二章 八地区に差す光:祭りが近い
あくる日。いつも通り昼過ぎに石壁に向かう。
魚人は頻繁に攻めてくる。だから僕は平和を求めて、戦場に赴く。
戦場では戦士と医者が求められる。
劣勢なのはやっぱり八地区のほうで、僕は戦士になるか医者になるかの選択を迫られた。
戦える人はもういない。死んでしまった人と、大怪我を負った人。
いつも通り、軽傷の人に医者を一旦任せて、僕は槍を握り直した。
魚人の町からも二人の死者が出た。死体のほとんどは人間。
残る魚人は二人。弓を構えた人と斧を構えた人がそれぞれこちらに鋭い目を向ける。
たった四人で攻めて来たのか。
「こんにちは。お久しぶりですね」
「久しぶり……? お前、あの変わり者の人間か!」
鯨人のことを教えてくれたお兄さん(お姉さんだったっけ?)は親しみのある笑みを浮かべる。
「知り合いか?」
「一度話しただけだ。やりづらいが仕方ない」
「そうか。殺していい人間だな」
もう片方の斧を持っているのは、ずんぐりと重そうな体格の、立派な髭が二本ある魚人。
髭の魚人は強い憎しみを僕に向けている。鯨人に見たものより複雑じゃなくて、同じくらい強い感情。
「無い尻尾とやらを振ってみるか?」
「そうしてもどうにもならないでしょうし、そうする気もありません」
「思っていたより見上げた人間だ」
お兄さんが答えて弓を構え直すと、髭の魚人が突進してくる。
斧を振り上げる腕に狙いを澄ませると、途端に矢が三本も飛んできた。
横に避けて二人の攻撃を避ける。避けた先に飛んできた矢は槍で弾く。
髭の魚人はそんなに速くない。僕は次の矢を射ろうとするお兄さんに向かって走った。
次々と飛んでくる矢を弾きながら、後ろから追いかけてくる重い足音に耳を澄ませる。
五歩くらいだろうか。
最後の矢を弾きながら振り返り、髭の魚人の首に向かって槍を突き出すと、肩に命中する。
背のほうから飛んできた矢を避ける。目前の腹に刺さり、髭の魚人は膝をついた。
左側に回りながら胴体を切りつけつつ、続けざまの矢を柄で弾く。
髭の魚人の真後ろまで回り込んで、その首をもう三度深く刺すと、ようやく倒れ込んだ。
「あとは貴方だけです、お兄さん。こっそり逃げるなら気づかないふりをしましょう」
「ならそうしよう。勝ち目はなさそうだ」
「魚人たちのご遺体はどうしますか?」
「好きにしろ。魚人は死骸を弔わない」
「町に戻る前に一つ教えてください。お兄さんは、人間を憎んでいますか?」
「今は別に嫌いじゃないが、同胞を殺したお前は憎い」
そうは言っても、意外なことにお兄さんからは強い憎しみを感じない。
「先祖の念というものは呪いだ。俺は今のところ免れてる。だがそいつはそれに憑りつかれていた。憑りつかれた者が死ねば、別の同胞へと宿る」
それじゃあ、争いがなくならないわけだ。
なんてこった。もし鯨人を討てたとしても、同じような魚人が生まれるだけじゃないか。
「俺たちもお前の同胞を何人も殺した。だから同胞を殺されても文句は言えない。先祖の念が宿る者は、そう思わないだろうがな」
油断なくじりじりと後退して、お兄さんは僕の槍が届かないところまで行くと、くるりと背を向けて走り出す。
「それから俺は女だ。じゃあな! 二度と顔を合わせないことを祈る!」
「し、失礼しました! 色々と教えてくれてありがとうございます!」
「張り合いのないやつだ!」
石壁の向こうへと消えていったお姉さんは、最後に一本の矢を飛ばす。
足元に刺さったそれには紙切れが括りつけてあった。
〝休息。祭りが近い〟
妙な文だ。でもこっちにとっては都合がいい内容。
「……パロマ?」
振り返ると、思いもしない姿。
ホークだ。彼はいつから見ていたんだろう。
来たばかりだとしても魚人を殺したとは思うだろう。八地区の人たちはもう、退いていったのだから。
「これでしばらくは、ここの平和も続くね」
「たまにどこかに行くのは、こいつらを殺すためだったのか」
ホークは怯えも嫌悪も見せない。見慣れた光景なんだろう。
死体より僕が持つ紙片に目を向けるから、なんだか彼のことが余計心配になった。




