3st.幽霊の少女(1)
この話は救われる話です。
いつか、きっと。
ここに来てから約2ヶ月。
すっかり健康的な身体になった俺は、体格も良くなってきたし、食べる量も増えた。
こんな食っていいのかなと戸惑う前にカシがおかわりを皿に盛り付けるおかげで、最初の3倍は食うようになった。
ホントにこんな食べて良いのかなと思ってたら、タトに
「最初が食べなさすぎだからな?1日1食パン1個ってマジで少なすぎるからな?」
と言われた。
スラムのときは3日に1回食えたら御の字だったのにな…と思ったけど、スラムの話をすると2人の顔が曇るのでやめた。
キセーチューの話の時もすごい悲しそうな顔をしてたし。
ちなみにキセーチューは別の生き物の中で暮らす虫らしい。
賢いなと思った。
相変わらず勉強は新しい事ばかりでパンクしそうになりながら覚えてる。
実戦訓練は、メフィスト様から取る場合は複数に増やすことを勧められた…結果、見事に全敗中。
1個は取れるけど2個目は取れない。
しかもどんどんカシが慣れていって1個目も危うくなってきている。
「カシから1個目取れるだけでも大分おかしいけどな」
とはタトの言葉。
ちなみに頭脳派のタトとやると、ちょいちょい2個目を取れる。
すごい悔しがってる。
盗られる側はと言うと、もう盗まれ放題。
全然防げなくて、なんなら利き手じゃなくても取られてる。
悔しい。
3分カシから盗られないようにするのが目標と言われたが、今のところ1分以内には盗られる。
…2人が親身に鍛えてくれるので、是非期待に応えたい。
信徒になれるかどうかは、本音を言うとどうでもよかった。
でも、あの時のメフィストの言葉がよぎる。
『ファスティア、貴方への罰は“一人前の信徒に矯正すること”です。
そして月の協会の二人。
二人の罰は”ファスティアを一人前の信徒に矯正すること”です。』
これが盗みの償いだけならば。
俺だけが失敗して、また別の罰を受けるだけでいい。
でもこの二人は?
もし、1年後信徒になれなかったら。
嫌な予感を頭をぶんぶんと振って紛らわせる。
「よしっ!大丈夫、大丈夫…!」
鏡の自分に向かって元気づけるように叫ぶ。
「ふーむ、本当に成長が速いねぇ……」
「ええ、本当に。」
月の協会本部の、総帥の部屋。
相変わらずの仏頂面と共に、報告書を読む。
「支部の二人に、課題や小テストの結果も見せてもらいましたが……かなり順調に勉学に励んでいます。」
「の、ようだね。日記を提出するように言ってたけどほれ、1日目と今じゃ全然違うよ。ちゃんと文で書いてるし……大したもんだね。」
これがアンタの仕事だよ、と日記帳を渡したときの、あの子のワクワクしてた顔を思い出す。
「加えて大金はちょろまかすことなくきっちり運ぶ、なんならあの治療バカの憂いの解き方まで私に提案してくる肝っ玉もある……はは、将来有望な子だよほんとに。」
「ええ。」
メフィスト経由で再度ここに来たあの子は、最初の怯えもなく真っ直ぐな目で提案してきた。
『ディアスさん……じゃなかった、ディアス様の元患者さんを紹介してください!』
何のこっちゃと思ったが、よくよく聞いたらあの治療バカの過去を真面目に聞こうとしてた。
何のためにと聞いたら。
ここだけの話なんですけど……と話し出した。
ちょっと構えながら聞いたら。
『……あの人、ちょっと自分のこと舐めすぎじゃないっすか……?』
思わず噴き出した。
大した慧眼。
良い度胸。
行動力。
余りにも粗いが、磨きがいのある子だ。
あの後ディアスは、明らかにやる気に満ち溢れている。
「加えて尖った戦闘能力。良いねえ若くて面白い子だよ。」
「はい。面白い子です。」
うんうんと頷くメフィストに、思わず目を見開いた。
「アンタがそんな肩入れすんの珍しいね。」
「そうですか?」
「うん。それはもう、かなり。」
きょとんとしているが、かなり面白い変化だ。
成長なのか、変化なのか。
それとも害なのか。
見定めるのは、私の仕事さね。
首を傾げるメフィストをみて、浅くため息をついた。
「リリス湖畔跡地月の協会支部より信徒2名は、月の協会、アンジェニーナ総帥のお呼びに預かり参上しました!」
「リリス湖畔跡地月の協会支部より、庇護者及び訓練生ファスティア!信徒2名に連れられ参上しました!」
3度目ともなると、嫌な目線や挨拶の緊張感というのも慣れてくる。
ひそひそと言われることよりも、いいぞ!と褒めてくれるタトとカシの笑顔のほうが先に目に入る。
そのまま総帥の部屋に向かう途中。
「ねえねえ、君!」
初めてのことが起きた。
声をかけられた。
