2st.片翼の天使(3)
この話は救われる話です。
いつか、きっと。
突然始まった、メフィストとの対人訓練。
俺からバンダナを受け取った彼は赤のバンダナを頭に巻いた。
黒髪に赤って目立つな、と思いつつ彼の人柄には似合わないななんて思った。
タトとカシも小さな声で「似、似合わねぇ…」と話していて、メフィストは「私もこの訓練を経てここまで来たんですけどね」と、冗談なのか和ませたかったのかよく分からない会話をしていた。
「いつでも、どうぞ。」
メフィストの前に立って、初めてタトとカシの言葉を思い出す。
(隙がねぇ……)
カシは結構瞬きをしてた。
タトは相手の利き手を見る癖があるから、左手ならいけたと思う。
あの宝石の使徒のおっさんは気を抜いてた。
それに比べたらメフィストは、結構目を瞑ったり、構えも簡単なものだ。
……でも、警戒に隙がない。
盗れるという確信が持てない。
(成程、これがすげぇってやつか……)
(随分とかかるな。)
いつでもいいと言った割に、少年は少し汗ばみながら自分の挙動を見ている。
視線はまっすぐ、でも満遍なく観察はしてるように思う。
が、それだけ。
一切動かない。
(仮に2人が気を抜いてなかったのだとしても、たまたまはあり得る。
何なら、癖は見てただろう。)
彼を見ながら頭の片隅で状況を整理する。
使徒である自分に怯えているのか、それとも攻め方がわからないのか。
どちらにしても、行動に出なければ意味はない。
(………二人は優秀だと聞いていたが、一回りも年下ゆえに甘さが出たか?そういえばさっきも失言で怒られてたな。
全く、そういうところがなければ実力はあるのだから……)
あまりにも動きがなくて、片隅にあった思考がわずかに中心にぶれた。
その瞬間、少年の手が目の前にあった。
反射的に仰け反るが、ハチマキを彼の指が“掠った”。
「ッチ!」
舌打ちとともに彼はその手を方向転換してなおもハチマキを取りに来る。
(掠った、確かに!)
その事実に驚きながらも次の動きを察知。
彼の手の動きはまるで蛇のように潜り込んでくる。
おおよそ人ができる角度ではないが、慣れているようにぐにゃりと動かした。
左足を後ろに引いて、身体を横に反らしその手先を避ける。
「!」
だが彼の動きは続いた。
左手で、私が反らした体を受け止めるように服をつかんだ。
鳥肌が立つ。
そのまま体勢を崩されたら奪われると確信し、右足を前に出して懐に入る。
「うお!?」
驚く彼の顔が目の前に来て、左手を右手で払い、左手で胸を押し出す。
が。
(……軽い!)
不味いと思った時には、少年は突き飛ばされて地面に転がった。
鈍い音と、傍にあった柵が壊れる音がした。
「「ファスティアぁぁぁぁぁ!!!?」」
「ぎゃーーーーーー!?」
慌てて少年に駆け寄った。
わぁ、空だぁ。
ついさっきまで至近距離でメフィストの顔を見てたはずだった。
昼間に見てもキラキラと金色が輝いた目は鋭くて、宝物みたいだった。
ちょっと腹に手が当たったと思ったら、視界は青空しか見えなくて、
そんなふうに思ってたらそれはそれは鈍い音がした。
柵に触れたときにやばいと直感して右手で受けた結果、ぼきん、と。
「「ファスティアぁぁぁぁ!!!?」」
「…ぎゃーーーーーーーーー!?」
ちょっとしてから痛みを感じて。
しかも手が握れないくらい痛くて思わず大声が出た。
メフィストが珍しく目を見開いてすごい勢いで駆け寄ってきた。
この人こんなに動揺することあるんだとか思いつつも、鈍く響くような痛みにうっすら涙が浮かんだ。
「うわひっでぇ!?絶対折れてる!」
「一旦固定するか、手貸せ!」
「ぶえええ………」
すぐに赤く腫れてく腕。
どうやら折れてるらしい。
何がかはわからないけど。
タトが手慣れたように折れた柵の棒を腕に固定して、手に巻いてた包帯を俺の腕に巻きつけた。
