例の夫人の回想
ふと読んでいる本から顔を上げると夫と目が合った。
嬉しそうに蕩けた笑顔でこちらを凝視している。
「君はいつみても綺麗だ。
僕の女神。近くによってもいいかな?」
ここで駄目だと言えば良いというまで永遠と懇願してくるので、しぶしぶ首を縦にふる。
今日中に読んでしまいたかったのだが。
ウキウキとした夫は横に移動してくると、魔法で私を自分の膝の上に乗せた。
いい年したおばさんにキスを贈りご満悦だ。
夫にこのまま付き合うのは癪だ。
どうせ集中できないので、本を読むふりをし別のことを考える。
アドニスがようやく腹を括ったと聞いた。
夫の子にしてはうだうだしたものだ。
ふふと笑いが込み上げてくる。
「どうしたんだい」
「いや、あなたがしたプロポーズが思い出しても最悪だったので」
「…そうかな」
自分でも最悪だと思っているのだろう。
困った顔しながら誤魔化すように髪や頬にキスしてきた。
あれは最悪だった。
長い長い話の中、飽きた王達に置いてけぼりにされたあの絶望感と言ったら。
戦場よりも過酷だった。
まず好きな相手にするデートではない。
当時好意を向けられることがなかった私は一応デートということで浮かれてた。
浮かれて今まで着なかったような可愛らしいドレスを着、いつもはしない化粧もしてもらった。
浮かれていくと、私以上に浮かれた夫が私を見るなり褒めちぎるのだ。
これは流石の私も照れた。
女扱いはあったがそれは失笑がつきものの悪意にまみれたもので、こんなに純粋なのは初めてと言ってもよかった。
最初のスタートは良かったのだ。
褒められて気分を害す人はいない。
ただそれでも不安だった。
デートは初めてだったので緊張していた。
普通の子は可愛らしくおしゃべりをするのだが、私は喋るのが得意な方ではなかった。
どうしようと思っていたが夫が喋る喋る。
多分私が一ヶ月喋るよりも多い言葉を夫はその日のうちに喋ったことだろう。
私の意見を聞かないわけではないので、勝手に喋る分には楽だった。
不安が徐々になくなって楽しく昼食を食べた頃までは良かった。
そのあと持参の資料を取り出したところから雲行きがおかしくなる。
喋ってる相手と細かい字がいっぱいの資料。
何が起こっているのかわからなかった。
時間が過ぎていくにつれ混乱がます。
途中から王とエリシア様もおられなくなり、二人にされた時など半泣きに近い状態だった。
「つまり、あの、何が言いたいのですか?」
もう恐怖でしかない中恐る恐る質問する。
あいにく今までの夫の演説は聞こえておらず、理解できていなかった。
「私を選んでください。貴女を絶対に不幸にはしません。
結婚をしてください」
初デートで初プロポーズ。
ついていけないのは私だけではないはずだ。
周りを見渡せぞ誰もいない。
「すみません、怖がらせてしまったようだ。
そうだ、今からダンジョンに行きませんか?
第二層なのでそこまで強くないので軽装で大丈夫。
あそこの夕陽がとても綺麗なんです。
お手をどうぞ女神」
にっこり笑う顔にさらっと濃い目のミルクティー色の髪が揺れる。
エスコートは慣れない。
ドキマギしながら手をとった。
ここで呪詛のようなプロポーズ聞くよりマシだと思ったから。
ダンジョンに向かうなか、改めて隣にいる人を見ていた。
背の高い私より頭一つ分高い。
顔も芸術品のようだし、声は低く心地いい。
聞いていて不快じゃない。
言ってることはよくわかんない時あるけど。
全開の好意は恥ずかしいが嫌じゃない。
何より緑の目が私を見る目が熱を帯びて綺麗だった。
こんな熱烈な求婚してくれる人はもういないだろう。
祖国の同世代の男はプライドが高く、私が騎士として活躍するのをよしとしなかった。
父の七光など言われない日はないほど。
でもこの人は騎士の私を褒めてくれた。
剣筋が綺麗だと。技で相手を翻弄するところなど躍っているようだと褒めてくれた。
「つきました。綺麗ですよね」
そう言って笑う彼の笑顔が綺麗だと思った。
恋に恋してた。
今ならわかる。
雰囲気にのまれただけだ。
うっかりその日に承諾してしまった。
その日のうちに籍を入れられ、あれよあれよと段取りが決まってしまう。
次の日は普段通りで寝て覚めたら夢だったのかと言うくらい何もなく、ダンジョンを潜ることになった。
身体動かすのは好きなので楽しんだ。
が、休み明けのエリシア様と王のお茶会で不吉なことを言われた。
監禁って何だ?
