三章 鱗のある少年:古紙のような覚悟
イサナはホークに連れられて、よく外を出歩くようになった。
ちょうどその頃から、魚人たちとの小競り合いが始まり、僕はあまり白い家を離れられなくなる。
少し不思議なのは、魚人が一人か二人ずつ来るだけで、戦いもそれほど激化することなく、彼らはすぐに逃げていくらしい。
死人が出ないのはありがたい。それでも怪我をする人はいるから、そうなると消毒くらいはしないといけない。
「パロマ! 今日は子供たちはいないのか?」
威勢よく白い家に入ってきたのはエトレだ。
「ええ。今日は天気が悪いからと喜んで出て行きました」
「なんだそりゃ。ああ、ホークは南のほうで育ったのかもな。雪が降るのは国中を見てもそう多くないらしい」
「イサナは魚人の町の出身ですが、ホークによく懐いているようです。彼も天気なんか気にしませんね」
窓の外に目をやると、ふわふわとした雪が際限なく降っている。
「これは雪かきを何度かすることになりそうですね」
「まだいいさ。うちは水場だから、すってんころりん何人の男どもが転んだか分かりゃあしない。慣れろっていうの、情けない。そういう私も、一度だけ転んだ」
エトレは肩をすくめながらも、その様子を思い出して笑う。
「それより気をつけたほうがいいぞ。ホークのやつ、イサナが魚人とのハーフだって言いふらしてる」
「それは本当ですか。あれほど言ってはいけないと……」
「一応お前の耳にも入れておいたほうがいいと思ってな」
「どうやら彼には人を見る眼があるようですが、帰ってきたら念を押しておきましょう」
「あれは意外と素直だがな。たまに強情っぱりだから、うまく言い聞かせるといいさ」
ホークは乱暴で雑なところこそあるけど、考えなしではない。
僕がイサナのこと周囲に言わないから、気を利かせたのかもしれない。
「まぁ私はホークの判断のほうが好みだがな、あれはうまい言い回しができないからそこが心配だ」
「うまい言い回し……。たしかに、駆け引きめいたことよりなんでも直球で言いますね。気に入らないことがあったら物に当たったり、舌打ちをしたり、そこまでいかなくても表情に露骨に出しますから」
苦笑いを浮かべる僕にエトレは笑い返してくれた。
「まるで小さいエトレを相手にしているみたいだ、とたまに思いますよ」
「冗談! あれは私よりはマシさ。それに私はあそこまで繊細じゃない!」
手を叩いて笑うエトレに元気が出る。
思えば彼女と話したあとは、いつも気分が晴れているのだ。
「私だったら気に入らなかったらパンチするね!」
「なんだかパンチで済むならいい気がしてきました」
彼女がその気になれば銛で一突きだろう。そうやって殺された魚人を何人か見た。
エトレは細かいことを気にしない。難しい駆け引きもしない。
でも分かる。彼女は僕の気を晴らしに来てくれたのだろう。
きっと訳ありの子供二人の他に患者まで診ているのは、彼女の目にはすごく大変なことのように映っているのだろう。
その心遣いが嬉しくて、この八地区を守り通さなければと改めて思う。
その決心も覚悟も、古くなりすぎた紙のように脆いものだと、この頃の僕にはさっぱり分かっていなかった。




