三章 鱗のある少年:彼は助かりに来たのか?
今日は天気が良く、ホークが散歩に出た。
魚人は本当にこちらへ侵攻せず、八地区からもしばらく攻め込んでいない。
このまま平穏が続くことはないのかもしれない。
それでも僕は、嬉しい。
綺麗に洗った大量のタオルや替えのシーツは、綺麗なまま棚にしまってある。
薬や脱脂綿なども減らず、それらを迅速にアモーレへと要請するために用意してある書類も、引き出しに入ったままだ。
時々怪我を診ることはあっても、ここに来る人たちのそれは順調に良くなっている。もっとひどい怪我をこさえてしまった、なんて人も滅多にいない。
八地区に踏み込んで以来初めての暇に、僕は名も知れない先達が残した医学書をぱらぱらと捲ってみる。
頭を捻りながら何度も読んだ数冊の医学書は、実は基本中の基本ばかりが書かれていた。
今になるとどうして読むだけで難しく感じたのか分からない。
せっかくの天気だから僕も見回りではなく散歩をしてみようと考え始めた頃だった。
突然ドアが乱暴に開かれ、慌てた様子のホークが僕を見つけて怒鳴るように言う。
「パロマ! ケガ人!」
僕はテーブルに広げていた医学書や書きかけの歴史を払い落とし、替えのシーツを一枚持ってきて広げる。
頭の片隅で先達に小さく謝りながら言う。
「ここに寝かせて!」
ついさっき在庫が減らないと喜んだ棚から消毒用アルコールや包帯、針と糸、それから痛み止めに鎮静剤を取ってくると、椅子の上にがちゃがちゃと置く。
「棚にタオルとか脱脂綿とか色々あるから、とにかくふかふかしたものを集めてきて!」
持ち切れなかったものを持ってくるようホークに頼みながら、僕は彼が運んできた少年の顔を見る。
驚いたことに、少年はこの町の人間じゃない。そして、知った顔だった。
鯨人のところの……名前はなんだったっけ?
あの人のところから逃げてこられたんだ。鯨人はついに討たれたんだろうか。
とにかく彼を死なせちゃいけない。やっと魚人の町から逃げて来た少年が八地区の人に殺されるなんて、悲しすぎる。
考えながら冷えないように下腹部より下に毛布をかけ、ボロボロの服をハサミで切り裂いて身体を診る。
ここに来る人たちはほとんどが怪我人で、病人じゃない。
勝手に動くような手は消毒液を取りながら、目はその身体に向けたまま、逸らすことができなかった。
「これ……。ねぇ、ホーク。この子はここの人が傷つけたの?」
魚人と人間の争いがなくなることを望んできたはずなのに、僕は、そうだったらいいなと少し思ってしまった。
そう。少年の身体には、彼が魚人である証、鱗がある。
「あ、えーっと……。多分、違うと思う、けど」
予想通りだったホークの返答にがっかりした。
八地区の人間は槍や弓で戦う。あとは剣を使う人も少し。
でも少年の怪我は、どれもこれも殴打の痕。腫れてるところと、不気味に彩るような痣。赤黒い。黄色い。青い。
そして折れた歯と、抉られたような裂傷。
どう見てもこの裂傷は人間の仕業じゃない。
例えば鋭い爪を持った獣に襲われたような、そんな怪我だ。
「あっちの人たちはどうして……」
魚人の仕業かどうかは分からない。それでも僕の口からは、そう漏れた。
少年の怪我はそれなりに古いものが多い。これは鯨人から受けた暴力かもしれない。
じゃあ新しい怪我は? 鯨人はまだ生きている?
少なくとも彼は、同じ魚人に助けてもらえず、あるいは助けを求めず、わざわざ人間ばかりがいる八地区に逃げて来た。
彼は助かりに来たのか? それとも――。




