2st.片翼の天使(6)
この話は救われる話です。
いつか、きっと。
まるで夜空のような前髪の隙間から、深い青がのぞいていた。
純真無垢な瞳に、自分すら見れない裏側をひっくり返されるような感覚があった。
ぞわりとしながらも、高揚感があるのはきっと、その先に希望がある予感がするからだ。
「俺、ディアスさんが羨ましかったんだよ。……なんで?って顔してるけど、俺もなんで?だからねそれでいうとさ!」
なんだか、思ってたことが全て顔に出てたようだ。
小恥ずかしい。
だが、少年は……ファスティアは続ける。
「ディアスさんってさ、何年くらいここにいんの?」
「えっ………えーと……1000年くらいかな」
「そう!!1000年!!ここで人を治してきたんだろ!?」
びし、と指をさしてきた。
「その力で、何人も何人も助けてきたんだ。癒しの天使ってのはさ、その功績を讃える名前だと思ってんの。実際……ほら!」
彼は革袋から大量の手紙を出してきた。
「ほい、これディアスさんに!」
「……え、これ……」
「元気ねーって言ったらこれよ!本部に報告行ったら、色んな人に手紙もたされたわ!」
どの名前にも見覚えがある。
僕が見てきた患者達だ。
「こんなにいろんな人が、ディアスさんを心配してんだぜ。おれにそんなことしてくれたのは、一人しかいなかったんだ。しかも、刑が確定したらもう会えない。」
「……!」
まさか、この子は此処に来るまでずっと孤独を抱えていたのだろうか。
ハッとした顔をして話し出すファスティア。
「……俺が不幸って話じゃないんだ。ただ……ディアスさんにも、見えてないもんあるんだなって話だよ。」
「見えてないもの……」
「そ!こんな心配されてるんだぜ。すげぇよ。ほら、他教徒からも手紙が来てる!」
先ほど出してくれた手紙は序の口で、積んでた本の高さを超えた。
呆然と見ていると、グビグビとリンゴジュースを飲み干すファスティア。
「あと総帥様から伝言!ちょっとは顔見せろ!だって!」
「……ぶふっ」
思わず吹き出してしまった。
「ちゃあんと読んでね、結構頑張ったぜ俺!」
「え?」
「じゃ、俺訓練あるから行くね!」
「えっ急だな」
お見送りしようとしたらいや!と止められた。
「まずそれ読んで!また今度、感想聞かせて!なんならお返事またもらうよ!」
「ファ、ファスティア」
「あ!あとさ、ディアスさん!俺、ディアスさんみたいになりたい!」
その言葉にピタリ、と固まる。
なにが?
どうして?どこが?
すべてが、次の言葉で消えた。
「助けて、助けた人が笑ってくれる人になりたい!俺が助けてもらったように、助けられるような人になりたいんだ!だから、ディアスさんみたいになりたい!」
照れて笑う顔を見て、長年の苦しみがたたき割られたような感覚がした。
彼が出ていって、扉が閉まる音がしても動けなかった。
呆けていると、ぱさ、と手紙が落ちる音がした。
慌てて拾おうとしたら、勢い余ってほかの手紙も床に広がった。
手紙に書かれている主の名前。
どれもこれも、かつてカルテに書いた名前だ。
すっかり増えた思い出の引き出しから、紐づくように思い出す。
手紙を本の横に置き、震える指で開けて読む。
患者だった人だけじゃなくて、祖父が助けてもらったとわざわざ書いてくれた人。
様々な人の近況と、お礼の言葉で溢れていて。
数枚読んだだけで、弱った涙腺を誤魔化しながら次を。
果たして今日読み切れるだろうか。
こんなにも貰っていいのだろうか。
一握りの申し訳なさを感じながら読む。
この手紙は、60年前に治した元少年から。
ああそうだ、この子も腕がちぎれて……
魔獣に食われた腕を、なんとか見つけて……
何とか縫合したけど、失った部分が多くて後遺症がのこってしまった子だ……
『拝啓ディアス様
いかがお過ごしでしょうか。
そして茶髪で両腕を蛇に食われた、間抜けなクソガキを覚えていらっしゃるでしょうか。
治していただいたあの日から、もう60年もの月日が経ったそうです。
お陰様で、文字を書けるくらいには動かせるようになりました。
半分蛇の胃袋で溶かされたとは思えません。』
通りで、すこし震えた字なわけだ。
てっきり代筆を頼んだのかと思った。
それくらい、彼の腕は酷い有様だった。
……少し、続きを読むのが怖かった。
でも、読むことにした。
『今回手紙を書こうと思ったのは、私の寿命が間近であることと、とある青年からお願いをされたからです。』
どくり、と心臓が痛んだ。
……そうか、人の寿命は早い。
何度も経験しても慣れない。
加えて、青年のお願い。
……まさか、ファスティアが私を元気づけるようにとお願いして回ったのか?
