1st.盗人と使徒(4)
いつか救われる、きっと。
笑う門には福来たる。
何処かの国の言葉らしい。
なんだか苦しいのは嫌だからずっと笑っていたのだけど、我慢できなくて泣いてしまった。
だから運命ってやつは、福も厄も連れてきたのだろうか。
黒曜石のナイフは、平等に振り下ろされる。
それは使徒であろうと、罪人であろうと、いたいけな少女であろうと。
ネマは固まった顔のあと、何かを話そうとして黙った。
それがやけに遅く見えたのは、ネマが遅かったのか、俺の処理ができなかったからか。
「………お答え、できませんか?」
無表情のまま首を傾げるメフィスト。
仕草は何処か幼いのに、何故こんなにも不気味に思えてしまうのか。
まるで、人形みたいに正しく進めている。
「……気が進みませんが、私があなたに、何故この問いを投げかけてるかを話しましょうか。」
ネマは何も話さず、目を伏せて手をギュッと握っている。
「今回の天使殺しは凄惨なものでした。第1発見者の宿の主がもう見たくない、誰に見せるわけにはいかないと言うくらいには。
わざわざ発見後、その部屋に外から鍵をかけたのです。
つまり、その状態を見たのは第1発見者の宿の主と、検証のために参上した使徒数名。
………もしくは、その死の理由を知っている第三者のみだからです。」
メフィストはネマに手を伸ばす。
「ネマッ!!」
「大丈夫」
金色の瞳がこちらを見た。
圧は感じた、怖かった。
でも、なんで。
悲しそうなんだ?
ネマはきゅっと手のひらを見せなかった。
あれ、あの手…
いつから、包帯を巻いてたっけ。
嫌な予感は、あたるもので。
「手、見せていただけますか?」
「…………」
ネマは観念したように、ポロポロと涙をこぼし、震える手を出した。
包帯の隙間からは、キラキラと輝く宝石。
「なっ!?」
「これ、は………」
メフィストは目を細めて、ゆっくりと包帯を解いた。
思わず、目を見開いた。
_____彼女の美しい白肌に、ボコボコと宝石が埋まっている。
血にも見間違える、真っ赤な宝石が。
埋まっている傍の肌は赤く変色していて、ひどく腫れている。
いくつかは取れてしまったのか、肉がえぐれているようにも見える。
浮浪者のどよめきが広がる。
「手当てを」
「「はっ」」
「え」
メフィストに驚く俺たちをよそに、俺の両隣にいた信徒達がネマによる。
「メフィスト様、これはフェイムによるものです。”美しいものを宝石に変えるフェイム”です。彼女の美しい肌を……ガーネットという宝石に変えられています。」
「なんじゃと!?」
「間違いないか?」
「はっ、“識別”のフェイム故、強い残滓をみることができます。“神に誓います”」
「ジェラルド殿。そちらの天使様のフェイムは」
「まさにそのフェイムを持つ天使様です」
怒鳴るように、でもできるだけ平然とした態度を装いながら、震える声でビーンズが唸る。
「………っなんて、愚かな………人の美しさを宝石に変えようとしたのか………っ!!!!
宝石を崇めど、それは人を豊かにするからだ……それを……!!」
心から怒っているビーンズに驚きを隠せない。
まさか、スラムの人間を宝石にしたことを怒るなんて。
「そのようだ。……ネマ、といったな。」
変わらず彼は無表情で、ネマに目線を合わせるようにしゃがんだ。
怯えるネマに、僅かに、本当に僅かに口の端を緩めた。
「……天使様の重要参考人なのは、変わりない。が、この通り私欲の被害者であることも明らかだ。」
「っ………!」
「…事情聴取の際は、神の下で正直に話してほしい。
神はすべての告白を受けたうえで、貴女を裁くだろう。
そして貴女が生きるために、償うために助けがいると言うなら…
我々は尽力を惜しまない。」
メフィストの向こうで、決意したようにビーンズも頷いた。
その様子が信じられなかった。
目を見開いて彼を見ていると、少し肩をはねさせ、バツが悪そうに顔を背けた。
…罪悪感を、持ったのか?
