マリーとアルフレッド(エピローグ後)
「それにこの子からお父様を取り上げるのはやめてあげてください」
我らが女神の言葉に若旦那の目が見開き、そして白目を剥く。
慌てて椅子から落ちないように支える。
「ありがとうアルフレッド、旦那様がこんなに驚くなんって」
と言いつつ綺麗な顔がイタズラっ子のような笑みを浮かべていた。
「あの差し出がましいのですが紅茶をかえますか?」
「大丈夫よ。マリーには伝えてあるから」
「さようで、でしゃばり申し訳ありません」
「いいのよ、心配してくれたのでしょう。
ありがとう」
女神はいつでもお優しい。
マリーはすました顔で少なくなった紅茶を注いでいる。
「は!夢か!」
「おはようロッティ。夢じゃないよ」
「そうか!!これは父と母にも伝えねば!」
と言うが早いか出ていくが早いか、若旦那は走り去って行った。
ついていくべきだろうか。
「放っておきなアル。
どうせ屋敷中走り回って誰にでも言って回ってるんだろうから。
五年前とかわらないよ、まったく。
ほんとにディーあのいつ落ち着くかわからない、剣振ってればなんでも解決すると思ってる男で大丈夫?」
なかなか辛辣であるが否定できないので黙って側に仕える。
この土地は魔獣が多い。
いかに魔獣から守れるか、魔獣を倒せるか。
強さが一番なところがある。
剣振ってなんぼ、魔獣倒せて一人前。
子供の時から訓練を積む。
そのぶん反動なのか勉強苦手なので今まで領地はそこそこの暮らしだった。
魔獣の肉があるので食うものには困らない。
ただそれだけ。
それがかわったのは若旦那がアドニスお兄様を連れてきてくれてからだ。
最初は、若旦那がすごいといっても我々は強さが一番で、お兄様は所詮坊ちゃんと舐められていた。
だけれどさすがアドニスお兄様、そんなのお見通しで大人が何人もかかって倒すドラゴンを一人で倒して見せたのだ。
これには街どころか領じゅう湧いた。
ただの子どもがドラゴンを倒した!
さすが若様の友達だ!!となりよく言うことを聞くようになる。
それからの話は早かった。
まず、肉食ってれば怪我が治ると信じててた我々に怪我の治し方を教えてくれ。
続いて、魔獣から獲れる素材は売れると言うことを教えてくれた。
これにより、茶色の生活に色がついた。
女達はおしゃれを楽しみ、男達は野菜を食べることを覚える。
反発がないわけではなかったが、そんなのは少数派ですぐいなくなった。
だって人間ゴミだったものにお金がもらえるなら欲しいし、綺麗なものは着たい。
食べるなら美味しいものがいいのだ。
怪我だって痛いのが続くより、治る方がいい。
それでも中には腐ってるやつやもいた。
強くないやつ、怪我して前線に出れないやつ。
自分もその一人で、子どもだったけど自分の限界が見え訓練についていけなくて腐っていた。
そんなやつらも助けてくれたのもお兄様だ。
どこにでも悪い奴はいるもんで、そんなやつらを頭の良さとと言葉で叩きつぶしにしたのだ。
これにはまた街どころか領がわいた。
そうか強さは一つではないんだってお兄様がみんなに教えてくれ、これまで重要しされていなかった机仕事の地位を上げてくれた。
剣を振るだけが強さじゃないと知らしめたのだ。
そこからまた領が活気ずく。
実は剣が苦手なだけで、他のことになれば群を抜いてすごい奴はいっぱいいた。
料理が得意な奴、仕立てができる奴、算術だと他を置いてけぼりにするぐらいすごい奴。
ある時アドニスお兄様に聞いたことある。
なんでわかったのか。
「わかってないよ。自分達で見つけただけ。
まぁこれが難しいのに、この領はすごいね。
型にハマらなければ自分で自分の意義を見つけられるんだから」
褒められて嬉しかった。誇らしいってこんな気持ちなのか。
それからアドニスお兄様はその姿も相まって神様扱いされる。
その妹のディアナ様も、アドニスお兄様がこの地に来てくれるきっかけな人と言うことと、その姿、その優しさで女神と称えられるようになった。
まぁ口に出すのは本人がいない時だけど。
今回領地で問題になってる魔欠石の主犯を釣り上げるために敵の娘を囮にするということで、屋敷中いや領地中緊張していた。
しかも女神の敵だというのが知れ渡ると、屋敷のものが敵意を剥き出しにする。
これは危ないということで、比較的冷静な自分とマリーが主に担当することになった。
仲間には嫌がらせやいじめは女神が最も嫌うことだと言って宥めたが、腑が内心煮えくりかえっていた。
どうしようもないこの気持ちをどう抑えているかマリーにこっそり本心を聞いた。
「主人のためなら私の心などなくていいの。
それに主人に代わって怒るなどおこがましいわ。
気にされてもないことをこちらが気にして良いことなんててあった?