なるほど、なんで怪我もしてないのに毎日きれいな包帯を巻いてるんだと思ってたけど、こういうときのために巻いてたのか。
まるで傍観者みたいに見ながら、腕の痛みに悶える。
メフィストは変わらず無表情だが、僅かに瞳が揺れててショックを受けてるな、と分かった。
ネマが言い過ぎた時に見せる目と似てた。
「………ダイジョーブ」
痛みに悶えながらメフィストにそう、笑いかけるとまた目を見開いた。
「…すまない。力を見誤った。」
しゃがんで目を合わせて、頭を下げられた。
「ダイジョーブダヨ……」
「いや………その顔で言われても大丈夫には見えねーよ……」
笑ったつもりだったのだが、痛みで脂汗もかいてるしそれはそれはひどい顔をしてたらしく、3人ともむしろ心配した顔をしてた。
メフィストは少し考える素振りをしたあと、何かを決めた顔をした。
「……私から総帥に話を通しておくので、2人共ファスティアを“ディアス様”のところに連れて行ってくれますか?」
「「え!?」」
「……でぃあすさまぁ…?」
メフィストの言葉にタトとカシはすごい驚いた顔をしてた。
まだ涙出てくるのを我慢しながら聞くと、メフィストは答えた。
「癒しの天使と呼ばれている、我が教団きっての実力派の方です。恐らく綺麗に折れていれば、数日で治してもらえるはずです。」
「て、天使様ぁ!!!?」
タトとカシによると、ディアス様は結構長寿の方で、教団もかなり長い間お世話になってるらしい。
「えっ、ディアス様もその、フェイム?が使えんのか?」
「勿論、相当強力な癒しのフェイムだ。なんでも神様の怪我すら治せるらしいから、他の教徒でも助けてもらった人は多いはずだ。」
「月の教徒達は一回は世話になってるはずだぜ。」
腕の痛みは変わらずだが、3人でディアス様のところに行く時にはもう天使様に会えるという興奮でわくわくしていた。
「え、ど、どんな方なんだろ、やっぱおとぎ話みたいにキラキラしてんのかな?翼とか生えてたりすんの?」
思わず興奮冷めやまぬ感じで聞くと、2人は顔を見合わせてちょっと気まずそうな顔をした。
「んー……翼は生えてるけど、片翼なんだよな。戦争の時に折れちゃったらしい。」
「えっ、痛くないの?」
「痛い……のかな?でも本人……というか本天使はピンピンしてるけど……」
「あと……キラキラというより………迫力がある?」
「迫力……」
「総帥みたいな感じ」
「総帥……みたいな感じ………」
つ、強そう。
それはそれでかっこいいな…と心の中で盛り上がってると、思い出したようにタトが聞いてきた。
「そういや総帥、初めて会ったけどどうだった?」
「食われるかと思った…」
「ぶはー!!!!」
「ぶふぅ!!!!」
2人は腹抱えてゲラゲラ笑いながら、よろよろ歩き出した。
ちょっとむかついたので小突いてやろうとしたけど、腕が痛くてできなかった。
割と近くにあったその建物は、何故か人の気配がなくて木々に囲まれていた。
ちょっと暗い森の中にあるその建物は、三角の黄色屋根にレンガの壁で出来ていた。
こじんまりとしてるのかと思いきや、結構でかい建物で、扉もやたらでかかった。
板でできた看板に、“ディアス治療院”とふりがな付きで書いてあった。
手書きっぽかった。
「ディアスさーん!タトでーす!新入り連れてきましたー!」
思ったより気安い感じでタトがドアを開けて入っていった。
心の準備がと思いながらも、ドキドキしながら入る。
部屋は草や薬の香りがしていて、少し木の香りがした。
壁には色々な絵や瓶が並んでいて、ちょっと暗め。
少し物音がしたと思ったら、左側からガタゴト音がして、どしどしと歩く音がした。
姿を見て、思わず目を丸くする。
「んん?おや、新入りとは珍しい。新しい子かい?」
「ちょっと訳ありなんだけど、メフィスト様か総帥あたりからあとでまた連絡来ると思うよ」
おいカシまで気安くね?
