かの侍女の困惑
「あー美味しいー」
ディーン様がそうたいそう嬉しそうに言葉をこぼされた。
私は嬉しくなって空になったグラスにまたワインを注ぐ。
ああ、なんて幸せな時間なんだろう。
「いいねーワインってなんでこんな美味しんだろう。
神の頃はよかったなー
ご飯食べないでワインばっかり呑めたのに。
人間はそうはいかない。
食事しないと倒れるからなー」
ディーン様が不思議な愚痴を吐かれた。
そうですねと同意する。
本当に神になれたらいいのに。
そしたらディーン様といつまでも一緒にいられるのに。
また空になったグラスにワインを注ごうとしたら目線で止められた。
静かに従う。
「ねーおー様、僕そろそろ部屋でゆっくり呑もうと思うんだけど、ワイン何本かくれないかなー
あとつまみもあれば嬉しいーなー」
「もちろんです。
そこのもの、お部屋にお運びしろ」
ディーン様が戻られてしまわれる。
ついていった方がいいのだろうか?
いやでもゆっくり呑みたいとおっしゃっておられた。
じゃあお一人で呑まれたいってことでは?
頭の中でぐるぐるしていると、私の名前を優しく呼んでくださった。
「おいでフィーカ」
呼ばれたら行かないわけがない。
私は犬より従順で、躾がなっているから主人の後ろを静々とついていく。
ディーン様のために用意された部屋はあまり豪華と言えないが、清潔で整った部屋だった。
「ディーン様、お部屋キラキラじゃないです」
「今世はキラキラって落ち着かないんだよねー
フィーカこっちにおいでそこにかけて一緒に呑もう」
誘われたので、向かいの椅子に座る。
ディーン様とさっきより距離があるが真正面から御尊顔を拝見できるので嬉しい。
「はーいかんぱーい」
チンとグラスが当たり音がなる。
ゆっくりワインを呑む。
私はやっぱり美味しいと思えなかった。
申し訳ないのでちびちび口に入れる。
「フィーカどうしたの?
暗い顔して。
ワインのせいじゃないでしょ」
ディーン様にはやっぱり隠し事はできない。
グラスを置いて、失礼ながらディーン様の目を見つめる。
「私、明日クリスタルに戻ります」
「どうして、まだ楽しいことしてないよ?」
「いえ、こんなに時間を頂いてしまいました。
次回お会いできなくなるのが怖いのです。
それに分身がお側におります。
考えも思い出も共有できるので、楽しいこと連れていってください」
「でもそれはフィーカであってフィーカではないでしょ」
俯いてしまった顔を戻す。
「ですがずっとお側に居れます。
どんな時でもずっと、長い時間一緒に」
「フィーカが一緒にいればいいじゃないか」
「ダメです。
私は人間です。老いていき最後は死にます」
「僕も今人間だよ。一緒に老いたらいいじゃないか。それも楽しいよ」
「それではディーン様の次をお迎えできません。
私は人間だから、次があるのかもわかりません。
あってもディーン様を覚えていないのです。
お帰りなさいができないのは嫌です。
ディーン様、どうかちっぽけな私の矮小な願いお聞きいただけないでしょうか」
頭をさげる。
ダメだって言われてもクリスタルに入るつもりだ。
何だかんだでディーン様が私に甘いのは知っている。
見限られていなければ今回も私の願いは聞き入れられるはずだ。
「頭をあげて」
ゆっくり頭をあげディーン様の様子をうかがう。
「そんなに僕のこと好きなの」
「はい、大好きです」
「そうかーじゃあ僕の妻になる?」
つま?思考が停止する。
何度も同じ言葉が駆け巡るが一向に理解できない。
つまって何?
「おーい大丈夫?」
「あの、つまとはいったい」
「奥さん、嫁、パートナー、呼び方はなんでもいいよー。
つまり結婚しようってことー」
一気に顔が熱くなる。
音が出てたなら、ボンと爆発音がしたことだろう。
そんないやでも、嬉しいやら恐れ多いやらどうしたらいいの?
