2st.片翼の天使(2)
この話は救われる話です。
いつか、きっと。
朝ご飯を食べながら、タトとカシに「今日は本部に行くぞ!」と言われて、月の協会本部へと連れられてきた。
2人は外用の鎧冑と手袋を着け、俺にもかなり身綺麗で堅苦しい服をくれた。
ここに来た時点で触り心地のいい、ふかふかとした綺麗な服をもらっていたが、もっと綺麗な服を着せてくれた。
でも綺麗な服って着にくいんだななんて思ってる内に本部に着いた。
少し真剣な顔で
「何言われても無視しろ。俺達が何とかすっから。」
と言われたのは不思議だったが、本部のドアを開けたらすぐに理由が分かった。
がちゃり、と重苦しい大きなドアが開かれると中の様子がよく見えた。
もう見慣れた月の協会の紋様を身にまとう老若男女。
最初こそ普通に話していたのに、俺たちの様子を見てしん、とした。
驚いた顔や、明らかに眉をしかめて見定める顔。
あ、と察して少し引いてしまいそうになったが、その背をぽん、と叩かれた。
その後に2人が敬礼の格好をする。
思い出して俺も同じ敬礼をする。
少し驚いた顔で皆が見ていた。
「リリス湖畔跡地月の協会支部より信徒2名は、月の協会、アンジェニーナ総帥のお呼びに預かり参上しました!」
「っ、リリス湖畔跡地月の協会支部より、庇護者及び訓練生ファスティア!信徒2名に連れられ参上しました!」
なんとか言えた。
驚いた顔は止まらなくて、キョロキョロしている人もいる。
てかタトとカシも目をまん丸にしてる。
え、オレ間違えた?
ドギマギとしていると、少し遅めのテンポで拍手が聞こえた。
音の鳴る方を見ると、さっきまで胡乱な目線を向けていた彼等がそそくさと避けて道ができていく。
「見事な口上です。2週間程度でよく覚えましたね。」
「……!」
褒めてるとは思えない無機質な言葉と、無表情で出迎えるメフィスト。
ちょっと嬉しくて声を上げそうになったが、礼儀作法を思い出して頭を下げる。
「総帥がお待ちです。こちらへ。」
「「はっ」」
2人が敬礼をしてついていく。
慌てて俺もついていくが、道を空けた人達の目が両隣から刺さって気まずい。
でも嫌な目線から、驚いた目になってたのがちょっと気持ちを楽にしてくれた。
「へぇ、この子が例の盗人君かい。ちょっと小突いただけで折れそうだね、ちゃんと食わせてんのかい?」
「はっ、しっかり食べさせております」
「欠かさず2食食べております」
前言撤回、気持ちが重い。
というか怖すぎる。
ソウスイっていう偉い人に会うことはわかってたけど、こんな人を取って食いそうな巨体の筋肉ゴリラみたいなバケモンに会うなんて聞いてない。
確かに人。
たぶん女性、胸と尻でかいから。
でも腕もでかいし筋肉凄え。
加えて耳は穴開きまくって耳飾りゴツいし、布みたいなので髪の毛まとめて怖い顔が全面に出てる。
「ふーん」
じろり、と睨まれるとまるで蛇に睨まれたみたいだ。
前に来て立って、観察するように見ている。
でかい。
俺の倍くらいある。
カタカタ緊張しながら敬礼で頭を下げてると。
「ちょっと顔見せな。」
「ひぃっ、はい!」
「ぶふぉっ」
思わず声が裏返ると、後ろで噴き出す声がした。
顔を見ると、ソウスイは少し眉を下げて鼻で笑った。
「あんだい、取って食いやしないよ。あとタト、お前は腕立て100回。」
「うげぇ!」
流れるようにタトは後ろでいーち!にーい!と腕立てをしてる。
声が聞こえながらソウスイにジロジロと見られてる。
顔を見せろと言われたのでじっと見てると、また笑われた。
「ふーん、黒髪黒目って聞いてたけど結構目は青に近いね。髪の毛も黒って言うよりか夜みたいな紫だ。うちにぴったりじゃないか。」
思わずぱちくりと瞬きをした。
驚いてる間にも21!22!と声が響いている。
「あんた一旦声うるさいから黙りな、メフィスト数えときな。」
「おぉっす!」
「はっ。」
ソウスイは椅子にまたどかっと座った。
「改めてようこそ盗人君。アタシは月の協会総帥のアンジェニーナ。結構世の中でも名は知れてるから覚えときな。」
「は、はい!えと…」
言葉に詰まる俺を見て、あーと続けた。
「呼ぶときは総帥でいいよ。あとお前さんの名前はまだ呼べない。まだ教徒じゃないからね。」
「…!」
そういえば、と思い出す。
総帥が名前を読んでいいのは自分の部下と主上だけ。
「失礼しました、呼んで頂けるように頑張ります」
ぺこりと敬礼をするとうん、と頷いた。
「いやはやどうして、スラム育ちって聞いてたからどんな聞かん坊が来るかと思ってたけど、タトとカシに比べちゃ随分真面目な子が来たねぇ。」
「っちょっとおお!聞き捨てならないっす!」
「口答えすんな100追加。」
「了解です。」
「うあああああ!」
突然の賑やかさに右往左往してると、総帥はふん、と笑ったあとに真剣な顔してこちらを見ている。
「…今日来てもらったのは、今後の方針を伝えようと思ってね。」
言葉にぴん、と背が伸びた。
「期間は1年。
この間に知力と武力を教徒の基準に満たす、もしくは相当の功績を立てること。
これがあんたの目標だよ。」
それは……厳しいのか?