天使様にそれで良いのかよ?
そんな事を言う余裕は俺にはなくて。
しわがれた声で不思議そうに聞くその天使。
胸元には確かに紫色の紋章が輝いていて、偉いことがわかる。
でもそんなことよりも目が奪われたのは。
透き通るような水色の長髪を、後ろで束ねたその片翼の天使には、“4本”の大きな腕があったこと。
そして“4つの目”があること。
身体もこの大きな家で納得できるほどの巨体で、総帥よりもでかい。
ぽかんと見上げる俺を、眼鏡越しにへぇ、と見ている。
「随分小柄だねぇ……うーん、5歳くらいかい?」
「15だよ、5歳だったらもっと小さいよ」
「おやいけない。はは、私から見ると皆幼く見えてしまってねぇ……んん、大丈夫かい?小さな子にはちょっとこの姿は怖いみたいだからね……」
顔を見るともっとその普通じゃないところが顕著で、目が4つあるうえに、他も特徴がいっぱい。
口も結構大きくて、耳もとんがってる。
宝石みたいなきれいな緑色が、心配そうに俺を覗きながら、しゃがみこんだ。
黙って見ている俺を見て、タトとカシが心配そうな声を上げた。
「……お、おいファスティア?」
「いけね、そういえば具体的にディアスさんがどんな姿か言ってねぇわ」
「えぇ!?それは怖がっちゃうよ!?こんな小さな子なら尚更だ……ええと、ファスティア君、こ、こわくないよぉ」
「かっけぇ…」
「そうだ、飴ちゃん食べるかい?ジュースもある………え?」
4本の手が慌ててジュースやおもちゃ、お菓子を持って見せている。
でもそんなことよりも。
「かっっっけぇぇぇ………!」
「………へ?」
4つの目が丸くなって、開いたり閉じたりした。
タトとカシも驚いた顔をしている。
痛みも忘れて思わず歓声を上げてしまった。
「すっげえ4本、全部バラバラに動かせんの!?」
「え?う、うん…」
「強そーー!てか身体でっけえ!!目がいっぱいあんのもおとぎ話の英雄みたいだ!!」
わっ!と盛り上がったあと、戸惑った顔をしていた。
はっと思い出す。
「ご、ごめんなさい!えっと、あっ、すみません!えーっと、ちょ、育ちが悪くて言葉遣い下手かも、えっと、天使様、えと、ディアス様失礼しました、そのー」
「……ぶっはははは!」
「いや、らしいわ。お前らしい……ぷくく」
慌てる俺を横目にタトとカシが笑い始めた。
困ったように笑ったディアス様は、ふふっと笑ったあとに。
「ディアスでいいよ、様呼びもいらない。よかった、怖くないんだね?」
「えっ、いいの!?……ですか、?怖い……?」
名前で呼んでいいことに喜んだり、また言葉遣いに慌てたり、よくわからないことを聞かれて困惑したり。
気持ちが忙しい。
今度はディアス…さんも少しおかしそうに笑った。
「ふはは、本当に怖くないんだ。面白い子だね。丁寧な言葉もいらないよ。楽にしてね。」
そういいながらニコニコ笑った。
4本のうちの1本が俺に伸びて、頭を撫でられる。
タトとカシよりもでっかい手のひらは、ゴツゴツとしてて、でも温もりも人一倍あった。
手袋もない手で触られるのにびっくりしたけど、なんか嬉しかった。
この話は救われる話です。
いつか、きっと。
今回は5分割になるとおもいます。