俺に?
普段なら起こり得ない事象に、目が回りそうだった。
ネマは、メフィストの言葉に膝をついた。
顔は見えないが、真っ白な髪が靡いて、腕からこぼれ落ちた宝石の音が空虚に響いた。
彼女の鼻をすする音だけが、朝日とともに広場を巡っていた。
「これをもって、この場は解散とする。そちらもこれ以上人を集め、詮索する必要はないでしょう?」
メフィストの言葉を持って、現場は解散。
スラムの人々は日常へ帰っていった。
俺はというと、身動きも取れず、しゃがみ込んだネマにかける声も出せなかった。
何を言おう、お礼?その前に何故知っていたかを聞く?痛くないのか?なんで?
言葉がまとまらないうちに、メフィストは宝石の信徒達へ声をかけた。
「あとは我々月の教徒に任せていただければ。
ご心配なく、捜査状況も此度の件も、すべて上司から改めてお伝えしに参ります。」
「え………と」
「メフィスト様の上司というと…………総ッ、帥……!」
ジェラルドが青ざめながらそう言えば、ビーンズは驚いた顔と金切り声をあげた。
どうやら、相当偉い人に話が行くようだ。
ビーンズは少し天を仰いでため息をついたあと、綺麗な一礼をした。
「……お手数おかけいたします、メフィスト様。我々も尽力し、解明に努めさせていただきます。何かあれば、すぐお力になります。」
「ええ。宜しくお願いしますね。」
「はい。」
少し苦しそうで、でもはっきりと答えるビーンズ。
難しい言葉でいっぱいだ。
メフィストはふと思い出したように改めて彼らに向き直る。
「それはそうと、我々の仕事…及び、月の協会の仕事である、瑠璃烏の羽根の採取。
この件が困惑させたこと、お詫び申し上げます。」
「え」
メフィストが頭を下げたことに、ぽかんとしたあとに慌てだす宝石の使徒と、協会の二人。
「どっ、め、メフィスト様!?
そんな、あなたほどの方が頭を下げてはなりませぬ!?」
ビーンズも大慌てだ。
そんな彼等を見ても無表情のまま淡々と答える。
「いえ、通常一般人が羽根を抜くのはイレギュラーですから。もっとも、上層部もしっかり伝わってはいなかったもので。」
ん?
そうなの?と協会の二人を見ると、明後日の方向を見た。
ジェラルドも少し怒りを込めた声では?と呟いている。
「先に言っておきますが、この二人には相当の処分を下します。
とはいえ彼が誤解されるのでこれを。」
そう言って胸元から取り出したのは、瑠璃烏の羽根。
「これは……」
「……随分と質のいい羽根ですね、血痕も型崩れもない…」
「これは、彼が抜き取った羽根です。」
「「これを!?」」
すごい勢いで二人が俺を見てくる。
何?
「あの、すこしでも不快感を感じると羽根の色がくすむ瑠璃烏の羽根を…こうも瑠璃色を残し、形も崩さず的確に抜くだなんて…!?」
「その通り。」
ビーンズが早口で話す中、頷くメフィスト。
「下手な信徒よりも質がいいこと、お分かりいただけましたか?
