1st.盗人と使徒(3)
立ち上がるとそれほど高身長なわけでもなく、同い年くらいに見える。
華奢で顔立ちも少女のようで。
真っ黒な髪の毛はまるで濡れたカラスの羽根のように見える。
恐ろしいと言うには、悍ましいと言うには、あまりにも美しかった。
「状況は聞いております。
宝石の使徒、ジェラルド殿、ビーンズ殿。
無事、紋章は戻ってきたようで何よりです。」
無感情な声でジェラルドを見る。
少し肩が跳ねており、怯えている。
ビーンズも怯えてはいるが、目を向けたまま声を出す。
「っ、メフィスト様、……“宝石の恩恵あらんことを”」
「“月明かりに見守られんことを”」
「さ、ジェラルド様っ、」
「っ!ほ、“宝石の恩恵あらんことゅおを”」
メフィストは綺麗な礼をする。
ジェラルドは慌てすぎたのか噛んだようだ。
「こうして会うのは初めてですね。噂には聞いておりました」
「っえっ、……わ、私めが、ですか?」
メフィストの言葉に少し喜ぶ素振りを見せるビーンズ。
メフィストは目を細めた。
「老害の価値観を鵜呑みにし、自らで民を守ろうとはしない使徒と。
まさか、根拠のない価値観を真に受けている使徒がいるとは思っていなかったのですが…
私も地面に伏したほうがよろしいでしょうか?」
何を考えているかわからない顔で、淡々と言葉を述べた。
青ざめていくビーンズ。
「そんな、そんなわけございませんよ!!あ、あなた様のような尊い方にそんな事を……!」
「結構、そのような意図はないことは承知です。
ですがそう見られてもおかしくはない。そうでしょう?」
彼は長い自らの髪に触れた。
真っ黒な艶髪に。
見せつけるように触れる彼を見て、顔を赤くして黙るビーンズ。
対してジェラルドはようやく体制が整ったのか、にやりと笑い話し始めた。
「ええ、ええ、勿論あなたのような方にそんなことを言うはずないですとも。」
「ふむ?」
様子がおかしいジェラルドを興味深そうに見るメフィスト。
わずかに首を傾げる様子も、まるで黒曜石の様な美しさをまとっている。
「しかしながらメフィスト様、その少年は盗人にございます!この、紋章を、盗んだ!
大罪人にございます!」
「ふむ」
相槌を打つメフィストをみて、気を良くしたジェラルドは更に声高々と言葉を紡ぐ。
ファスティアに指を指しながら。
「しかも!民衆の前で否定しようとした!神に誓えるかという問いに答えられなかったのです!
それでも尚その子供は無罪と思われますかね!?」
思わず嫌に胸が痛くなる。
分かっている。
分かっているけど。
ちらりとメフィストを見た。
一体これらを聞いて、彼はどんな顔をしているのかが、気になったから。
「……!?」
「………ッ、め、メフィスト殿、聞いておられますか?!」
顔は見えなかった。
おそらく今の彼の顔を見れるのは、空だけだ。
わずかに見える表情は、変わらず真顔で目を閉じていた。
見るからにサラサラとしているその艶髪を手でいじりながら、何かを小さく呟いていた。
「……と、なると……………………これは……………」
その様子に焦りを通り越して顔を赤くしたジェラルドが何かを言おうとした瞬間。
その目が開いた。
朝日が入り込むこの広場で、やけに金色が目立つ。
「3つ、です。」
誰もが彼に目を奪われているこの空間で、彼は呟いた。
皆が聞こえる声で。
「……は?」
そして奇しくもジェラルドの呟きは、その場にいた誰もが感じたものだ。
困惑と若干の不信感が入り混じりそうになった空気を、彼はいとも容易く切り裂いた。
「今の状況下で私が聞きたいことは…
3つあります。」
言葉を紡ぎながらゆっくりと首をこちらに向けて、その金色の瞳をジェラルドに向けた。
すぐ隣りにいるビーンズは怯えたように肩をはねさせた。
「第一に」
変わらぬ口調で指を1つ立てながら、メフィストはファスティアを見る。
「盗みは罪、当然です。」
カッとなった顔で殴るような勢いで声を上げそうなネマを、まっすぐな手のひらと無表情で制するメフィスト。
流石のネマも、怯えた顔をした。
ああ。
…………
「が、それを前提として問います。」
続くと思わなかった言葉に、耳を焼かれる。
メフィストは変わらぬ無表情で俺のもとに来て、首に下げてあるロザリオに触れた。
酷く踏まれたロザリオは、泥まみれで十字の右側が少し欠けていた。
それを見せるようにジェラルドへ言い放つ。
「その罪は、信仰を踏みつけてでも罰せられなければならないものですか?」
ハッとする。
この、泥まみれで古びたロザリオを、この人はゴミ扱いしなかったのだ。
違う。
俺が知っている、使徒と違う。
ジェラルドはカタカタと震えている。
「この場所をお考えください。スラムの人々は神々の恩恵を受け取れているかというと難しい状況です。彼と同じように盗人を罰するのであれば、ここにいるスラムの罪人も同じ目に合わせなければなりませんね。」
「ひっ!!」
「そ、それは…」
メフィストの言葉に怯えるスラムの者たち。
そう、ここはスラム。
神々に見捨てられた掃き溜めの地。
盗人。
そんなのはまだ優しい方なのだ。
“その程度”は皆、経験したことがある。
「使徒としてはそれも正しいでしょう。ジェラルド殿。
ここは民衆の被害が多い場所ですからね、財布ならばまだ良い方、身包み、尊厳、果てには命。
どれもこれも、この場所で失うのは容易いものです。
運がいいですね、私の前で嘘を付けるものはそうそういませんから。
さあ、誰から始めましょうか?」
「ひっ」
腰が抜けたビーンズ。
当然だ、顔を見ていない俺ですら、逃げ出したくなるような圧。
あの金色の瞳をみた彼から見たら、どれだけ恐ろしく見えただろう。
恨めしく思ったはずの彼に同情すら感じる。
だがジェラルドは年の功なのだろうか、それとも無神経なだけなのだろうか。
食ってかかるように言葉を組み立てた。
「おっ、恐れながらメフィスト殿!