「あのそのでも結婚しても私の寿命はかわらないのでは」
「うーんそうとも言えない。
短くなるかもだし長くなるかもだしわかんない」
「それはその…」
肩書は大変嬉しいのだけど、一緒に入れなくなるのは悲しい。
「神の結婚って人間とは違うよ。
簡単に説明すると魂をお互い半分こにするでしょー
それを核が入った方は本体に残して、残りの半分を入れ替えて引っ付けてコネコネして出来上がりー」
「はぁ」
わからない。人間と違うとしかわからない。
私の頭が悪すぎるせいで申し訳ない。
「平たくいうと寿命を同じにするんだよ。
僕が死んだらフィーカも死んで、フィーカも死んだら僕も死ぬ」
「それでは困ります」
「うん、でも僕は何を司っているか思い出して」
「継承と規律です」
「そう継承。
だから僕が生まれたらフィーカも生まれて、フィーカが生まれたら僕も生まれる。
フィーカが気にしてた記憶も継承されてね。
それに寿命が一緒になるように同じ種族で生まれるよ。
絶対会えるようになってるから、もうフィーカは待たなくていい。
一人あの部屋でじっとしてなくていいよ」
そんな夢のような話があっていいのだろうか。
何か悪いことがあるはずだ。
ものすごく痛くて死んでしまうとか。
それでもいい。ずっと一緒にいれるなら。
でも、ディーン様に嫌なことがあるのは嫌だ。
自分が死ぬより辛い。
「えーこれでもまだ不安なのー?
何が嫌なのかはっきり言ってごらん」
そう言われてさっき思ったことをそのまま口に出すと、ディーン様は面白そうに笑った。
「特にないよ。そんな嫌なこと起きるなら神様たち結婚しなくなちゃうよ」
確かにそうだと頷く。
「まぁでも魂を半分こにするから浮気とかできないよ。
君がそれでもいいなら僕はいつでもいいよ」
浮気なんてする余裕はない。
この一瞬でもディーン様から目を離さないように頑張っているというのに、瞬きさえ惜しいのに、他の人見ることなどできない。
「そんなに見なくても」
「いえ、瞬きでさえ邪魔です。なので浮気する暇もありません」
「そっかーじゃあこれでフィーカの悩みも解決してゆっくり遊べるね」
「はい。あのいつ結婚しますか?
幸せすぎて眠ったらポックリ逝くのではと怖いのですが」
「えーそれは僕も怖いよ。
じゃあ今やっちゃおうっか。
フィーカは人間だから一応見ない方がいいね。
目を閉じていて、そう良い子。
じゃあ魂に触れるね」
じんわり身体が暖かくなったと思ったら真っ暗になって重くなってまた暖かくなった。
自分の体なのに上手く動かせなくて驚く。
「はいおわりー。
どう変なとこない?」
さっきの感覚が嘘のように消えてる。
今ではどんな感覚だったかさえ思い出せない。
手を握ったり広げたりする
「はい大丈夫です」
「ははー良い子だねー。
フィーカこっちにおいで」
こっちにおいでの言葉にすぐに身体が動く。
なんだろう。
また魂をいじるのかな。
「膝の上においで」
このおいでには戸惑った。
今まで一度も言われたことないおいでだ。
どうしたらいいのかわからず、右往左往していると、腰を掴まれ、そのまま主人の太ももにお尻が乗ってしまった。
慌てて立とうとすれば、腰に腕が回り立たせてもらえない。
「フィーカ、もう僕の奥さんだ。
今からここが君の所定位置だよ」
「そうなのですか?」
「そうなのです」
半分揶揄い、半分愛おしそうな顔を向けられる。
奥さんってこんなに良いものなんだ。
人生の幸運を使い切ってしまったのかもしれない。
ディーン様の腕の中で彼がワインを呑む姿を凝視する。
ディーン様は何しててもかっこいいや。
こくこくと動く喉仏を凝視する。
ディーン様も喉動くんだ。気づいた時には喉仏触っていた。
ディーン様がビックとなったのに私もビックとなる。
「君は相変わらずイタズラっ子だね」
「あのそんなつもりはなくて、ディーン様も喉仏あるんだと思ったらその」
「あるよー。対して君とかわらない……そうだね。
違うとこがあるかもしれない確かめてみるかい?」
「え?え?」
そのまま抱っこされ、ベッドに連れて行かれ、何故かベッドのカーテンを下された。
暗くて見えないと思うのだけど
「明るい方がいいならそれの方が僕は楽しいけどね。
今日は手加減してあげるよ」
そうおっしゃると暗い中でわからなかったが、ディーン様が笑った気がした。
魂をコネコネするらしい




