プロローグ6
「お父様」
父は苦悶の表情を崩すことはない。
もう一度呼ぶ。
「お父様、私が参ります。
エリシアはグレーリーナ国へ嫁がせてください」
「だが…」
「エリシアとあちらの王太子は思いあっています。
酷い扱いは受けないどころか好待遇で迎え入れますわ」
「だが、お前にだけ負担をかけるわけにはいかない」
「いいえお父様。
王としては悪手です。
ですが父の想いとして私だけ受け取ります」
笑顔が出るが、引き締めて一呼吸置く。
「跡取りは弟が二人います。
賢く仲が良い弟達です。
喧嘩して国を崩すような阿呆なことしませんわ。
他国には妹を嫁がせてください。
エリシアはああ見えて芯が強く、臨機応変に対応できる柔軟性もあります。
何より、王太子に好かれております。
竜の血が濃い母上を娶った父ならあの国の特性はご存知でしょう。
愛した家族は何があっても傷付けない、グレーリーナに嫁ぐのがエリシアにとって一番いいのです。
他国は暴力的なところも多くあります。
いくらエリシアが賢くても暴力には勝てません。
屈して儚くなるエリシアなど見たくないのです。
それに、私がグレーリーナに嫁いだとて、エリシアほどの寵愛はいただけません。
惨めな思いはしたくないのです。
それよりもお役目をまっとうしたほうがマシです。
私なら大丈夫ですわ。
どうかエリシアの幸せを願うなら聞き入れてください」
「幸せをというならそれはおまえも同じだエリザベス。
もう一度会議をしよう、別の案があるはずだ。
エリザベスもエリシアもどちらも幸せになる案が」
「いいえ、お父様ありません。
お父様どうか娘の最後の願いです。
お聞き入れくださいませ」
項垂れていた頭をあげ重い口から承諾を受け取った。
気が変わらないうちに書類に判を押させる。
少し肩の荷が降りた。
我がポマルム王国は海と大きな山に囲まれた、継承と規律の神ディーンが治める国の一つである。
土地面積は小さいが軍事力は周辺諸国を凌駕し、侮れないと言わしめた。
だからと言って戦争をふっかけたりはせず守りに徹している代々平和主義者の王が治めている国でもある。
国民性も規律を守ることを信条としているため諍いが少なく、仲が良いためどこかふんわりしている。
ただ舐めてかかると痛い目を見ると他国には言われているようだ。
そんな羊の皮を被った狼と言われるこの国も今、大きな壁にぶち当たっている。
それは神の代理の世代交代だ。
神の代理からお告げが来たというわけでなく、200年前の世代交代の時の資料によればだ。
”世代交代のさい周りの生命が固結する“
今神殿の上にはダンジョンがある。
200年前にはなかったのでいささか心許ないが、ここ数十年緩やかにだがダンジョンの勢いがなくなってきている。
ダンジョン自体未知のものなので確かとは言い難いが、数日前明らかな異変がおきたのだ。
ダンジョン近くの池が干からびた。
これにより神の代理の世代交代の時期だと結論がいった。
新たな神の代理、つまり生贄が必要。
代理人の明確な選定方法は書かれていない。
だが、国を動かす力だ。
そう易々と選べない。
何重にも会議を重ねた結果、私かエリシアに決まった。
私は迷わず自分を押した。
エリシアが200年も孤独を耐えられるはずがない。
私なら大丈夫。
エリシアにはまだ何も伝えていないので、気兼ねなく嫁ぐだろう。
幸せいっぱいの妹に満足する。
それにあちらもうるさい姉より愛嬌の妹がいいはずだ。
というのも幼少期、お隣の国から数人留学していた中にかの人がいた。
エリシアと会わせた時のことをよく覚えている。
人が恋に落ちるのを正面から見たのは後にも先にもあれだけだったな。
目がもうエリシアから離れず、エリシアの声を聞くのに必死なその顔はいつものやる気ない顔と違い目がらんらんとしていた。
私がどんなに言っても聞かないくせに、エリシアが言うとすぐ動く。
子どもながらに下心ありすぎだろっと心の中で何度思ったことか。
あの分なら、エリシアが上手いこと手のひらで転ばせば安泰だ。
可愛い妹の子を抱けないのだけは心残りだが。
それは仕方ない。
私は私のやることに専念するだけ。
まずはダンジョンを攻略し、地下にある神殿に辿り着かないと交代どころの話ではない。
あとはエリシアに気付かれないようことを進めねば。
行かないと駄々をこねられても困るからな。
月日は流れ、エリシアが隣国に嫁ぐ日が来た。
ルイーズも一緒か。
初めから戦力から外していたとしてもやはり未練が残る。
仕方ない、その分ルイーズの父親で騎士団長を引き入れることができた。
「お姉様、お手紙くださいね。
私もいっぱい書きますから。
絶対お返事ください」
「ええ、もちろんよ」
抱きしめあう。
知らないはずなのに、最期の別れのようにいつまでも離れなかった。
「お姉様、お兄様との婚姻に私を押してくださりありがとうございます。
絶対幸せになります」
「ええ、もちろんよ。
エリシアが泣いて帰ってくることがあったら私が昔みたいにとっちめてあげるわ。
だから安心して、辛かったらいつでも戻ってきていいのよ」
自分がこんなにも嘘が上手いとは思わなかった。
出来もしない約束を次々と重ねる。
…気持ちはそうしてやりたいのだ。
嘘でもやっぱり言いたい。
エリシアは知らない。
でも彼に愛されそのうち私のことは過去になる。
大丈夫だ。
寂しさから一筋涙が溢れた。
別れの涙だと思ったらしいエリシアに、珍しいと笑われた。
私も笑う、それを機に離れた。
抱きしめ合った体温が消えないうちに馬車は発車した。
見えなくなってもいつまでも手を振る。
お父様に止められ、やっと手をおろした。
「お父様、一週間後ダンジョンに入ります。
明日、有名な冒険者に案内役を頼むつもりです。
すみません遅くなりましたが、大金がいるのです。
ご用意いただけませんか?」
「ああ、金くらいいくらでも用意しよう。
エリザベス、おまえには何から何まで任せっきりでこちらこそすまない。
どうだろう、今日くらい家族でゆっくりしようじゃないか」
「…そうですわね。私ケーキが食べとうございます」
「ああもちろんだ。バターもスパイスもドライフルーツもふんだんに入れよう」
「とても豪華ですわね」
祝事の際にしか食べないが今日くらいいいだろう。
誰に許しを得てるのかわからない。
エリシアにだろうか。
いやグレーリーナはこんなパンみたいなケーキではなくフワフワとした生地に新鮮なフルーツが生で乗ったのが出るらしい。
ふふ、そうだわ、毎日甘いお菓子と一緒にお茶会する国。
やっぱり私には合いそうにない。
エリシアで良かった。
甘いものに目がないあの子なら毎日のお茶会が楽しいだろう。
私の目には狂いがなかった。
ああでもあの子毎日甘いもの食べすぎてお腹壊さないかしら。
心配だわ。
父にエスコートされながら城に戻る。
何も知らされていない母と弟達が不思議そうに相槌を打ち、ケーキの話になると単純な弟達がはしゃぎ、母に叱られていた。
お姉様は心配性