わからなくてメフィストを見ると。
「………比較的早くはある。が、今日の様子を見るに知力はしっかり学べば問題ない。
問題は武力だが…」
ちらりとカシを見た。
「……正直、体力は厳しいものがあります。ファスティアはまだ15です、成長期とはいえ限度があります。」
「カシの言うとおりだと、アタシも思うよ。ただ……上は通せなかった。」
ため息をついている。
メフィストが低めの声で問う。
「それは主上がですか?それとも…」
「ゴキブリ共がだよ。まあ言うことも分からないわけではない。必要に駆られてとはいえ、元罪人を教徒にするならば、それなりの実力か功績がいるだろうとね。」
ゴキブリ共ってどんな人だろ、黒髪の人なのかな?でもそんな黒髪っているのか?
そんなことはどうでもいい。
頭のなかで言葉を整理する。
「……つまり、すげえやつじゃないとなれない?ってことであってますか…?」
恐る恐るそう言うと、目を丸くして動揺したように話し出す総帥。
「……ま、まぁそういうことだね」
「そのえーと、こーせき?の方ってどんな感じですか……?その、多分すげーやつって証明することだと思うんですけど…」
驚いた顔をしたあとに、にやりと笑う総帥。
「成程、馬鹿じゃなさそうだね。
…ただその功績の基準なんだが、まさに教徒一人でやるにも難しいことって内容なわけだ。厳しくはあるが……」
「不可能ではない、と。」
確認するようにそう言えば、頷いてくれた。
「そういうことさね。少なくとも肉体的に成長しきれないという、どうしょうもないことに比べたら可能性は大いにある。タトとカシと共に任務の補助をしていく内に、チャンスはやってくるはずさ。
……ふむ、やはり地頭は賢いね」
「にしても、厳しい内容じゃないですか?教徒以上の功績って言ったら、下手すれば使徒並みの能力が必要でしょうに。」
後ろでカシが少し不満げに言っている。
それをみてがははと笑う総帥。
「その辺は何とかなるだろう。というか何とかしな。」
「いや丸投げっ…!」
タトがきっちり200回腕立て伏せをしたあと、総帥は
「今の体術がどんなもんかメフィスト、見てきてくれ」
と指示した。
怒涛の初本部訪問を終えて、支部に戻る。
メフィストは変わらず無表情で道中ついてくる。
タトとカシはちらちらと見ているが、表立って話しかけたりはしないようだ。
ちょっと沈黙がもどかしかった。
しばらくして支部につくと、淡々と「では見せてもらえますか?」と話すメフィスト。
いつも訓練してる裏庭へ。
「いつもの風景を見せる感じでよろしいでしょうか?」
「そうですね…できれば実戦に近い形のほうがいいかと思います。」
「承知しました」
「したら………まだやったことねーけどアレにすっか?」
「ああ、確かに。ちょうどいいな。」
何かをカシがメフィストに確認後、タトは何かを頭に巻くような仕草を見せた。
不思議そうに見ていると、タトは赤い布を持ってきた。
「いかがでしょう?」
「わかりやすいですね。」
その布を見せただけでメフィストは頷いた。
首を傾げると、タトが説明してくれくれる。
「これは教徒内だと有名な訓練でな。
“加護取り”なんて言われる。」
「カゴトリ?」
「ああ。加護を取り合う。加護取りだ。
この月の紋様が刻まれたバンダナを、一人が頭につける。で、もう片方はそれを取るって内容だ。」
その説明をしながら、カシがバンダナを頭に巻いた。
思わず目を見開いた。
「え、バンダナ盗っていいの?」
「取れるなら、な!取りやすい結び方してるとはいえ、真正面から取るのってある程度訓練してないと出来ねーからな。
加えて、同等だとまず取れないし、体術の合戦になる。」
いまいちパッと来ない。
「とりあえず、やってみるといい。」
「は、はい!」
メフィストの言葉に、カシの前に立つ。
カシはちょっと変な顔をする。
「……ファスティア、構えは?」
「え?あ、うん……これ、いつ盗っていいの?」
思わずポカンとしてしまったから、教えてもらってた基本の構えを忘れてしまっていた。
慌てて構え直すと、ちょっと笑った声がした。
そしてカシに確認する。
「ん、いつでもいいぞ」
「お!わかった!」
そう言って、俺は“バンダナを盗った”。
普段、感情の起伏は少ない方だと自覚している。
だがこの少年にあってからは、どうも驚くことばかりだ。
少し戸惑ったように慌てて構える様子は、私がいることで緊張したのかと思った。
確認を取ったのも、初めてのことに戸惑っているのかと思った。
違った。
彼は最初から、奪う気でいたのだ。
奪われた彼は間抜けな声を上げて、隣の坊主の彼はあんぐりと口を開けた。
「………で、えっと…これ次どうすんの?」
手のひらに赤のバンダナを握りながら、困ったように笑った。
少し考えたあと、思わず声に出た。
「………油断しすぎでは?」
「いやいやいやいやいや!?違いますって!?え、えーーーー!?」
「お前対人強すぎねぇか!?」
「え?」
騒ぎ立てる2人にキョトンとしている。
少し悩む。
「……少々、甘いのでは?」
「いやメフィスト様!違います、こいつそんな器用なことできないっす!よしわかった、俺がやる!カシ下がってろ、ファスティアもっかい俺とやろう!」
「気をつけろよ!?ファスティアなんか、こう、気配がねぇから!」
「え?え?」
慌てる様子に、思わずため息が出た。
肩を跳ねさせる信徒の二人。
私は手を伸ばして、話す。
「ファスティア、そのバンダナを私に貸してください。
その方が早そうです。」
この方が、手っ取り早そうだ。
この話は救われる話です。
いつか、きっと。




