あの町の親子(ある町の少女の決意の数年後)
「マチルダーこっちみて!」
「はーい」
包帯を抱え走り回る。
この町に来て数年。
まず変わったことは女将さんがお母さんになった。
父が女将さんに惚れて、女将さんも満更でもなさそうだった。
母のことを父が忘れたわけではない。
それでもいいと女将さんは言った。
それでもうだうだする父に業を煮やしたのは女将さんだった。
「あんたたちが何かかえてるか知らないけど、一緒に抱えてやるわよ。
むしろうちが抱えてあんた達引っ張ってやるわ」
と豪快に笑った。
そうは言うけど私達の事情を話すと離れるだろうと私達は思っていたけど、
「お嬢さん怪我させたのは悪いことだけど反省してるんだろう。
あっちも罪を減刑するくらいさ、許してくれてるんだろうさ。
魔欠石のこともそう。
魔欠石については誰もよくわかってなかった。
仕方ないわよ。
今更、これは悪いものでしたって言われてもね
こっちとら掘れって言われて掘るのが仕事だし。
魔力石だけ掘れってわがまま言う前に、魔欠石をどうにかすること考えてもらいたいよこっちはさ。
魔欠石のことはまだわからないことだらけだけど、わかってること知ってること隠して騙すのが悪いんだろう。
今あんた達はそんなことしてない。
真面目に仕事して真面目に償ってる。
それでいいじゃないか。
過去を振り返るなって言わない。
反省するのが人間だからね。
でもあんた達は後ろ向きに歩きすぎだわね。
前向かないとまた転ぶわよ」
とまた豪快に笑った。
私達に足りないのはこの前を向く豪快さだったのかもしれない。
程なくして父が女将さんに求婚し、ささやかな式をあげた。
女将さんの家族はなく代々受け継いでいる食堂を自分の代で潰すのかと申し訳なく思っていたらしい。
なので父に求婚され、私達がきてホッとしたとこの前言われた。
私達もほっとする。
前妻の子など嫌じゃないかと兄とオドオドしていたからだ。
そう言われたからではないが、兄は料理を手伝っている。
女将さんと距離を縮めるために始めたが、兄は才能があったらしい。
メキメキと上達し、今では兄の料理をわざわざ遠くから食べに来るくらい人気になっている。
「ジェイクはすごいわー」
と女将さんから褒められて兄も満更ではない。
次に変わったことは残念なことに父も兄も炭鉱の仕事を一年でクビになった。
貴族の仕事しかしていなかった二人はどうもこうも炭鉱夫に向いておらず徐々に身体をこわし他の人の足を引っ張っていたらしくクビになってしまった。
その一年で魔欠石の事件が増え、知らずに貴族介入が多かったこと。
私達は最初の頃で主犯として刑が執行されたこともあり刑が重かったらしい。
蓋を開ければ皆主犯とたいして変わらないことをしている。
でも後になればなるほど刑は最初より軽いのと言う不条理。
それで聞いた話だとディアナ様やアドニス様が減刑を求めてくれたおかげで、借金は減り私だけでも返せるほどになった。
本当に私がやらかしたのにありがたい。
借金のめどがついたが暮らしは父と兄だよりだったので、借りてる家を追い出されどうしようと途方に暮れていた。
そのとき助けてくれた一人が女将さんである。
寝るとこと食べるものをもらい少し前向きになった私達は父は町の役場で働き始め、兄は私と炭鉱の事務に就いた。
事務は昼までなのでそれから兄は料理人として食堂で働き、徐々に腕を上げ今では看板を背負うほどの料理人になった。
そうなると事務をやめ、朝から仕込みなど忙しそうにしている。
もう一つ変わったことは私は治療術師の資格が取れたことだ。
だからと言って仕事があるわけではない。
新米のよくわからないペーペーにはまだぼちぼちとした簡単な依頼しか来ない。
焦っている私に、
「それでもいいじゃない。
今は土をつくり種をまく時期なの。
焦る必要はないわよ。
むしろ今こそ丁寧に仕事してりゃそのうち何しても信用は来るもんよ」
とこれまた女将さんに言われた。
この言葉に焦っていた心が落ち着く。
それでいいんだ。
確かに今自分に大きな怪我を診る余裕はない。
知識があっても経験はないのだ。
小さいことコツコツと丁寧に。
