閑話:鱗の鎧
魚人の町に住む元騎士ラディレはまず、共に戦う同志を募った。
彼は魚人の中に鯨人への不信感を募らせる者が思った以上に多いことに驚いた。
そして武器を集める。これは簡単だった。
魚人は八地区との戦いを長年続けてきた。武器など余るほどある。
そしてもともと人間の住んでいた家々にそれらを隠す。人間嫌いに間違って見つからないような場所だ。
いくら鯨人が巨体と怪力の持ち主とはいえ、多勢で押し寄せればいずれ疲弊するだろう。
鯨人は人間を嫌っていない魚人まで八地区に送り出していた。だからこそ集まった同志たちだ。
しかしそれだけが理由ではない。鯨人は鮫人と人間の間にできたイサナという少年を長年にわたっていたぶっていたのだ。
魚人たちの中ではイサナもちゃんと同胞と認識されていた。
「卑劣なやつだ」
「力のない子供にまでひどい仕打ちを」
「母親の胎を引き裂いて取り上げたと知ったときはぞっとした」
「わざわざイサナが死なないように加減してる」
「ああ。間違って死んだらいたぶる相手がいなくなるからな」
むしろ魚人たちは、自分たちよりイサナへの加虐を許せないと考えているようだ。
そして真正面から庇ってやることができずにいる己を恥じている。
自分の身が一番かわいいのは人間と同じだ。
ラディレは言わなかったが、魚人たちは自らをそう蔑んだ。
イサナは知れば知るほど不憫な子だった。
人間と鮫人との間にできた子だと言うのに、鯨人と鮫人は凄まじく仲が悪かった。
そしてある日。鮫人はついに鯨人に殺されてしまったのだ。
しかも人間の女性は鯨人が連れ去り、家の中に軟禁して生活させた。
その時には魚人の町は人間が住むのに難しい環境になっていた。だから女性も逃げ出すことができなかった。
鯨人の人間への憎しみは筆舌に尽くし難く、いたぶるために飼われた女性も最後には殴り殺されてしまったという。
しかもそれだけでは飽き足らず、死した女性の胎は引き裂かれ、イサナは母と同じようにいたぶるために飼われた。
イサナは人間の母よりは頑丈だったが、それでもまだ幼い。
鯨人は今でも、間違って殴り殺さないよう上手に彼を飼っている。
「私の中にある先祖の念が言っているのだ。人間と結ばれるということは私の求めたものだった。それを叶えた同胞への仕打ちを許すな、と」
「俺の中にある先祖の念だって同じことを言っている!」
ラディレには先祖の念、というものがよく理解できなかったが、彼らに言わせれば先祖の念を言い訳に卑劣なおこないをするのは許せないようだということは分かった。
「私は鯨人を討つ。しかし魚人と同じ志を持ったことを誇りに思う」
魚人と共に生きよう。
そしてラディレは、鱗の鎧を身に纏った。




