2st.片翼の天使(4)
この話は救われる話です。
いつか、きっと。
「うんうん、派手に骨が折れてるねぇ。んん、でもフェイムの流れが見にくいな……ちょっと複雑に折れてるかもね……」
2本の手の指で怪我をしているところを触り、もう2本で何やら紙に字を書いている。
あまりにも優しく触るもんだから、ちょっとくすぐったい。
タトとカシはうーん、と少し苦そうな顔をする。
「となると治るのは遅いっすよね…」
「うーんそうだねぇ…ちょっと試してみるね」
そういった途端、触れていた指先が淡い緑色に光った。
眩しさと暖かさに目を丸くしていると、ディアスさんは変な顔をした。
「おや?結構複雑なのかな……効きが悪い…」
「まじか」
「ディアスさんでもか…」
「結構急ぎたいかい?」
「まあ、訳ありなんで…訓練して1人前にしないといけなくて……」
「ふむ?成程、成程……」
光に包まれた腕は、もうすでに赤みが引いてきている。
すげえ、こうやって怪我治るんだ。
感心して見ていると、ディアスさんはよし!と何か決めたようだ。
「ちょっと本気出しちゃおっかな。あ、痛くはないよ、まぶしいけど。」
「え?」
「目、瞑っててね。それでも眩しいかも。あ、二人もちゃんと目を瞑っとくんだよ」
「まって?何?」
「え、ディアスさん?」
「はーい10数える間目を瞑ってね〜」
タトとカシの話も聞かず、紙とペンを置いて4本の手で俺の手に触れる。
言われるまま目を瞑ると、いーち、にーい、と数え始めた。
右腕が4本の手に掴まれてて温い。
加えて目を瞑っているのに……眩しい。
「え!?目瞑ってんのに眩しい!?」
タトの声が聞こえる。
困惑した声を無視するようにろーく、なーな、と変わらず数えている。
みるみる腕の痛みが引いていく。
「きゅーう、じゅう!
はい、目を開けていいよ〜」
眩しさが消えた。
恐る恐る目を開ける。
少し汗ばんだディアスさんが、腕の一本でタオルを取って、また紙とペンを取り出していた。
「ふう!とりあえず日常生活は大丈夫だと思うよ〜。手、握ったり動かしたりしてみて。
あ、まだ激しく動かしちゃ駄目だからね」
「嘘だろ!?」
言われるまま右手を動かす。
確かにまだ違和感は感じるけど、握ったり動かすのもできる。
「えっすげえ!?こんな早く治るんだ!」
「いやいやいや、異常だから、おかしいから。」
恐れ慄くタト。
カシもたまらずディアスさんに問いかける。
「綺麗に折れてても3日って聞いてましたけど!?」
「ん?あー確かに綺麗に腕折れてたら頑張っても3日だねぇ。でも肉は繋がってるし、骨だけだから。」
「綺麗に折るってそういう!?」
「それ千切れてるってことじゃないっすか!?」
タトとカシの言葉で、なるほどと理解する。
腕ちぎれてても直せるんだすげぇ。
「念のため、明日も来てね。
君が耐えられるギリギリまで使っちゃったから、これ以上僕のフェイムを使うと、異常に回復して逆に小さい指生えちゃったりするから。」
「えっ、強そう、それはそれでありじゃね?」
「いや良くねーよ!!!!」
素直に言葉を吐くとすごい勢いでカシに止められた。
くすくすとディアスさんにも笑われる。
「今日はここまでかな。お大事に、過度な運動は明日まで我慢してね。」
「わかった!ありがとう、ディアスさん!」
やっぱりかっこいいと思いながら笑顔で返すと、少し戸惑った顔で笑い返してきた。
月の協会本部の一室。
メフィストが机越しに向かい合っている。
長年見てきた中でも、かなり申し訳なさそうな顔をしている。
とはいえ、ほぼ表情は変わらない。
見慣れてないやつからすれば、変わらない仏頂面だろう。
「本当に怪我させたんだねぇ、さっきディアスから連絡きたよ。」
「申し訳ございません。」
「いやいやそこは仕方ない。でも珍しいね、アンタが力加減間違えるなんて。」
素直に言葉が出た。
ディアスによると2日で完全に治せるとのこと。
あのディアスが2日かける怪我。