驚いて振り向くと、すかさずタトとカシが壁になった。
そしたら肉壁二人の前から、うわぁ!と声が上がった。
「ご、ごめんごめん!驚かせた!だから2人とも、怒んないで!ひぃ〜〜!ガリ勉ゴリラと筋肉オウムに食われるぅ〜〜!」
「何が食われるだ」
「あんだぁ!?うちの子になんか用ですかぁ!!?」
「え、俺二人の子になった覚えないけど。」
「違うそうじゃないぞファスティアぁ!!?」
「おいやめろ鳥肌立ったわ…」
思わず出た言葉に、タトとカシが青筋立てている。
ぶふ、と声をかけてきた人物は噴き出していた。
「くく……お前らいつの間に子どもできてたんだよ…………祝いの一つでも贈ったのに……」
「黙れこのお喋りくそ天パぁ!!!」
「後方腕組野郎がぁ…」
見たことない二人の荒ぶりように困惑してると、その人物はニコニコ笑いかけてくる。
くるくると跳ねた髪の毛は、人参みたいな明るいオレンジ。
眼鏡ごしの瞳は、その茎の部分みたいに明るい緑色をしていた。
「君が噂の新人君?はじめまして、タトとカシの同期のア厶ドだよ!趣味はトランペット演奏、天体観測!好きなものはトロトロのオムレツ!嫌いなものは小言とバカ!」
「おいごらぁ!!!」
「なに指差してんだお前……!」
おおう、元気な人だ。
バカといいながら二人を指差してる。
……あれまてよ。
「え、じゃ俺も馬鹿だから嫌いかも……」
「んーん!そうかもって考えられるだけ賢いよ!少なくともこいつらよりは!」
「うるせぇお喋りバカ!!でも言い返せん!」
「でもその通りだファスティアは賢いぞ」
「ええ…そうなの………?」
キャッキャとしながらアムドはまじまじと見てくる。
メガネをくいっと上げる所作は、なんだか賢そうに見える。
「なんだぁ、元盗人って聞いてたからもっと擦れてんのかなって思ってたぁ!めっちゃいい子じゃあん!」
前言撤回。
めっちゃバカ正直に言うなこの人、あまり頭は良くなさそう。
ぱこーん、とタトに殴られてるアムド。
「いったぁぁぁい!」
「おうお前表出ろや……!」
「ほんとのことだろぉ!?」
「それはそれぇ!これはこれぇ!わざわざ本人目の前にして言う事がそれかぁ!」
「えいや待て待てタト、カシだめだめそれ以上はダメだぁ!?」
慌てて2人をとめる。
危ない剣を抜く勢いだった。
「いや、褒めたんだよぉ!素直で良い子だねって!」
「言い方があんだろうがぁ……!」
また言い合いが始まる。
止めなきゃ、と思ったときだった。
「………なぁに騒いでんだい三バカァ………」
「あ」
「げ」
「わ」
ゴン!ゴン!ゴン!
鈍い音を立てて、総帥が3人と頭に拳を振った。
3人ともすごい悶えてた。
明らかに痛そうで身構えた。
ため息をついて手を伸ばしてくるので思わず目を瞑った。
「悪かったね、バカ3人の相手させて。」
そういってぽす、と頭を撫でられた。
ぽかんとしてると、ちょっとぉ!と大声がした。
「総帥その子に優しくないですかぁ!?何それそんな優しいとこ僕見たことないですよぉあいったぁぁぁぁぁぁい!」
またアムドが殴られてた。
「そういうところだ、黙りな。…こういうのは真似すんじゃないよ。」
「ひゃい」
ギロリ、と睨んでくる総帥が怖くて声が裏返った。
「ぼさっとしないで早くおいで。アムド、お前もだ。」
「げっ、僕もぉ!?何々お説教ならもう終わったでしょお!?」
「なんだい?増やされたいのかい?」
「違います違います!アッ怖い怖いやめてぇ!」
「お前もう黙れ……!」
「なんでお前そんなペラペラ喋るんだよ!!」
「みっちり叱られたくなければさっさと来んかい三バカぁぁ!!」
「「「すいません!!!!」」」
総帥の部屋に着くと、メフィストが待っていた。
相変わらず姿勢が綺麗だ。
「揃いましたね」
「え、僕もこれ聞いて良いんですかぁ?」
「聞いていいというか、当事者だからね。」
総帥の言葉にアムドはピンときてないようだった。
総帥はため息をついた後に、椅子に座ってこちらを見る。
「まず、少年。良くやったね。」
「はい……?」
「ディアスの事さ。あの万年陰湿顔が、アタシの知る限り初めて参考資料が欲しいと言ってきた。かなり前向きに仕事に向き合ってる。
あいつ自身の成長でもあるが…きっかけはお前さんだ。」
少し間が空いて、意味が分かって血が昇る思いがした。
胸がぽかぽかして、やり遂げたという思いでいっぱいになる。
色んなところに駆け回った甲斐があった。
総帥はにやりと笑って続ける。
「言われた仕事をやり遂げることは、ここで仕事するなら必須のスキルだ。だがその先や自分で考えてやること、そして成果を出すことは、他を認めさせるのに必要なことだからね。
