二章 八地区に差す光:共存することは、できない
白い家に帰って、僕は床に描いた。
犠牲の印。
八地区を侵攻した魚人たちを殺したのは、一人のアモーレとしての義務だったかもしれない。
それでも印を残すのは僕の感情だ。
真っ白だった白い床に、僕の感情はずいぶん増えた。
最近は感情の勝利が続いてる。それに伴って、ペンを執ることも減ったように思う。
ここの人たちはいつも傷ついている。でもそれが当然になって久しいからか、自分が傷ついていることに気づかない。
一見しただけじゃ彼らの中に渦巻く怒りや憎しみは、分からないかもしれない。
彼らを治療していてつらいのは、治しても新たな傷をすぐ作ってしまうことだけじゃない。
笑顔、喜び、感謝。
いい感情は上辺に作ったものじゃないはずなのに、まるでそう見えるほどの憎しみが、肉体の傷よりも痛々しいんだ。
人間と魚人の共存は難しい。人間はきっと、故郷を取り戻しても魚人と仲良くはなれない。
人間は魚人を虐げた。魚人は数多くの人間を殺した。
もし魚人が先祖の念から解放されても、もう取り返しがつかない。
始まりはただ、誰かが誰かに恋しただけのことなのに。
種族間の壁を超えて愛し合うことは素晴らしいはずなのに、どうして全ての人間がそれを祝福できなかったんだろう。
魚人にヒレがあるから? 皮膚がねばねばだったから? 腕が六本もあるから?
僕は魚人のことが嫌いじゃない。人間のことも、嫌いじゃない。
どちらにも嫌いな人というのはいるけど、種族を嫌ったわけじゃない。
だから僕には分からない。両者の感情をすぐそばで見ても、さっぱり分からないんだ。
みんなの気持ちだけはよく分かる。八地区に長く住んでみて、人間側に共感することも、増えすぎて困るくらいだ。
僕は流されないよう、自分の感情を見失わないよう、心を鋼にするのが精一杯で。
ここに平和をもたらすには、両者の力を均衡にするしかない。どちらが勝っても駄目だ。
共存することは、できない。