少しの喜びと、一抹の不安を感じた。
続けて読む。
『その青年は言いました。
ディアス様は忘れっぽいので、何か言いたいことがある場合はしっかり文字で伝えないと忘れちゃうと思う、と。
長く生きる人だから、しばらくしたらたくさんの思い出で埋もれてしまうので、是非覚えてほしいことがあったら紙に書いたほうがいいと思う、とのことでした。
全くそのとおりだと思いました。』
え、と声が出た。
思っていたお願いと違って驚いた。
てっきり元気づけるようにとか、想いを強制するものだと思っていた。
戸惑いながら、続きを読む。
隙間風で体の節々が痛む中、少し前に訪ねてきた少年を思い出す。
黒髪黒目で少し怯えたのが申し訳ないくらい、表情豊かで真っすぐな子だった。
月の総帥様から教えてもらったと言うその少年は、ディアス様の事を教えて欲しいと聞いてきた。
「どうして、ディアス様の事を聞きたいのじゃ?」
思わず警戒を込めた声で聞いてしまった。
少年ははっきりと答えた。
「あの人のこと、よく分かんねぇから。」
思わず首を傾げると、少年は言った。
「すげえ人じゃん、あの人。でも、その凄さを教えてくれねえから。」
納得した。
あの方は、成し遂げたことを盾にいばる方ではない。
加えて、害を出すために聞き出そうとしてるのではと思った自分を恥じた。
だから伝えた。
誰もが血まみれの自分を見て、もう助からないという顔をしてる中、あの方だけがずっと声をかけて、治療してくださったこと。
腕がない状態で止血後、わしの夢が騎士だと知るやいなや、静かに出ていって、胃液まみれのわしの腕を持ってこれしか取り返せなかったと泣いていたこと。
そのおかげで儂にはまだ手があること。
日常生活には差し支えがないことを。
聴き終わったあとに少年は頭を下げて言った。
「もし、よければなんだけど…」
彼の提案は、二つ返事で承諾した。
ずっと、後悔してそうなあの方の顔を思い出したから。
わしは、ずっと言いたいことがあった。
恐れ多い立場のあの方に。
今際の際になって、後悔する前に。
あの世に持っていく前に、伝えたかった。
『貴方様は、余りにも優しい方です。
きっと私の怪我すらも足りなかったと後悔されるような、あまりにも尊い方です。』
見透かされるような言葉の羅列に、息が荒れた。
でも見逃してはいけないと思った。
散漫な僕の記憶に、刻まなければと思った。
『ですがあの時に私を救ってくれたのは、命を救おうとしてくれたのは、腕を治し、未来を歩めるようにしてくださったのは、紛れもない貴方様でした。
それがなければ、私は74まで生きることができませんでした。
貴方様が救ってくださったのです。』
年甲斐もなく、手が震えて視界が滲む。
鼻の奥がツンとして痛い。
それでも、震える声でその言葉を読まずには居られなかった。
「………っ、“私にとっての……空は、貴方でした”………………っ!」
手紙を持たない手で、顔を押さえざるを得なかった。
この贈り物を汚したくなかった。
ずっと、空に憧れていた。
この宗教社会において、空は至高で、信仰の象徴だから。
空を飛べない自分には、化け物と呼ばれた自分には、天使を名乗る資格はないと思った。
無価値だと思った。
無価値?とんでもない。
私のこの1500年で、人を救ったことが無意味なわけがなかった。
ああ、そうだった。
泣きながら、思い出した。
「……私が望むのは……………大切な人達が、怪我なく、健やかでいてくれることだった………」
手紙を抱きしめながら、感傷に浸る。
『片翼の天使様。
我等の紛れもない空である貴方に感謝を。
そしてどうか、その癒しの手でこれからも無辜なる民を救いくださることをお願い申し上げます。
貴方に救われた、元少年の治癒師より』
「先生、今日は機嫌がよろしいですね!」
「んん?……ああ」
弟子がカーテンを開けるのを見ながら、儂は微笑みかける。
隙間風で痛んでいた腕も、どこか機嫌が良さそうだ。
まるであの方のような空色が、窓から見えたからだろうか。
「今日は、天気が良さそうだからな…」
曇りない青空を見て、儂は笑った。
「ディアスさーーーーーん!すんません!!ファスティアがまた怪我しましたーーーー!!」
いつも通り、本を読んでいると元気な声が聞こえた。
くすりと笑って「今行くよ」と答える。
ドアを開けると、困った顔のタトとカシ、そして痛そうな顔をしてるファスティアが居た。
「カシにやられたぁ……」
「受け身取らないでまた手から落っこちたからだろぉ!?」
「ディアスさんに何回骨折治させる気だぁ!?」
「はいはい、僕は大丈夫だから先に痛いの治しちゃおうね。タトはココア、カシは紅茶、ファスティアはリンゴジュースね」
「もうすっかり覚えられてるわ」
愉快な会話に笑いながら、診察室へ。
ふと、タトが気づいたように聞いてくる。
「あれ?この本って…」
「ん?ああ、元患者の子が贈ってくれたんだよ。“現代版治癒大全”。興味深いよ。」
「え!?この作者元患者なの!?」
「うん、そうらしいよ。」
「治癒師界の大物じゃないっすか!?」
「……いやまぁディアスさんならあり得る…」
変わらず賑やかに話す彼等を見ながら、ファスティアと目が合う。
少し微妙な顔をしてるファスティアに伝える。
「まだまだ僕は生きるから、新しい治癒法は随時覚えないといけないからね。」
そう言うと、ぽかんとしたあとに笑顔になった。
2人で笑いあってると、カシは変な顔をしながら。
「え?ファスティアなにニマニマ笑ってんの?痛いの好きなの?」
「なわけねーだろ!?いてーよ!?やだよ!?」
「あーごめんね、すぐ治すよぉ。」
慣れたもので、右手を触診する。
僕は、片翼だ。
天使と呼ぶには頼りないかもしれない。
化け物と呼ばれるかもしれない。
でも、それでいい。
だって僕が望むのは、人が癒えることだと思い出せたから。
この話は救われる話です。
いつか、きっと。




