二章 八地区に差す光:横槍を入れてるだけ
ふかふかの雪が地面の雪に重なる中、あるところでは落ちてすぐ融ける。
融ける。融ける。いくつも融ける。
まだ僅かに息のある足元の誰かが、力を振り絞るように空気を大きく吸って、吐いた。
何人もの〝誰か〟が血を吹き出しながら〝何か〟に変わっていく中、僕は見覚えのある人と対峙していた。
「お前、ここにいたのか。本当に、信用できる人間なんていないんだな」
「……もし八地区ではなく魚人の町が劣勢だったなら、僕はあなたたちと共に戦っていたでしょう」
そのおじさんは魚人で、とても大きくて、ねばねばしていて、魚人の町で最初に声をかけてきた人だ。
あのときは少しも警戒していなかった目が、僕の一挙手一投足を鋭く捉える。
「じゃあこのまま魚人が劣勢になれば、仲間を裏切るつもりか!」
「僕は一人で勝手に戦ってるんです。誰に頼まれたわけでもなく、中立の立場で横槍を入れてるだけです」
魚人のおじさんは少し考えると、怒りを忘れて笑い出した。
「つまり邪魔者ということか! わっはっは! じゃあ殺されても文句は言えんな!」
「そうですね。おじさんは殺されてしまう恨み言を、僕に言えばいいんです」
まいった。そう言って手のひらで顔を覆うと、次の瞬間には魚人の純粋な殺気が僕に向けられる。
僕の頭はおじさんのへその高さ。巨大な剣の切っ先はずいぶん高いところにある。
こちらに突進してくる巨体を、横薙ぎを警戒しながら左に避ける。
予想通りに中腰に構え、放たれる横薙ぎ。
僕は剣の上を転がって、胸に向かって浅く槍を突き出した。
ねばねばの左手が僅かに刺さっただけの槍を払おうとし、僕は槍を折られないよう素早く引いて、今度は額に向けて突き出す。
おじさんがのけぞって避ける。
僕は剣から転がり下りて、態勢を崩したその足を突き刺した。
呻きながら膝をついた巨体の胸を、今度は深々と刺す。
苦しそうに両手をついたおじさんを見て僕は、ようやく頭が同じ高さに降りてきた、と思った。
「停戦できませんか?」
おじさんは突然の提案に大きな瞳を見開く。
そして、諦めたように小さく笑うと、首を横に振った。
「……そうですよね。分かっていた気がします」
朱槍の先端は首を貫き、額を貫く。
倒れ込んだ巨体は何度も泡立った血を吐き、いつまでもぴくぴくと動いている。
魚人を即死させるのは難しい。頭を落としても少しの間は動き続けるくらいだ。
周りで蠢いていた半死半生だった魚人たちは、もうほとんどが死んでいる。
しばらくしてようやく死んだ巨体のおじさんは熱を失い、また〝何か〟が増えた。
ふかふかの雪が融けずに積もっていく。
積もる。積もる。いくつも積もる。
インクを消して白紙へと戻すように。
優しく、優しく。