ただわすれはしないわ。
危険なら間に入り盾になるだけ」
そう言って凛として笑った。
自分にはまだ修行が足りてないようだと思い知らされる。
そして事件が起きる。
あの女が女神を押したのだ。
その時マリーは女神の言いつけで街に出ていた。
帰ってきて顔面蒼白だった。
私がお側を離れなければと女神に責任をとってお暇を頂きたいとマリーは泣いて縋った。
あいも変わらず女神は綺麗な顔で首を横に振る。
「私がわざとマリーを買い物に行かせたの。
あなたのせいではないわ」
「ですが、もし何かあれば私の責任です」
「いいえ、私の責任よ。
主人が下の者の責任を取っても、逆はないわ。
それにこれは私がおこしたことだもの。
あなたの責任なわけがないじゃない。
お兄様にもしっかり怒られたわ。
ねぇこれでこの話は終わりにしましょう。
やっぱり誰かに怒るって疲れるわね」
「一生お側にいます」
とマリーまた泣いていた。
この人を泣かすのも慰めるのも自分ではない。
その日の夜、使用人の寮の廊下で白いネグリジェを着て外を眺めるマリーを見つけた。
慌てて手に持っていた物を隠す。
「こんな所でこんな格好でいたら危ないだろう」
「あなたを待っていったの」
どきりとする。
「花はもういらないわ」
隠した花束を落としそうになるのをグッと我慢した。
受け取って貰えないとわかっていたのでこっそり置いていたのがバレていたらしい。
断られたが諦めずに、隠していた花束を渡す。
「アル、私はあなたの想いに応えられない。
私の一番はディアナ様で身体が動かなくなるまでずっとお側に置いていただくつもり」
自分の好きな凜とした笑顔だ。
好きだから苦しい。
「それでもいい。
自分は馬鹿だからマリーの心を自分に向ける手段はないけど、待つことはできる。
マリーがディアナ様の側に入れなくなった時、その時は自分を思い出してそばにいさせてくれないか。
それまで花を贈ることは許して欲しい。
ずっと想いはかわらない」
マリーは困った顔でこちらを見ている。
わかってる、でもどうしようもないのだ。
「この国の男ってどうしてこうも重いのかしら。
一途って聞こえはいいけど、しつこいだけだし」
はぁとため息をつかれ、持っていた花束と目線が下を向く。
花束を握った手をマリーが両手で支えてくれた。
目線を戻すと、
「いいわ。許してあげる。
でも蜜月はおばあちゃんになってから。
普段は私はディアナ様と、あなたはロベルト様と一緒よ。
離れ離れでもいいなら結婚してもいいわ」
そうイタズラが成功したような顔でマリーは笑った。
自分は首が飛んでいくかっていうくらい縦に振る。
次の日嬉しすぎて主人達に報告すると、すぐに蜜月休暇もらえるとのこと。
マリーは最後までいらないと言っていたが、女神の説得でしぶしぶ折れてくれた。
時期はマリーが決めることになった。もちろんだと頷く。
僥倖に小踊りしそうになる。
ああロベルト様が走ってみんなに知らせたい気持ちわかるな。
それやると口聞いて貰えないのでやめた。
少し前のことを思い、気づかれないくらいの笑みが出る。
「呼んできたぞ!」
勢いよくサンルームに戻ってきたロベルト様は髪はボサボサ、服はヨレヨレ。
本当に屋敷中を駆け回ったらしい。
アドニス様ではないが、女神は本当に主人でいいのだろうか。
いや今更、離婚されても困る。
とりあえず、急いでロベルト様の身なりを整えた。
「おかえりロッティ。
満足したかい?」
「いやまだ領民にも伝えないと」
「それよりも今後の話をしようよロッティ」
「そうだな名前を決めないと」
「その前に、ディアナがどっちで暮らすかだよ」
「ここでずっと過ごせばよくないか?」
