二章 八地区に差す光:喰わざる者
町の端、拒絶の石壁についた頃には、辺りはすっかり明るくなっていた。
ここまでくると砂が薄雪を纏う。
凍てつく空気の中。薄い膜のような雪道は踏むごとにさくさくと小気味いいけど、音に釣られて足許を見てしまうと、夜通し歩いた僕の目には少し眩しい。
こんなに気持ちのいい朝なのに、目の前に見えてきたものに思わず眉を顰める。
八地区と魚人の町が争っていること、それはずっと前から続けられていること。聞くと見るとでは衝撃が違う。
過去のおぞましさを物語る血の跡を踏みながら、ひょろりとした魚人がこともなげに言う。
「好きに通れ」
「ちゃんと確認しなくてもいいんですか? 拒絶の石壁を出るときは何も失わない、戻るときは全てを失うっていう――」
「必要ない。見た通り、ここは機能してないからな」
石壁は壊れているというより、完成すらしなかった形跡がある。
建てている最中で何度も邪魔が入ったのか、もはや作業している人は誰も見当たらない。
この人も守主ではなく、治安維持兵ですらない。
誰でも通れるような門を見張っているのは、八地区からの侵攻だけを警戒しているからだろう。
「通ります」
門を建てようとしたと思しきところをくぐると、一層凍えさせる風。
陽光できらきらと輝く分厚い雪にも、血の跡が広がっている。
壁際には魚人と人間両方の遺体が無造作に転がり、凍ってしまうからか骨になったものや腐ったものは無い。
突然。少し離れたところに建っている物見櫓から、一本の鏑矢がヒューと鳴きながら飛んでいく。
嫌な予感に身を強張らせると同時、ボコボコと雪を割って地中から現れた人間たちが、槍を構え弓を構え僕に向ける。
すぐさま放たれた矢が牽制するように足元へ突き刺さった。
僕は急いで槍を捨て、裸になって訴える。
「僕は貴方たちを傷つけに来たわけではありません!」
槍を持った人が五人ほど、槍を構えたままにじり寄ってきた。
すぐそばまでにじり寄ってきた男が険しい顔で、すでに裸の僕を入念に調べる。
その表情から緊張が和らぐと、男は迷惑そうな顔で無言のまま服を押しつけ、未だに弓を構える仲間に短い言葉を叫ぶ。
「喰わざる者!」
喰わざる者。喰わざる者。
その言葉は合図のように広がり、みんな一様にくり返した。
僕はすぐに服を着て、槍を拾っていいのか逡巡する。
「悪く思うな。我々は争う以外のことを忘れた」
警戒を解いた男は無感情にそれだけ言うと、戻りながら櫓の誰かに手を振った。
今度の鏑矢はホーと低い音で飛んでいく。
八地区は、戦場だ。