私は事務をやめ、治療院で働き始めた。
一人じゃないと言うのはなんと心強いことか。
自分じゃ手に追えないのは、素直に医師の診断を煽り先輩に聞く。
かつてあったプライドはもうなくていい、ここではどれだけ素直に吸収できるかだ。
だって、でも、では人を救えない。
私が私がでは痛みなどとれないのだ。
私を見てと言っていた私はもういない。
そんな暇ないのだ。
大小のさまざまな怪我を診、体調の悪い方を診、たまに寂しい老人の長話に付き合い、やっと一息ついたところでまた急患が来る。
令嬢時代のように緩やかな時間はないがその分メキメキ腕が上がるのでここに勤めて良かったと思う。
顔馴染みも増え、治療院で働いていない時もちょくちょく頼まれるようになった。
昔の私と違うので一人突っ走らないでちゃんと治療院に相談した。
治療院外の時は自己責任なら良いと言われた。
ただ大きな怪我や病気の時は必ず治療院に連れてくることと念押しされる。
なんだかんだで、院長や先輩方に突き放されているようで可愛がられているのがわかった。
もちろんはい!と大きな声で返事する。
まだまだペーペーの私だ、不安だったのでそう言ってもらえたことに大きな感謝しかない。
それから、これは変わったというか変わるかもと言うのがある。
今日も仕事終わりくたくたになりながら、家兼食堂に帰っていたところ角を曲がれば着くのだがその前で
「これ、古いけど良いものだからあげるわ」
と女の人が真っ赤な顔してどう見ても新品の料理人服をを兄に渡している場面に遭遇する。
角に隠れて成り行きを見守る。
女のひとはこの町の町長の娘のチェルシーさん。
この町に来たばかりの頃から気にかけてくれる人の一人で、女将さんの食堂だって、チェルシーさんの紹介だ。
そんなチェルシーさん兄に気があるらしい。
時折こうやって兄に服や食べ物やらを差し入れしてくれている。
兄や父が炭鉱で働いて倒れた時だって心配して薬やら食べ物やらもってお見舞いに来てくれたし、仕事がクビになれば職場を斡旋してもらった。
数年経つが兄とチェルシーさんの距離は変わらない。
父もそうだが、兄も煮え切らない性格をしている。
見ていれば兄もその気があるくせに、自分から動きはしない。
ここまでくるとチェルシーさんが可哀想になってくる。
「ありがとうございます。
でも俺、何も返せなくて」
「別に良いのよ。受け取ってもらえれば満足だから」
本当にいいのかとこの前それとなく聞いた。
チェルシーさんは困った顔で笑いながら
「いいの、受け取ってもらえるだけで本当に満足なの。
ねぇ竜の血って知ってる?
私それの先祖返りなの、髪が白いでしょ。
この国では滅多にいないから知らないわよね。
よくおばーさんって揶揄われたっけ。
まぁそれは良いとして、竜の血のことあなたのお兄様にも聞かないでね。忘れて。約束よ」
あまりに寂しそうに笑うから知ってると言えず、わかりましたと答えた。
治療術師の勉強をしている時、先祖返りのことを知った。
竜の血もその一つ。
他の先祖返りもなかなかだが、この血はその中でも相当でパートナーを愛しすぎて色々な症状がこれだけもかと言うくらい書かれていた。
血の者の特徴をあげればまず依存、固執。
続いて癖、口説き癖やキス癖、中でも一番多いのはは貢ぎ癖だ。
相手がパートナーになる前から、貢ぎ貢ぎまくるのだ。
食べ物や花は普通で、すごいもので宝石や家、猛者になると国を貢いだ者もいる。
チェルシーさんの贈り物などささやかでかわいいものである。
受け取ってもらうと貢ぎ癖は止められない。
拒否が一番堪えるからだ。
なので最初に受け取らないか、その後も一生受け取り続けるか。
一度受け取ってしまえば二度目からは断れない。
断れば、どうして?何故?と病んでしまう。
そして病んで病ん国を滅ぼし、贈ったのがかの有名なグレーリーナ国初代王である。
竜の血をあまり詳しくない者でも知ってる話である。
「白髪の者から貰ったら次を断ってはいけない」なんて諺があるくらい有名だ。
そう言えば、ディアナ様のお兄様は白髪で金の瞳だったなと思い出す。
お相手はいるのだろうか?