私外に出れないのか?
拘束って何だ?
鉄の錠で逃げられなくするのか?
剣は貰えないだろう。
力は魔法でどうにかしていたので、魔法を封じられると一般女性より少し力があるくらいの私など勝てない。
頷かなければ良かった。
エリシア様の側にいられないなんてそんなの私がいる意味がない。
「監禁時期は合わせますか?」
その言葉にビクッとなるが、王は気にしない様子でいいなと笑ってた。
エリシア様と目が合い、二人して震える。
その後侍女長のマーサ様に言葉の意味を教えてもらった。
この国では意味がだいぶ違うらしい。
監禁は二人で引きこもって過ごすことで、拘束はただお揃いのアクセサリーを付け合うだけだった。
蜜月はキスなど夫婦の触れ合いをし絆を深める期間で、やたら食べさせてくるのは給餌という愛情表現だったらしい。
エリシア様と二人でホッとする。
ただそればかりではなかった。
竜の血が濃いとパートナーによるものなすもの攻撃するらしい。
それで喧嘩が絶えないとのこと。
特に蜜月の時は近寄ってはいけない。
殺されても仕方ないらしい。
ホッとしたのも束の間二人で抱き寄せあった。
二人して怖いとこに嫁いだのかもしれない。
なんて考えている時期もあった。
蓋を開ければ、甘ったるい旦那がいただけだ。
嫉妬はあれど、理性もあるので上手く付き合えば可愛いものだ。
私の髪で遊ぶ夫の頬にキスをする。
「どうしたんだい、珍しい」
「可愛かったから」
「そうなんだね」
ちゅちゅと楽しそうにキスしてくる。
王と違い、夫は人前でキスをあまりしない。
それはマナー違反に当たるらしいがやっていい時と駄目な時があるのだとか。
今だにその線引きがわからない。
「そういえば、あなたの初恋って誰?」
「君だよ。私の女神」
「そういうのはいいから」
「嘘じゃない。
王と私は幼い頃君の祖国に留学してたんだよ
当時の私は生意気でね。よくイジメられてたよ。
そこに君が颯爽と助けに来てくれてね。
相手がやっている事が悪いけど、自分を大切にしない貴方も悪い。
頼ることは恥ずかしいことじゃないって君に言われてハッとしたよ。
それから他者の力を借りる事を覚えたんだ。
まぁ長々なったけど、ようは君の笑顔に一目惚れしたんだ」
正直覚えてはいない。
だけど、夫が思い出を大切にしてくれたことがとても嬉しい。
「君は誰だい?」
おおっと雲行きが怪しくなってきたぞ。
優しく聞いているが、目が笑っていない。
「…恋かしら」
「コイって誰だい?」
「あの日夕陽を見に行った時。
恋した雰囲気に恋したの」
「それは私じゃダメなのかい?」
「ダメ…そうね駄目ね。
もう終わったものだもの。
ハルとはまだ続くから終わったら悲しい」
ぎゅっと抱きしめられる。
「そうだね。終わったことは終わりだ」
意味不明だが納得してくれたのなら嬉しい。
愛も変わらずキスがふってくる。
黙ってそれを受け入れる。
結婚の承諾をしなければ良かったと思う日もあった。
だけどなんだかんだ絆されている今日この頃だ。
母は私生活は意外とおっとりさん
父は私生活は意外でもなくねっとりさん




