二章 八地区に差す光:今度こそ助けるんだ
シーツを畳んでいると、ノックもせずに慌ただしく人が入ってきた。
「パロマ。手を貸してくれないか?」
「また侵攻ですか」
「今日は事情が違う。とにかく来てくれ!」
ついに鯨人が自ら乗り込んできたんだろうか。
僕は畳みかけのシーツをベッドに放って槍を手に取り、昼過ぎの穏やかな日差しの下に出た。
連れて行かれる先から怪我人が逃げ延びてくることも、戦いの声も、激しく剣が打ち合う金属音もない。
確かにいつもと様子が違う。
僕らは拒絶の石壁まで走る。そして辿り着いた先に見えたのは、緊迫した空気の中で散り散りに誰かを囲む人々。
大怪我を負いながら獣のように低く構える、紅い瞳の幼い少年が目を引いた。
「来てくれたか。あいつをどうする、パロマ」
「大変なケガだ。早く手当てしないと」
「見張りがこいつを調べようとしたら、突然暴れだしたんだ」
「大ケガをすると錯乱しやすくなります。でも、本当に調べようとしただけですか?」
近くの数人が頷く。
少年の数歩離れたところには二本、警告の矢が突き刺さっている。ここの人たちが部外者に止まれという意味で放つものだ。
僕はみんなにもっと離れるように言うと、少年にゆっくりと近づいた。
少年の目は焦点が定まっておらず、頭や腕、足からもひどい出血が見られる。
かろうじて意識を繋ぎ止めているものは、剥き出した牙に似合わない恐怖心。
「恐くないよ。君の手当てをしたい」
少年の瞳に怒りと殺意が混ざり始める。僕たちを敵だと確信している目だ。
僕は槍を遠くに放り、近くにいる人に言う。
「毛布を二枚と、タオルをできるだけたくさん。それから包帯と、針と糸がほしい。あと、お湯を沸かしてきてください」
たくさんの頼みものに嫌な顔もせず、近くの数人が走っていった。
すぐに戻ってきた一人から毛布を受け取り、僕は少年にもう少しだけ歩んで屈んだ。
「できれば温かいところに連れて行きたいんだけど、ダメかな?」
言葉が通じている様子はない。
少し前なら追い払うかほったらかしにしたであろう人々も、事の成り行きを見守っている。
もしかすると、それが良くないのかもしれない。
「みなさん、解散してください。三人ほど手伝ってくれると助かります」
指示を聞いてぞろぞろと人がいなくなると、ようやく少年の緊張が少し緩んだ。
僕は驚かせないようにゆっくり、彼の目の前まで近づく。
すると突然、朦朧としていた少年が飛びかかり、がぶりと僕の左腕に噛みついた。
「……っ!」
本当に獣みたいだ。
めきめきと骨の軋みが聞こえる。狼にでも噛まれたように腕から血が流れ出し、けどそれ以上の血が少年からボタボタと落ちる。
「パロマ!」
槍を渡そうとした男性に人差し指を立てて静かにするよう合図をすると、腕を噛まれたままその場に座る。
この際このままでいい。これ以上はもう動かしたくない。
右手で毛布をかけてあげると、腹部に強烈な痛みが走る。
今度は蹴られたらしい。肋骨が二本ほど折れた。
「げほっ! ぼ、僕に、助けられてくれないかな? なるべくおとなしく」
毛布で包み直し、僕は後ろから抱きかかえるように押さえつけることにした。
さっきのは最後の力を振り絞った一撃だったのか、抵抗は弱い。
もう一枚の毛布を地面に敷いてもらって少年を移動させる頃には、噛む力が弱まっていたから腕から外した。
呼吸が浅く速いものに変わり、開いた瞳孔に冷たい汗。とにかくまずい状況だ。
ようやく頼んだものが全て揃い、僕は少年を抱え上げて一番近くの家に運び込んだ。
今度こそ、助けるんだ!