この罰は盗人だからだけではありませぬ!
我々がその少年を邪教徒…かもしれないと思ったのは!
私が使徒であると分かったうえで!
その使徒の象徴たる紋章を盗んだからであります!」
言葉に出すと止まらないようで、俺を指差しながらさらに続けようとした。
「これはっ!!
宝石の神を信仰する我々の宗教を冒涜しているに他ならな」
その口を閉じろと言わんばかりに手で制した。
まるで、その手に口をとめる魔法でもあるみたいだ。
「……第二に」
制していた手で、二本の指を立てた。
「彼は神を冒涜しようとしているのか、という点です。」
「っなにを…」
「彼が冒涜していたのは、貴方ではないのですか?」
思わず目を見開いた。
ネマも驚いた顔をしているのが見える。
「月の協会の信徒によると、貴方が盗まれた紋章は、彼自身が届けた。
…そう、ですよね?」
「……ッ!は、その通りでございます。
“神に誓います”。」
「私もその場におりました。“神に誓って”申し上げます。」
俺の横で手当てをしてくれた二人が、メフィストに跪いた。
2人の言葉にざわめきが広がる。
_____神への誓い。
その言葉の重さと、2人が笑いかけてくれたことに我慢していた涙が決壊した。
そんな様子を意に介せずにさらに言葉を続けるメフィスト。
「おかしな話ですよね。
貴方の信仰を冒涜するなら、その紋章は闇市に売り払えばいい。もしくはそれを身に着け人を騙せばいい。
その方が“宝石”への信用を崩せる。
きっと闇市ならソレは高値でしょう、スラムからも抜け出せる大金も手に入れられます。
でも、それをしなかった。
何故?
神を冒涜するわけにはいかなかったから。
それなら貴方を冒涜したかった、そのほうが自然でしょう。」
決壊した涙を後押しするように、メフィストは淡々と見た事実を述べた。
涙でぼやけてよく見えないが、ジェラルドは何も話さない。
そんな彼を追い詰めるようにさらに言葉を彼に浴びせる。
「ジェラルド殿。
貴方が守りたいものは信仰でしょうか?
それとも、貴方のプライドでしょうか?」
「っめ、メフィスト殿」
「神に誓って、言えますか?
守っていたのは信仰だと。」
初めて、ジェラルドが沈黙した。
ビーンズも頭を抱えている。
宝石の信徒たちも、居心地が悪そうだ。
「とはいえ、私がここに来た理由はそれだけ、ではありません。」
変わらず空気をきり裂く言葉。
少し血が引いていく。
「天使殺し…」
スラムの、だれかがつぶやいた。
誰かの息を呑む音が聞こえた。
また、嫌な目線がこちらを向いた。
「だからこそ私は聞きたいことがあるのです。
そこの、活発なお嬢さん。」
「………へっ!?はっ、はい」
…さっき思った感想は、正しかった。
まるで彼は黒曜石のナイフのように、人に向けられた目線をすべてちぎっていく。
そして千切られた主は、呆気にとられて彼を見ている。
メフィストはコツコツと靴音を立てて、ネマの前へ。
「…あの少年が、天使殺しをするように見えますか?」
静かに、変わらぬ口調でそう言った。
ネマは目を見開いたあとに落ち着くように胸を叩きながら、声を上げる。
「そんなわけ、ないです。
ファスティアが、あの子が……
そんな酷いこと、出来るわけない。」
静かに聞くメフィストに、ネマは涙を零しながら続ける。
好々爺や年寄りは、同情している。
「あの子は…私のかすり傷すら、痛そうに見るのよ、痛そうだって。
そんなあの子が、殺すなんてできないです」
「………成程」
ああ、そんなの覚えてたんだ。
まだここに慣れてないときに、ネマが血を流しているのを見て痛そうだって言った。
感傷に浸るのを邪魔するように、ジェラルドがまた声を上げた。
「っメフィスト殿、それはあまりにも不公平ではありませぬか!!」
何度も何度も、懲りずに話せるのはある意味天晴だ。
もっとも彼は、自らの立場のために必死だろうから仕方がない。
そんなふうに思っていたのも、束の間だった。
「よく、わかりましたよお嬢さん。
何故、貴方は天使様が“酷い目にあったこと”を知っているのですか?
確かに、酷い有様でした。
ですが公には、殺されたかもしれないとしか話していないはず。
私が強く聞きたい、第三の問いです。
お嬢さん、貴方は…なぜ、知っているのですか?」