しかも本天使曰く「久々に本気でやったよ〜、急いでたみたいだからさ〜」とのことなので、ファスティアが耐えられるまで治療したらしい。
となると骨折はしてたのだろう。
頭の中で状況を整理するほどに、1つの疑問が湧く。
メフィストに問う。
「……そんなに強いのかい?あの子は。」
「………少し違います。」
「ほう?」
「恐らくスラムでの経験でしょうが……相手の隙をつくことと、盗むことに特化している、という感じです。
ただその手の動きは素人なので、簡単なカウンターでも……その………」
「成程、受けきれなかったってことか。愉快な子だねぇ。」
書類に印鑑を押して、メフィストに渡す。
「ディアスに治療代として報酬を出しな。この記載の通りでね。あれならあの子にお使いさせな、んで見極めるのもいい。」
メフィストは目を丸くしたが、すぐ意図を察したようだ。
ディアスの給与は、安くはない。
なんせ治療ができる力というのはとても貴重だからだ。
こちらから依頼したものなので教会から報酬を出すが、その額はスラム育ちから見れば大金だ。
もし、それをどうこうするような者なら。
その時は。
簡単なお使いだ、ディアスに渡してくれと言われた。
そうしてメフィストに持たされたのは、革袋だった。
ずしん、と見た目の割に重くて。
何が入ってるんだろうと思ったら、
「ディアス様の給与だ。要するに金だ。」
とメフィストは言った。
タトとカシはちょっと変な顔をしてた。
「しっかり渡しておいてくれ。……腕の調子は?」
「あ、大丈夫!……です!ディアスさん……じゃなかった、ディアス様が治してくれました!あと1回で大丈夫って言ってました!」
そう言えば、ふっと息の音を漏らした。
あ、ホッとしてそう。
表情は本当に変わらないけど。
「……ほんとに一人で大丈夫か?その…」
「途中、人もいるし…」
タトとカシは心配そうな顔をしている。
メフィストは少し考えたあとに。
「…もう15の人間に心配しすぎでは?」
「ううーんそういうの……なのかなぁ」
「ううん……」
二人が言わんとしてることもわかる。
でも俺だって大丈夫。
ニカッと笑って答える。
「大丈夫!そんな遠くもないだろ?」
「……よし、ファスティアがそういうなら。」
「気をつけろな、なんかあったらすぐ俺たちに言えよ!」
「………やはり心配しすぎでは?」
タトとカシはわしゃわしゃ頭を撫でながら、ちょっと風つよいからなとか、水分補給もしろよとか、ずいぶんと心配してくれている。
メフィストの言葉に少し同意した。
街に出ると、やはりあの二人が心配してただろう事がすぐ起きた。
「やだ、ちょっとあれ……」
「うわ黒髪……」
ひそひそと、噂話をされている。
…昨日の時にも、三人でいた時ですらも言われてたから、予想はしてた。
あの時は二人が睨みきかせてて、こんなはっきり言うことはなかったけど。
革袋を無くさないようにギュッと握りしめて、できるだけ気にしてないように見せながら、前へ前へと歩く。
「ずいぶん立派なもん持ってるな…盗品じゃねえのか?」
「やだちょっと、通報する…?」
「やめとけやめとけ、関わらないのが一番だ……」
でも、流石に苦しいものもある。
胸にぶら下げているロザリオも握る。
……大丈夫、大丈夫。
そう言い聞かせて街を通り抜けた。
「ディアスさーーーーん!ファスティアでーーーーーす!」
治癒の文献を読み漁っていると、昨日ぶりの元気な声が聞こえてきた。
「ドア、開けられるかい?今行くよ」
栞を挟んで立ち上がる。
扉を開けると、小さな少年が昨日と同じキラキラとした目で見上げていた。
まるで深い青空のような瞳。
一切の曇りなき眼に、少し心が痛む。
「ありがとうディアスさん!へへ、どう開けようか迷ってたとこだった…」
そういって笑う様子は愛らしい子供そのもので、思わず口の端が緩む。
おっといけない、小さな子に私の笑顔は怖いものらしいから気をつけなくては。
そう思って彼を見ると、変わらずニコニコしていた。
……大丈夫かな?