とはいえ一般人に頼むことではありませんので、適宜二人には罰則を与える予定です。」
「な、なるほど」
二人は頭を上げていないが、しかめっ面をしている。
もしかして結構やばいのかと慌てていると、ジェラルドはため息をついて話してくる。
「……協会が仕事として雇ったのなら、その小僧をどうこういう筋合いはないわな。ったくわかりにくいことをしやがって」
ジェラルドは2人を睨みつけている。
2人は頭を下げている。
「ええ。分かりやすく問題なのも良くはないですがね。」
メフィストが無機質な声で話した。
ジェラルドは黙った。
「さて、お疲れ様でした。あとはお任せを。
“空の祝福があらんことを”」
メフィストが敬礼をすると、月の協会の二人も敬礼をした。
「「“空の祝福があらんことを”」」
宝石の使徒の二人と、宝石の信徒達も敬礼を返した。
そして彼らは立ち去っていった。
汚泥を噴き上げる広場。
すっかり朝日が昇っていて、気持ち爽やかな空気と、変わらない淀んだ空気が入り混じる。
残るのは月の協会の者達と、重要参考人の俺達だけ。
メフィストはネマを見た。
それにつられて俺もネマを見る。
応急処置で巻かれた包帯のすき間から、まだ血なのか宝石なのかわからない赤がのぞかせている。
「二人の今後の処遇について、改めてお話します。」
メフィストの言葉にピリッとする。
ネマも顔を上げた。
涙は乾いて、跡になっている。
「その前に、私からお願いがあります。お聞きくださりますか?使徒様」
まさかネマが話し出すとは思わなくて、目を丸くしているとメフィストは少し目を鋭くした。
「聞ける範囲であれば」
「ありがたき幸せ」
言葉に少し頬を緩ませ、きれいな一礼をするネマ。
「先に申し上げます。
此度の天使殺しの犯人は私です。」
あまりにも穏やかな顔で、彼女なりの刃を突き刺した。
息が止まった。
「ですが、完全に私情です。
……そこの不気味な少年は、無関係です。」
俺を指差しながら、そう言ってきた。
カッとなって声が出る。
「ネマっ」
「気安く名前を呼ばないで。気持ち悪い。」
彼女は瞳孔が開ききった目で、嘲るように笑いながら話しだした。
「少し境遇が似てるからって勝手に仲間意識持っちゃったのかしら?餓鬼ね、うざったい」
「お前ほんとさぁ……!」
「ネマ」
内容はひどいものだけど、俺達が結構いつもみたいに言い合う中、メフィストは彼女の名前を呼んで割り込んだ。
怯えたようにメフィストを見る。
メフィストは金色の瞳を向ける。
_____その瞳が、わずかに赤みを帯びて光を纏った。
見たことない現象に思わず飛び出そうとしたところ、教徒の二人に肩を掴まれた。
何をするんだと振り返ると、笑顔で見ている。
「フェイムだ、大丈夫。害はない。」
「メフィスト様の力だ。
メフィスト様のフェイム……“審判”だ。
あの力の前に、嘘はつけないよ」
驚いてネマを見ると、ネマは目を離したいのに離せないようだった。
メフィストは逃げられなくなった彼女に、優しく問いかけた。
「恐れなくていい。ただ、応えてほしい。
ネマ、貴方が私に頼みたいことを教えて。」
ネマは、う、あ、とか声を出さないように必死だったが、ついに涙をこぼしてその心の奥底の言葉を零した。
「………っ、ティアは…………」
「はい」
「っ、!……う、ぁ………」
「続けて、ネマ。」
メフィストの瞳は煌々と輝き続けている。
観念したように、まるで小さな悲鳴のように。
彼女は呟いた。
「ティアは、悪くない…
ティアだけは、おねがい、まもって
もう、まもってあげられないから…………」
叫んでしまいそうだった。
彼女の本音は、俺が今まで見た何よりも、優しくて、美しくて、儚かった。
叫ぶかわりに、嗚咽みたいに涙が溢れて、喋れなくて。
そんな様子を見たネマは、また泣き出してしまった。
「ティア、私を見ないで………
泣いて欲しくない…っ、
私を忘れて、もう見ないで、悪い女だと思ってちょうだい、おねがいよ、ティア………っ、うあああ……」
彼女は泣き崩れて、ぺたんと座り込んだ。
俺はもう、彼女を見ていられなかった。
彼女の頭に抱きついて、泥と血で汚れた手で抱きしめて。
確かに彼女の温もりを感じて、泣きながら背に手を回して、彼女の涙で服が濡れていく感覚に、俺はいっそう泣いた。
