三章 鱗のある少年:運命が彼を裏切ることがあったとしても
穏やかな日が続く。
昨日の晩は少し雪が降っただけで、それでもここは寒い。
ホークたちはちゃんと毛布を着て眠っていただろうか。
そんな些細なことを心配できるほど、僕の心は穏やかだった。
患者用の部屋も、今ではすっかり二人の部屋だ。
「うああっ! あ、あああ……」
その部屋から響き渡った声は、叫びとも呻きとも取れるもの。
急いで部屋に入ると、未だに名の知れぬ少年が頭を抱えて叫んでいる。
ホークは動揺しながらもぎこちない手つきで少年を励ましてやろうとしたけど、怯え切った少年はその手をバシリと激しく叩き返し、ベッドから転げ落ちるようにして部屋の隅に逃げる。
「何かしたわけじゃ、ないよね?」
ホークは焦ったようにこくこくと頷く。
「寝てたら急に叫びだして……」
少年は隅で小さくなりながら、ガタガタと震える自らの身体を抱きしめている。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……。ごめんなさい……」
僕は毛布を一枚取ると、彼から少し離れたところに屈む。
「大丈夫だよ。君が見ていたものは悪い夢なんだ」
きょとんとした目を向けると、夢? と少年はつぶやく。
「そう。夢だったんだ。少ししたら忘れられる、ただの夢」
笑いかけてみても、少年はまだ震えが収まらないようだった。
「おはよう。でも君はケガをしているから、まだ休もうね」
毛布に包んで持ち上げると、その震えが手から伝わってくる。
「温かいお茶を淹れてあげるね。珍しくくれた人がいるんだ」
ベッドに座らせると、夢……、と少年はまたつぶやいた。
部屋を出てお茶を淹れながら、彼のことを考える。
心に刻み込まれた傷は、身体に刻み込まれたものよりずっと深そうだ。
彼の心にあったのは激しい恐怖と、自ら命を絶ってしまってもおかしくないほどの罪悪感。
少年は鯨人に否定され続け、奇跡的に生き延び、そして奇跡的にここまで逃げて来た。奇跡的に、ここの人に殺されなかった。
奇跡がこう連続して起こることなどそうそうない。
まるで運命が彼を殺させまいと守っているかのように。
それにどんな意味があるのか、僕は記していかなきゃならない気がする。
いや、たとえ運命が彼を裏切ることがあったとしても、僕が彼を守る。
名も知らない、この少年を。




