文献の中に、この片翼を直す方法があることを願っている。
僕は、また本を読み進めた。
コンコンと、無骨な音が響いた。
誰か訪ねてきたらしい。
栞を挟んで玄関へ。
名乗りを上げないということは、患者か、たまにいる道迷い人か。
「はぁい、どなたかな?………おぁ」
思わず変な声が出た。
「……こ、こんちわ……………」
革袋を握りしめ、気まずい顔をしたファスティアが居た。
半月ぶりの彼は、少し小さく見える。
「……や、やぁ。」
「……ど、ども……えっと……お、お使いです」
そう言って革袋を見せる。
ちょっと苦しい。
お礼を言おうとした次の瞬間、彼は慌てて口に手を当ててきた。
「アッ!!えっと、お使いと!!えーと………」
「むぐ……?」
ファスティアは何か思い出そうとしてるみたいだ。
ハッとした顔で叫ぶ。
「果たし合いに来ました!!!」
「………は、果たし合い…………?」
「ちょっとお邪魔してもいいですか!?」
少し考えた後にもしかして、と聞いてみる。
「……話し合いかな?」
「アッそう!それ!」
頷くファスティア。
……確かに、ぼくたちに必要なものだ。
というか、僕が言うべきことなのに。
少しキュッとしながら笑いかける。
「うん、そうだね。いらっしゃい。」
久々の診察室は、変わらず本に囲まれて、木の香りがした。
リンゴジュースだよね、と言いながら用意してくれるディアスさんにお礼を言いながらも、机の上の本が気になった。
「……何の、本なの?」
「ん?……古代治癒術の本だよ。書いてるとおりだ。」
「あ、俺難しい字読めねぇんだ。」
そう言うと、目を丸くした。
動揺したようにも見える。
「……コダイって、たしか……昔?だよな。チユジュツってなんだ?」
「………えっ……と、治癒の術……治癒は身体や心を癒すって意味だよ。で、術は……技とか、その方法って意味。」
「あーたしかにタトかカシがディアスさんは癒しのフェイムって言ってた……チユって治すってことだったんだ……」
ディアスさんは不思議そうな顔をしている。
「………勉強は得意じゃないのかい?」
「うーんどうだろ…最近はじめたばっかりだから……」
「……最近?」
「ん。俺、スラム育ちなんだよ。だから教会に来るまで、勉強も何もしたことないんだ。」
驚いた顔をしていた。
ジュースを注ぐ手も止まった。
その目には、少し怒りも滲んでいた。
「……君みたいな優秀な子が、勉強も何もさせてもらえなかったのかい?」
「んー、させてもらえなかった……っていうか、親もいねーから生きることしかできなかったんだ。一回教会で教えてもらいに行こうとしたけどほら、黒髪で邪教徒に間違えられて追い出されたし。」
怒りが一気に驚愕、そして後悔に変わったのがわかった。
ああ、本心でこの人は話してたんだとよくわかった。
「それは………その、嫌なことを聞いてしまったね、すまない。」
「んーん、それはお互い様だったな、って俺思ってる。」
「お互い様……?どこが?」
「俺、ディアスさんのこと知らねーのに勝手言ったよ。“信じられてしかいねーのに”って。」
ディアスさんは固まった。
メフィストの言葉を思い出す。
『あの方は、片翼になった後に古参派から“半端物”、“化け物”と呼ばれていたことがあると、主上から聞いたことがあります。
最も、すぐに上からの指示で勝手なことを言った者たちは処罰されたとのことですが。』
「ディアスさんに嫌な思いさせた、ごめんなさい。」
そういって座りながら謝った。
ディアスさんは慌ててた。
「僕こそ謝らなきゃいけない。……大の大人が、幼い君に嫉妬した。その勢いで、言葉も聞かないで……」
「………しっと?」
「あ、えっと………う、羨ましくなったんだ。将来有望な君が。」
今度は俺が目を丸くする番だった。
羨ましい?
「……俺が羨ましい?どの辺が……?」
「………えっと……その…………」
二本の手で顔を隠し、もう二本の手でもじもじと指を絡めている。
多分言いづらいところなのかな、と思ったけど、つい素直な言葉が出た。
「俺はディアスさんが羨ましかったよ」
ディアスさんは、固まって俺を見つめていた。
この話は救われる話です。
いつか、きっと。




