三章 鱗のある少年:ようやく覚悟が決まった
朝から昼にかけて、僕は八地区の様子を眺めて回った。
ここの人たちは働き者だ。みんなこんなに寒いのに見回りを続けている。
いつ魚人たちが攻めてくるかも分からない。
今のうちに食料を保存食に加工している人たちも多い。
争いが再び始まれば、それすらままならなくなってしまうかもしれない。
「よう。珍しいな。あいつらを見ていなくていいのか?」
エトレは水や魚を一度にどっさりとくれるから、会うのは久しぶりだ。
「もうだいぶ回復しましたから。それより久しぶりに外に出てみるのもいいかと思いまして」
「そうか。……近頃なんだか胸騒ぎがするんだ。最近の魚人たちはおとなしすぎる」
「そうでしょうか。僕にはこのまま平穏が続くように思えるのですが」
そうは思えない。これは願望だ。
「相談があります。少し難しい問題なんですが、前に来たケガのひどかった子についてです」
「ホークじゃなくて、あの白髪に黒い瞳の子供か」
僕は頷く。
「名前はなんというんだ?」
「まだ分かりません」
「まだ? 来たのはずいぶん前だが、名前が分からないとなると不便じゃないか?」
「そうですね。少し。いや、それ以上に、彼にはここ八地区にいるために不便な障害があるんです」
エトレは興味深そうに耳をこちらに向けて短く、言え、と囁く。
「彼は魚人と人間のハーフなんです。魚人からの迫害から逃れて来たのでしょう。彼はエトレにとって〝喰わざる〟でしょうか?」
なんだそんなことか、とエトレは拍子抜けしたように笑った。
「ハーフということは、魚人でも人間でもあるだろう。それ以前にまだ子供だ。私たちが子供にまで槍を突き立てると思っていたなら、心外だな」
たしかにホークのときも、あれだけ暴れたのに殺されずに済んだ。
八地区の人たちは僕が思っているよりもずっと寛容なのかもしれない。
ほっと胸を撫で下ろしながら、ひとまず非礼を詫びる。
エトレは豪快に笑うと、
「冗談だ。そんなに縮こまるな!」
バシバシと僕の背中を叩いた。
大八車を一人で動かす手のひらは痛かったけど、なんだか力を分けてもらった。
「だからあれは全く外に出てこないのか。そんな心配をするくらいなら、お前が連れ出してやれ。こいつは魚人と人間の子供だと言って回れ」
「さすがにそんなことをしたら、本人が嫌がってしまいますよ」
「するとあれか? 魚人の町にいたときと同じように、その子供にはこれからも出生を引け目に感じさせながら生かすつもりか?」
「そう、ですね……。本人と相談してみて、決めようと思います」
「そうか。お前が世話をしてるんだ。お前が決めてやってもいいと思うがな」
エトレは呆れたように笑う。
でもこれは笑い事じゃない。生死に関わるんだ。
それでも彼女の意見は新鮮で、僕にはない考えに、なんというか……。ようやく覚悟が決まった。
何があっても、彼らを守っていくのは自分だ、と――。