「ごめんネマ、ごめん…
気づけなくてごめん、頼りなくてごめん、守んなきゃいけない俺でごめんっ……」
「なんであんたがあやまんのよぉ、ばか、おおばかやろう、うあああ……」
力なく胸を叩く仕草すらも、もう彼女が俺を突き放そうとしてるようにしか見えなくて。
ぎゅうぎゅう抱きしめると、わずかに震える身体がなんだか小さく見えた。
黒髪の俺が触れてはいけないって思ってた。
でも、そんなことよりも目の前の姉をどうにか泣きやませたかった。
「……先に、お伝えすればよかった」
思わず声の主を見た。
ずっとずっと。
黒曜石のような声だと思ってたけど。
初めて少し掠れた声だった。
目元の輝きは消え、変わらない無表情がそこにあった。
「ファスティア、貴方への罰は……“一人前の信徒に矯正すること”です。」
「………うぇ?」
思わず変な声がでた。
横目で見るネマは、目を見開いていた。
震えも止まった。
「そして月の協会の二人。」
「はっ」
「へ、…はっ!」
「二人の罰は、”ファスティアを一人前の信徒に矯正こと”です。」
言われた教会の二人も、目を合わせて驚いている。
「ネマ。ファスティアは尋問後、盗みをしなくても生きていけるよう、立派な信徒として育てることとします。
優秀な技があることはともかく。
挫けない心、人を救うための自己犠牲精神。
恐らく貴方が育ててくれたものでしょう。」
くしゃり、と美しい顔が歪んだ。
「……その全てを、我々が人々のために還元します。そして優秀な信徒になった暁には、我々は見捨てません。彼なら、できるはずです。
貴方の弟を、預かります。」
熱を感じる言葉だった。
正面でこの人はいつだって見てくれる。
ネマはボロボロと涙をこぼし、笑って言った。
「ファスティアを、…おねがいします」
深々と頭を下げた。
本当に嬉しそうな顔で笑うのだ。
そんな様子に、少し胸がきゅうとなって苦しかった。
メフィストは目を瞑って綺麗な敬礼をした。
「教会の2名はファスティアを。
ネマ、貴方は私と来てください。」
「…!」
思わず顔を見上げて、傍に来た二人を見る。
少し哀しそうな顔で、耳打ちしてきた。
その言葉に、動揺で目が泳いだ。
そうこうしてる間に、ネマはメフィストの手を取り、立ち上がった。
ネマが自分に、何かを持ってきた。
変わらず彼女は俺の汚れた手に触れ、何かを握らせてきた。
「…大丈夫、大丈夫よ。あーあ、恥ずかしいとこ見せちゃった。」
困ったように笑う姿は見慣れた彼女で。
さっき囁かれた言葉がぐるぐる回る。
『最後になるかもしれないから、言いたいこと言っときな。』
「こんなものしか、残せないけど。
…ちゃあんと、教会の皆さんの言うこと聞くのよ。
そして、後悔なく生きるの。
大丈夫、あんな苦しい思いしてても、ティアは意外と我慢強いもの。」
考える時間はなかった。
「…我慢できたのは、ネマがいたからだよ」
俺の言葉に、彼女は固まった顔で見た。
苦しいような、でも何処か温かい想いが溢れて止まんなかった。
「ネマが俺を見てくれたから。
きっとその思い出だけでも、生きていける。」
「………ばっかじゃないの」
ネマは笑って、また泣いた。
誰も教えてはくれないだろうけど、俺たちは同じ顔をしてる。
そんな気がした。
「……ありがとう、ネマ」
「………ばーか」
泣き笑いしながら、胸を小突いた。
そして振り返らないで、メフィストの方へ。
メフィストは彼女を連れて歩いていく。
追いかけることはできない。
遠くなっていく、俺の家族。
……もう、会えないかもしれない、愛してくれた、俺の家族。
「ねえちゃん!」
思わず声が出た。
メフィストは驚いた顔でこちらを見たが、ネマは振り返らなかった。
でも僅かに跳ねた肩を、見逃さずに済んだ。
「ありがとう、ねえちゃん!」
返事はないし、振り返らずに進んでいった。
その傷だらけで宝石まみれの右の手のひらで、軽く手を振りながら。
すっかり日が昇り、朝の気配が消えていく。
手のひらのなかの彼女の髪飾りを握りしめながら、俺はこの残酷な世界で生きることを決心した。
どうかもう、大切なものを見逃すことがないようにと願いながら。
いつか救われる、きっと。




