1 不安と期待
今日もかとマチルダは思いながら自慢の緑の目を伏せながら、反省していますというポーズをとる。
「またか!お前は何度言えばわかるんだ!」
自分と同じ茶色い髪をしてる父の怒鳴り声が家中に響く。
びくりとした使用人の姿が目の端に見えたが、ただすぐ作業に戻り見えなくなった。
そう、この屋敷では父の怒鳴り声など日常の風景となっている。
「いくら男爵とは言え限度を考えろ!」
大きな声を出し落ち着いたのか深いため息の後、机の引き出しから一通の手紙を出した。
「まぁいい。それよりも今日は大事な話がある。
隣国のドラコニス辺境伯より遠回しであるが婚約の申し出があった。
昔は交流があったとは言え、傷物のお前にはもったいない話だ。あとはないと思え」
「はい、承知いたしました」
「今後の話はミゲルに聞け。話は以上だ。お前を見ていると頭痛がするさっさと行け」
カーテシーをし、その場を離れる。
スキップしそうになる足を押さえながら足早に部屋に向かう。
ニヤつく顔はもうしょうがない。
覚えててくださった。覚えていてくださった。ああ、ロベルト様早くお会いしたいです。
あれから5年長くありました。
あの時目が合った時からずっとずっとお慕いしておりました。
またはしたないと怒られるだろうけど、今日は勘弁してほしいこんなにも嬉しいことはないのだから。
「どうしたんだいマチルダ。淑女らしくないとまた父上に叱られるよ」
「ミゲルお兄様!やっとロベルト様にお会いできますの。
ああ、やっとですわ。お兄様!」
呼ぶが早いかマチルダはミゲルの手を取りくるくると回り出す。
「かわいいマチルダ。わかったから少し落ち着いて今後の話もしないと」
「そうです今後の話ですわ
いつ私は行けるのでしょう!」
「うーん、移動もあるし準備もあるから3ヶ月後かな。あちらもそれくらいにおいでと書いてあったし」
「ああ、待ち遠しいですわ」
そういうとキラキラした目をミゲルに向けまたくるくると回り出した。
楽しそうな男女の笑い声が廊下に響く。
それから日々はあっという間に過ぎた。
今はドラコニス領に向け馬車を走らせている。
3週間はかかるということなのでロベルト様に送るハンカチに刺繍を入れている。
ああ、私がもっと魔法を上手に扱えていたら移動の時間も短くできたのに。
ふと見送りの時を思い出す。
兄は心配しつつも手紙を出すとマチルダなら大丈夫だと言ってくれた。
父は最後まで私を出来損ないといい渋っていた。
私の心配だからではない。私がすることなすことが気に入らないのだろう。
それか私がまた何かすると思っているのか。
私が幼い頃我が家はまだ子爵のくらいを賜っていた。
飛び抜けてお金でもなく飛び抜けた貧乏でなく、それなりの貴族生活だったと思う。
おかしくなり始めたのは母が死んでからだ。
父はすぐ怒鳴るようになり、家の雰囲気も暗く、他家との交流も減っていった。
そんな中、社交シーズンだけが心の拠り所だった。
綺麗なドレスを着て、同じ歳の令嬢達とのお喋りをする。
何よりロベルト様にお会いできるのが嬉しかった。
ドラコニス領は昔より魔物が多く棲息している。
そのせいもあり逞しい男性が多いと聞く。
他のドラコニス領の男性は見たことないが、例に漏れず彼は背が高く他の貴族よりがっしりとしていた。
ただ筋肉ばかりのガチガチの男性というわけでなく、どこかしなやかさもあり何より色気があった。
綺麗だが凍てつくようなアイスブルーの瞳とさわると滑らかそうなスルリとした長い銀髪。
高い鼻梁、不満げに閉じた薄い唇。
冷たく感じる容姿だが微笑むと頭がとろけそうになる。
誰かが怖いと言っていたが、そんなのは表面しか見ていないからだ。
お声もうっとりするくらい低いのに心地いい。
思い出すだけで、今も頬が熱くなるのを感じる。
でも5年ほどロベルト様にお会いできていない。
きっかけはほんの些細なことが大事になってしまった。
社交シーズンのパーティーで隣国の侯爵令嬢に手が当たったと言われ、そのせいで怪我をしたと難癖をつけられそのあとは思い出したくもない酷い目にあった。
それだけでなく我が家は位を男爵に落とされ、周りも我が家に関わらないようになっていきより社交が厳しくなった。
ロベルト様にも会えないうえに、父が苛立ちを私にあたるようになってきた。
呼ばれたのは、私の冤罪がやっとはれたのね。
そうだわ。そうに違いない。
これでまた楽しい日々が帰ってくるわ。
嫌な思い出を振り払う。そうよ、辛気臭いのはダメよね。お母様も言っていたわ。常に笑顔でいなさいって。
気分をかえたくて外を見ると前の町と違い静かな雰囲気を感じた。
夕暮れ時だからかなと思いなおし、いっとき外を眺めた後刺繍を再開する。