その調子でやりな。」
「はい!」
ニコニコしながらそう答えると、またアムドが話し出す。
「へえ、ディアスさんに火をつけるなんてやるねぇ!あの人クソ頑固じゃん、よく動かしたね!」
「ファスティアは凄いからね!めっちゃ勉強も体術も熱心に覚えてるしな!」
「うん、素直で偉い。」
「兄バカ二人とお喋りバカは一回黙りな。」
3人がきゅ、と口を結ぶ様子はちょっと可笑しい。
あまりにも褒められてちょっと顔が熱い。
そんな俺を笑ってか、3人の様子が可笑しくて笑ったのか。
少し微笑んだ後に、総帥は真剣な顔になる。
「そこで、だ。お前さんの普段の動き、勉強の成果、加えて他人の評価を踏まえて。
実際の仕事を一つ見学させてもいいって話になった。」
「………お?」
「え!?」
「まじか」
ちょっと意味を噛み締めてる間に、タトとカシが驚きの声を上げた。
「もちろん、基本的には見学のみ。メフィストとアムドが同行する。」
「え!メフィスト様とも一緒に行っていいんすかぁ!」
アムドが元気な声を上げる。
タトとカシは少し嫌そうな顔をしている。
「え、こいつと!?」
「大丈夫っすかコイツで」
「ふふん、僕は仕事できるからねぇ!」
ドヤ顔するアムドに、メフィストが冷静に話す。
「…比較的黒髪に偏見がなく、普段共にいる二人と波長が合うアムドなら、ファスティアも少しは緊張がほぐれるだろうとの、総帥の意向だ。」
「えぇ!?僕そんなにこの2人と波長が合うように見えますぅ?!」
「合いすぎて喧しいくらいだよ」
「ええ、ショック」
「何がショックだぁ!」
「この人参タコスケ野郎が…」
「あ、やっぱ人参みたいな色なのは合ってた。」
思わず声に出すと、皆目を丸くして見ている。
ヤバい、失言か?と思ったら、アムドはなんか上機嫌になった。
「え!思う?人参みたい?」
「え?あ、はい……その、鮮やかなオレンジと、きれいな緑の目だなぁ、って……」
「いいよ敬語なくて!僕もファスティアって呼ぶから!ね、そうだよね!人参みたいでしょ!僕もそう思ってる!」
やたらとキラキラした目で言われる。
人参って褒め言葉なんだ。
「ちなみに人参って言われて喜ぶのこいつくらいだからなファスティア。」
カシが察したように言ってくれた。
ええ…思わず変な目で見てしまった。
「ええ、そんな変なもの見るような目で見ないでよぉ照れるぅ。」
「ここまでの会話でだいぶ変な奴だけどなお前。」
カシの言葉も聞こえてないようにしてあ!と声を上げるアムド。
さっきまでのカラフルな表情が打って変わって、静かに笑った。
思わず驚いてしまった。
「ところで、その任務の内容教えてもらえますか?たぶんそこが本題でしょ?」
「……普段からそれでいてくれたら楽なんだけどねぇ………」
呆れたようにため息をつく総帥。
紙を差し出されると、タトが受け取って皆に配った。
「場所は月の協会管轄内、オペラ森林の側にあるとある村。
正体不明の物音、気配がするって話だ。
1人なら気の所為ってなるところが、数十名程度の村の住人のほとんどがその気配を感じ取っていて、若干の恐慌状態。
神の祟りじゃないかってことで報告が来てる。」
この数ヶ月で覚えた知識をフル回転させて読み込む。
難しい字も多いが、要約すると。
「なるほど、謎の気配に村人が怯えてて、しかも神様に何かしたんじゃないかくらいまで怯えてるんですね〜。で、僕らはその謎の気配の正体を探せ、ってことですかね?
祟りではないってことでしょう?主上の声を聞く総帥が仰るなら。」
アムドの言葉にはっとする。
そうか、確かに。
神様の声聞けるんだ。
総帥は頷いた。
「主上は誓って祟りなどしてない、とのことだ。」
「えと、ということは……その、姿を消す魔物とか、特殊なフェイムを使う邪教徒がいるかもってことですか……?」
手を挙げて聞くと、総帥は目を丸くした後に少し笑った。
「まあ可能性はある。……が、そこを含めての調査だ。仮に魔物や敵対組織だとしたら、メフィストがいれば大抵倒せる。あくまでお前さんが見学できる内容、ってことで察してくれ。」
なるほど、と納得した。
戦闘があるかもと思ったから身構えたが、あくまで今回は見学のようだ。
というかメフィストはそんなに強いのか。
「となると僕は…聞き込み担当かな?」
「そういうこった。この子と一緒に頼むよ。」
「はーい、承知しました。」
軽い口調とは裏腹に、きちんとした敬礼をこなしている。
俺もちゃんとしなきゃ、と意気込んだ。
この話は救われる話です。
いつか、きっと。