「ダメでしょ。社交シーズンもあるし、モンスターウェーブもある。
妊婦に長旅させるものでもないしね」
「そうです、ロベルトあなたもう少し落ち着きなさい。
五年も父親しているのに、いつ奥さんを労ることを覚えるのですか!」
大奥様の声が響く。
双子と大旦那様と一緒にサンルームに来られた。
仲間に合図し椅子を用意する。
「労わらないはずがないですよ母上。
わたしはルルをガラス細工より丁寧に扱っています」
「そう思うなら、もう少し自分の頭で考えなさい!」
お怒りごもっともだ。
まず走り回る前に、これからのことを考えなければならない。
お兄様はそうだというように紅茶を飲んだ。
女神が大奥様を宥めながら椅子をすすめる。
「ディアナさんには毎回申し訳ないと思っているのよ。
あなたはどうしたいの?」
「私は寂しいですが実家で生もうかと思っております。
もしモンスターウェーブと重なったときご迷惑でしかないですので。
本音を言えば旦那様の近くにいたのですが……それはね」
そう女神が近くにいては若旦那仕事しないのだ。
隙あらば逃げ出し女神にべったりする。
「パパおしごと?バイバイー」
「バイバイー」
「違うよ双子。まだ仕事にはいかないから!
なぁアドニス、まだ移動魔法できないのか?」
「できてるよ。でもディーは妊婦だから頻繁に使えなし、ロッティは仕事しないで自分のことばかりだから教えない」
「嘘だろ!
可愛い義弟が妻と離れ離れで可哀想じゃないのか?」
「君はもっと落ち着いて、自分じゃなくてディーのことを考えられるようになったらね。
ディーは双子生んだ経験はあるけど、次はまた一からだ。
不安なのに、横で騒ぐだけなら双子だけで十分だ。
むしろ双子の方が気遣いできてるよ。
君は馬鹿じゃないのだから頭を使いな。
それでディーのことを考えてどうすればいいと思うか言ってみて」
若旦那様がグッと黙る。
決意を固めた眼差しでアドニス様を見る。
「移動魔法を教えて欲しい。
仕事中は使わない。もちろん仕事も抜け出さない。
でも夜、ルルが寂しくないように彼女の側にいたい。
不安を聞いて、わたしのできることはするし、できないことは一緒に考えて解決したい」
「やっと約束思い出したね。
ディーを大切にできないなら今度こそ離婚だからね。まったく。
ルドルフおじさんもそれで大丈夫ですか?」
「むしろすまないね、いつもアドニス君に言わせてしまって」
「いえいいんですよ。じゃあロッティに移動魔法教えてください。
他のみんなにももう隠さなくていいと伝えて大丈夫です」
「まさかわたし以外知ってるのか?!」
そのまさかだ。
若旦那様が遠征行ってる時など、双子様を連れられ遊びに来られてる。
今回だって、若旦那様の目を誤魔化すために途中まで移動魔法で途中から馬車に乗ってこられた。
「パパ知らなかったのービューンだよー」
「そうビューン。パパがいない時おじいさまとおばあさまとあそぶのー」
「ロッティいつも言ってるだろう。
やることやらないと後で後悔するって。
ディーにもお仕事頑張ってって言われてるくせにー
君はもう恋人じゃなくて子育てのパートナーなんだからね。
うちの妹をガラス人形のように可愛がってばかりいる時期はもういらないよ。
ディーばかり親として成長してるけど、そのうち君置いてかれて捨てられるよ」
「そうだなわたしも成長しなければだな!」
話が固まったので良かったとホッとした。
冷えてしまったお茶をいれなおす。
ふとマリーと目があう。
彼女も嬉しそうに微笑んだ。
しれっとドラゴンをお兄様倒す。
誘拐事件があったので、マミーからもパピーからも徹底して武術と魔術を叩き込まれてるお兄様。
相手が神だからね、仕方ない。




