三章 鱗のある少年:死してなお語る偉業
珍しくアモーレから使者が訪れた。いつも医療品などを運んでいる人とは別の、非常に軽装の女性だ。
彼女は連絡員をしていて、各地に散らばるアモーレが他の地方の情報を知るために活躍している。
僕たちアモーレは基本的にどこかに住んでいて、放浪するのは少数派だ。だから彼女のような人がいないと、他の町のことも同じアモーレたちのことも、あまり知る機会がない。
「イグニスは凄いですね。彼が作る家は、どれもよく機能してる」
「そうですね。家がいくつくらいあるのか、彼自身が把握していないのは困りものですが」
アモーレに上下関係は希薄だけど、尊敬を集める人の下は時々派閥が生まれる。
イグニスには食糧の生産と供給によって国全体を豊かにする、という目的がある。
彼は神族の中でも特に高貴な生まれで、城に住んでいたくらい力を持っていた。
でも滅んでしまった。それも、イグニスが旅に出ている間に。
彼は誰が自分の城を攻めたのか、なんてことに興味を持たなかった。
死んでしまったら生まれ直すだけだからと、歴史にも争いにも強い関心を持たない。
共に過ごした人たちの命が理不尽に奪われたのに。どうして怒りに染まらず挫折も覚えず生きていられるのだろう。
なんというか、こんなことを考えちゃいけないけど、不気味だ。
イグニスのことは嫌いじゃない。凄い人だと言ったのも嘘じゃない。それでも苦手なのは、僕に見えるものが感情だけだからなのだろうか。
何をどう考えたら国全体を豊かにしよう、という考えに至るのか。どうしてそれをひたむきに頑張れるのか。僕には到底理解できない。
もし頭の中の思考を見ることができても、きっと理解できないだろう。
「事を成し遂げる人というのは、何を考えているのか分からない人ばかりかもしれませんね」
「イグニス様の考えはパロマ様にも分かりませんか」
「僕は彼と比べられたり派閥のトップとして名前を並べてみるほど、偉業を成し遂げる器じゃありませんよ」
「そうでしょうか? 私にはパロマ様も分かりません。むしろイグニス様のほうが分かりやすいです」
「というと?」
「争いは貧困が生みます。イグニス様は豊かさを生み、争いが生まれない国にしたいのでしょう」
その考えには一理ある。でも全てじゃない。
ここは貧民街の中でも屈指の豊かさを誇る。川があるから、水や食料にほとんど困らない。
それでも争う。
「イグニスの城を襲った人たちは困窮していたと? 政治的なものとか、恨みがあったとか、信仰の違いとか、そういう理由でも人は争いますよ」
「……たしかにそうかもしれません。火の神は数多くの信仰を集めますから、一柱の神しか認めない異教徒や、世界を破滅させたくて鬼を信仰する者にとっては邪魔だったかもしれません」
「博識ですね。数多くの神を知る人は珍しいです」
「私はどこかで聞いた話を、別のところで話すだけです。ある意味、パロマ様のやっていることに似ている」
歴史は誰が読むのか分からない。誰も読まないかもしれないし、書き換えられてしまうことすらある。
ひどく頼りない。ひどく、やるせない。
「僕もそうすればよかったかな?」
「ご冗談を。死人に口無し。パロマ様は死してなお語る。偉業であり偉大です。誰かの日記を熱心に読む人は少ないでしょうが、あなたの日記なら求める人は非常に多いでしょう」
僕の心情を察してくれたのか、そんなことを言ってくれる。
虚しさを和らげる耳障りのいい言葉だ。でも――。
「それはそれで、困ったものです」
本当は知ってるんだ。
僕の日記を一番求める人は、きっと日記を処分する。
だから、信頼する人にしか託しちゃいけない。