僕が思うよりも結構大人なのかもしれない。
「どうだい、腕の様子は。あ、ジュース飲むかい?」
中に案内しながら聞くと、「ちょーいい感じ!」と返ってきた。
「てか、ジュースのんでいいの?飲みたい!」
「ふふ、そうかい。用意するよ。…痛みや、動かしづらさとかはないかい?だるさとか。」
「全然ない!腫れもないし、指も生えてないよ!」
「ふふ、良かった良かった。」
診察室の椅子に座るよう促す。
林檎のジュースを差し出しと、美味しそうに喜んで飲んでいた。
比較的身体が大きい人でも座れるようにしているので、少年が座るとさらに小さく見えた。
余る部分は彼の可能性のようにも見える。
少年は座ったあとに忘れないうちに、と革袋を差し出してきた。
「これ!ええと、メフィスト……様…がディアスさんにって!キューヨって言ってた!」
覚えたての言葉を伝えてくる様子は、なんだか幼く見える。
予想通りの革袋の内容。
少しため息をつきながらありがとう、と伝えると、不思議そうに見ていた。
「なんだ?キューヨって金なんだろ?嬉しくないの?」
「ううん、まぁね。でも何といえばいいのか……アンジェちゃんは随分あげたがりみたいだからね……」
「アンジェちゃん?」
「うん。ええと……今は総帥だね。」
目を丸くしていた。
革袋を開けると、給与明細も入っている。
私ごときに随分とまた大金を…と思うと、げんなりしていた。
「良ければあげるよ、私には大層なものだ。」
「………は!?いやいやダメだよ!」
ブンブンと首を降る少年。
思わずふ、と笑ってしまった。
「ちゃんと渡してって言われたんだよ、ディアスさんにって!」
「良いんだよ、その私が言うんだから。」
そう笑いながら腕を見せるように言うと、素直に右手を出した。
少し納得いかない顔をしている。
「でもやっぱ受け取れねーよ。
だってそれ、ディアスさんがここで貢献してるからだろ?怪我治してるし」
「まあそれしかできないからねぇ…うん、これなら少しフェイムを流せば完治しそうだね」
「ちゃっかり話し流すなよぉ!」
そういってフェイムを流す。
淡い緑色が彼の手を包んだ。
彼は思惑に気がついたのか、すぐに抗議してきた。
…いやはや参った。
「だってぇ、僕この間もいただいたんだよ。」
「そんだけすげーってことなんじゃねえの?」
「誤解だよ。長く生きてるだけだよ」
「ええ………?」
尚も彼は納得いってないようだ。
仕方がないので、素直に話してみることにする。
「……こんな使えない老いぼれが持つより、君みたいに未来のある子が持っとくといいよ。」
「……使えない?どこが?」
私が素直に言葉を吐くと、初めて見る険しい顔をした。
何がそんなに気に触ったのかが分からなかった。
そんな疑問を解消するように、彼は言葉を続けた。
「だって、すげぇ天使様だろ?ディアスさんは。」
…どくん、と嫌な脈の音がした。
屈託もない、真っすぐな言葉に思わず固まった。
少年はさらに続ける。
「英雄なんだろ?俺、タトとカシに聞いたよ?1000年前……?に起きた、戦争でも大活躍だって!そんで…」
彼はまだ続けようとしたが。
「1000年前だ」
大人気なく、彼の言葉を切ってしまった。
驚いた顔をする彼にしまったと思った。
でも、一度話すと止まらなかった。
何も知らない少年に、価値観を押し付ける老害が如く、真実を押し付ける。
「1000年も前の話だ。そして、今の僕は天使ですらない。片翼で空も飛べない天使なんて、いていいはずない。そうだろう?」
「え……」
戸惑った彼も無視して、こんなに言葉が止まらないのはなぜだろう。
またアンジェちゃんが、僕のお金も席もいらないって話を無視したから?
虫の居所が悪かったから?
「若い君には理解できないかもしれないが、天使が崇められるのはなぜだと思う?
最高神の愛する空を飛べるからだ。
空も飛べない異形なんて、天使なんて大層な名前をもらえるべきじゃない。」
「えっ、と、ディアスさん、俺は」
何かが違うと、彼が戸惑ったように声を上げる。
なぜ僕は、その言葉を止めたいんだろう。
ああ。
「だから僕はこんなに貰って良いわけがない。貰うべきは、片翼のくせにだらだら生きてる僕じゃない。
ここ最近は神の言葉すら聞こえない、ただの老いぼれの寄生虫じゃない。
君みたいに若いのに、赤の階級である彼に信頼され、未来がある君だろう?」
……ただの醜い、嫉妬だ。
分かっている。
片翼の天使になんて、神は声をかけてくれるはずがない。
僕が聞いたことあるのは、「月の協会の力になってほしい」って言われたきりだ。
それから一度も、英雄と言われたあの時も、今までも。
もう語りかけてはくれなかった。
……そこまで考えて、ハッとする。
少年は、さっきの険しい顔に加えて怒りをにじませていた。
しまった、一方的に話してしまった。
大人気無いにも程がある。
だから僕は醜くてだめなんだ。
慌てて声を出そうとする前に、彼は呟いた。
「……信じられてしか、いないくせに。」
「……………………え」
礼儀正しく、にこにことしていた彼とは思えない、冷徹な声だった。
何処か悲しそうにも聞こえた。
思わず固まっていると、彼はバツが悪そうに立ち上がった。
「……今日は、ありがとうございました。
しつれーします。」
「え、あ……」
ぺこり、と頭を下げてあっという間に出ていってしまった。
意味もなく僕の右手が宙を掻いた。
静かな部屋の中で、僕は彼の言葉を噛み締めていた。
(………どういう、意味だろう……………?)
この話は救われる話です。
いつか、きっと。




