二章 八地区に差す光:僥倖だ
僕は八地区の人から謝罪されることもなければ、歓迎されることもなかった。
どうやら〝喰わざる者〟は敵でも味方でも客でもなく、ただ害のない人という意味らしい。
少しでも僕に興味を持った人も、一瞥しただけで地中へと戻っていった。
まだ来たばかりだ。もっとしっかりここのことを知りたい。
すぐに出ていったほうがいいのは分かる。でも僕は、八地区の中へ、中へと歩みを進めた。
建物は魚人の町で見かけた人間の家とよく似てる。
資源不足からどうしても小さく簡素なものが多いけど、打ち捨てられたような家は見かけない。どれも丁寧に手入れされ、壊れた壁もしっかり修復されてる。
貧しい町という印象に収まらなかったのは、色んなところに点々とある血の跡のせいだ。たまに血溜まりになった跡も。
通る人たちはどこかしらに包帯を巻き、敗戦の後にも続く追撃をどうにか凌ぎ続けている兵たちを見ているようだ。
「! 大丈夫ですか!」
目の前で倒れた男の人は、その中でもひどい。
「誰か! 医者を呼んでください!」
すぐに駆けつけた幾人もの人が、口を噤んで顔を見合わせる。
「そんなもの、とっくに死んだ」
苦悶の表情で答えた男の顔に絶望はない。
「では、医学の知識を持っている人か、そういった書物でもいいんです。手当てできる場所と、それから、道具と……」
必要なものが多すぎる。こんなところに全て揃っているとは、到底思えない。
安心させようと穏やかな顔を作ったつもりだけど、彼には僕が絶望していることが見抜かれてしまってる気がする。
「愛がどうのとうるさいやつが住んでいた。今はもう、いない」
アモーレだ!
僕はそのアモーレが医学に通じていたと信じ、医学書らしいものを片っ端から持ってきてください、と近くの人に叫ぶ。
簡単な止血くらいならできるかもしれない。
鎧も着ていない男の服を取り除くのは簡単だった。
驚いた。腹部に布が巻きつけられ、すでに手当てした跡がある。
ただ治療の質が悪かったのか、傷の具合はなんというか、ぐちゃぐちゃだ。
土のような痣のような、腐ったような色になってる。
「僥倖だ……」
なぜか男は微かに笑んで、目を閉じる。
しばらくして書物を抱えた人が走り戻った頃には、何もかも終わっていた。
「気に病むな。そいつには死ぬ準備ができていた」
近くにいた誰かが僕の肩を軽く叩くと、遺体を担いでどこかへ行ってしまう。
何も、本当に何も、できなかった。