ただの人間でないことを祈る。
じゃないとアドニス様は孤独の中ずっといなければならなくなる。
私が気にしても仕方ないし、あっちからしたらいい迷惑だろうが、そっと幸せを願うことは許して欲しい。
話はそれたが、兄とチェルシーさんだ。
もう遅いけど、応える気がないのなら突き放すべきだ。
こんなによくしてもらってと言われるだろうが、このままずるずる続くのもチェルシーさんには悪い。
気持ちの問題だけでなく身体的に。
竜の血の最も怖いところは、想い人に振り向いてもらえない時だ。
血が濃ければ濃いほど、思う気持ちが長ければ長いほど悪化し、寂しさのあまり苦しみながら死んでしまう。
治療術として最悪まるっと記憶を消すと言うものがある。
この術も難しく誰それとできる者じゃないので、実質治療術師も医師もお手上げである。
チェルシーさんにそんなことにはなってほしくない。
なので兄には悪いが想いを受け入れてもらうしか道はないのだ。
チェルシーさんが帰った頃を見計らい、兄と話をする。
チェルシーさんをどう思っているのか、そのまま含みの意味などではなくストレートに聞く。
最近やっと含みを持たせない会話に慣れてきた兄もこれには驚いていた。
それだけ深刻なのだこの血は。
もうなんか病って言ってもいいくらいある。
「俺が好きとかおこがもしいというか」
何モダモダしているのだ。
小さな乙女でもないくせに…最近ちょっと義母さんに口調が似てきたかも。
まぁそれはあとで考えるとして、チェルシーさんは兄に知られたくないみたいだけどこれではいけない。
「お兄様、ちょっと来て」
兄の手を取り自分の部屋に連れて行く。
本を一冊手に取り、竜の血の書かれたところ広げ、机に置く。
「おおーとお兄様、偶然、偶然竜の血の書かれたところが開いたわ。
偶然お兄様はそれを見ただけよ。
本当に偶然よね。チェルシーさんは知られたくないけど、お兄様は偶然妹の部屋に来たら偶然その本が置いてあって偶然風でページが捲れて偶然目に入ったのよね、そうよね」
「…ああ、そうだね」
私の偶然の圧に押されながらも、ちゃんと読んでくれた。
兄の顔が徐々に青くなって行く。
「お兄様、他に好きな人なんていないと言って。
いたとしても諦めて、チェルシーさんの方が大事でしょ。
そう言ってください。
お兄様、どうかチェルシーさんの気持ちを粗末にしないでください」
本を私に渡したかと思うと兄は走って部屋を出て行った。
その後ろを追いかける。
兄はどこに隠していたのか、足が速かった。
追いつく頃には道の真ん中で兄とチェルシーさんが抱き合っていて、周りの人々が多分祝福の拍手を叩いている。
良かったと私も拍手したいが、全速力だったので息も絶え絶えだ。
「おーマチルダじゃん。
お前んとこの兄貴が今チェルシーさんに告白して良い返事もらったところだよ。
見逃して残念だったなー」
と串に刺さった肉を食べながら治療院の同僚のネイサンが教えてくれた。
「いいの、教えてくれてありがとう。
ネイサンは今帰り?」
「そう、今日もハリーさんのとこの爺さんの話が長いこと長いこと。
まぁそんだけ元気なんだから良いことなんだけどさ。
そう言えば、お前に爺さんが見合い話持ってきたぞ。
返事は早めにだってさ
お前もそいつに決めちまえよ。そしたらもっと落ち着いて仕事できるんじゃね。
あーでも好きすぎて仕事できないとか恋愛にうつつぬかすかもなー
お前ってそういうロマチストなとこあるし」
と言って封筒を渡された。
後回しにすると忘れそうだったので封を切りその場で読んでいく。
あれ?これって。
最後の肖像画が描かれた紙と横にいる人の顔を見比べる。
「なんだよ。そんな俺と比べるほど良い男だったのかよ。
まぁ俺には敵わないだろうけどなー」
茶化されたけど、それどころではない。
ハリーのお爺様なんと言ってもこれ渡したのだろう。
ネイサンはなんといってもこれを渡してきたっけ。
私はなんといってもこれ見せれば良いんだろう。
黙ったままで反応のない私が面白くなかったのか、それかよほどのことかと心配になったのか私の手にあるものを見てきた。
「は!?爺さん何やって」
ネイサンの顔は真っ赤で、私の顔も言わず真っ赤で、なんとも言えない雰囲気になる。
「とりあえずその恋人からでもいいですか?」
「おう。
ってちょっと待て。
俺肉持ってるし爺さんの手借りて告白もされてダメダメだ。
やり直させてくれ。
とりあえず恋人の前にデートしよう」
それもそうだねと思ったので、頷く。
その時は兄のことなど吹っ飛んでいて、もじもじしながら帰り家まで送ってもらった。
「じゃまた」
「送ってくれてありがとう。またね」
「おう」
ぶっきらぼうに返事をすると恥ずかしいのかネイサンは走って帰って行った。
このあと兄は一か月ほど帰ってこなかった。
蜜月を過ごしているのだろう。
心配する父と女将さんに竜の血のことを説明する。
納得とともに呆れてた。
呆れないであげて欲しい。
蜜月しないと病んで病気になってしまうのだから。
と言ったところで信じて貰えないだろうけど。
兄はたぶん幸せと共に重たい愛をもらっているだろう。
うだうだ悩む小心者の兄だが、他者を受け入れる大きい心も持っている。
竜は幸運を運んでくると言う諺もある。
あの日チェルシーさんが私達に声をかけてくれた日から、チェルシーさんが私達に幸運を運んで来てくれている。
『これから進む道に幸多からんことを』
ディアナ様、私幸せですよ。
大変だけど辛いこともあるけど幸せです。
『貴女は何故ここにいらっしゃるの?』
ディアナ様、
幸せになるために、幸せにするためにここにいますよ。
ディアナ様、おせっかいだけど遠くから私もディアナ様の幸せ祈ってます。
医学的に長々書いてあるけど、実質ヤンデレ究極かまってちゃんの取説
医師…治療術師を何十年と務め功績を出した者
治療術師…今で言うお医者さんと看護師さんと介護士さんを
まぜこぜにした役職
階級あり
階級試験に合格し、
実績積まないと階級はあがらない