徐々に自国を離れるにつれ抱いた違和感がはっきりとしてきた。
明らかに活気がなく暗く、人気がない。
困窮しているのかしら。
そうだわ。お兄様に相談すればいい解決策を教えてくださるはず
刺繍をやめ、多少揺れが気になるが文字を書けない程ではない。
完璧とは言いがたいが急を要するのでしょうがない。
リボンで止め従者に渡す。
「急ぎで送って欲しいの」
「かしこまりました」
ふーと少し安堵する。
お兄様ばかりに頼ってはいけないわね。
何か私にできることがあればいいのですが。
刺繍入りのハンカチが完成する頃、ドラコニス領中心部についた。
夕暮れ時なのになかなかの賑わいを見せている。
良かった。貧困しているのかと思っていたが大丈夫そう。
街を抜けしばらく行くと大きな屋敷についた。
馬車からおり、固まった身体を伸ばす。
我が家より大きい、さすが辺境伯ね。
でもどこか物々しさを感じるわ。
「マチルダ・バートリ様、お待ちしておりました。
ロベルト様の側近を務めますアルフレッドと申します。
入用の際は何なりとお申し付けください」
「ありがとう」
辺りをキョロキョロと見渡す。
従者や侍女が何名かいるが、ロベルト様がいない。
何かあったのだろうか。
首を傾げながら、アルフレッドに聞く。
「ロベルト様はいらっしゃらないの?」
「ロベルト様はあいにく魔物の群れの討伐に出ておられます。
お帰りは2週間後かと」
「まぁ!それは危ないのでわ」
「ロベルト様は国一番と言っても遜色ないほどの剣術の持ち主です。
それに騎士団長として危ないからと隠れて過ごされる方ではございません」
「そう、そうよね。
…こいうのは魔法で追い払うものだと思っていたわ」
「あいにく戦術めいたことは秘密保持もありますので…」
「そうなの」
「バートリ様、もう遅くございます。
長旅でもございましたから今日はお休みされてはいかがでしょう」
「ええ、そうするわ」
「お部屋はこちらでございます」
アルフレッドに案内された部屋は思ったより普通の部屋だった。
実家より二倍は広いけど、お城のような煌びやかな部屋を想像していたので拍子抜けする。
やはり、困窮されているのだろうか。
お兄様にお手紙出していて良かったわ。
すぐに解決しないと。
「シンプルないい部屋ね」
「ありがとうございます。
代々のドラコニス辺境伯様は質実剛健、我が贅沢より民の食事とお考えの方ばかりでいらっしゃいます。
そんな方々にお使いできて誇らしゅうございます」
「そうなのね。
暗いからよく見えなかったけど、お庭も広くてお城見たいね」
「お城でございますか…。そう言っていただけて庭師も喜ぶと思います。
でもお城というより要塞や防波堤に近いかと。
モンスターウェーブの際はまさに波のように魔物達が押し寄せてきますので」
「そ、それは怖いわね」
「これは怖がらせて申し訳ございません。
大丈夫ですよ。年一回あるかないかですし、なんと言っても我が領の騎士団は実力ある者ばかりですから」
「そうよね、ロベルト様もいらっしゃるものね」
「はい、ではごゆるりとお寛ぎください」
アルフレッドが部屋を出たので、お行儀は悪いが靴を脱ぎ散らかしドレスのままベッドに寝転ぶ。
ふふ、お父様が見たらまた怒られてしまうわ。
よほど疲れていたのだろう、その日はそのまま眠りについてしまった。
2週間はなかなか待ち遠しかった。
残念ながら街へはいけず、部屋で刺繍をしたり本を読んだりして過ごした。
過ごしてなんとなく思ったのは空気がピリついている気がする。
私の髪をとかしている侍女のマリーに聞いてみる。
「それは流行り病のせいかもしれません」
「まぁ、どんな病が流行っているの?」
「病と言っても病気ではなく、医者もよくわからないそうなのです。
わかるのは症状が気力が低下し寝たきりになっていくことと、周りにいるから感染るというわけでもないことしか、なので対応しかねているみたいです」
「そうなの、怖いわね」
「そうですね。なのでなるべくお部屋でお過ごしください」
「ええ、そうするわ」
なるほど。病の対応されているからロベルト様のお義父様にもお義母様にもまだお会いできていないのね。
病が落ち着くまでお会いできないのかしら。
あら、でも感染るとは言わなかったからもう少しの辛抱ね。
数日でロベルト様もお帰りになられるし、気を引き締めなきゃ。
第一声はなんと言われるのでしょう。
「綺麗になったね」かしら「変わらず今も愛してる」かしら。
楽しみだわ。
私の予想に反して魔物の群れのせいでまた2週間お帰りにならなかった。
夢見る乙女のマチルダ(あまり頭はよろしくない)
クールな狼系ロベルト(結構脳筋)




