二章 八地区に差す光:僕の意志はどこから来た?
あれからいくらかときが経ち、少しだけこの地区に馴染んだ。
「先生。ケガを診てくれ」
医者と呼ぶには拙い僕を、ここの人たちは医者として扱うようになった。
比較的軽い腕の怪我を消毒して、包帯を巻きながら考える。
僕のことをどこかからか流れてきた不思議な旅人と思っている人は多い。けど、歴史を記すために来たとは誰も思ってない。
もし知ったとしても、誰もがっかりしたり軽蔑したりしないだろう。
でも僕はひた隠しにした。
「そう呼ぶのはやめてください。僕は医者じゃないし、そう呼ばれるほど偉くもない」
「パロマさんは謙虚だな」
男性は捲った袖を戻しながら言った。
「できれば敬称をつけるのもやめてください」
「どうしてだ?」
「そのほうが、少しだけ近くにいるような気になれるんです」
男は肩をすくめると、もう一度笑う。
「不遜な俺でも敬うことができると思ったんだがな」
手当てが済んだ男はそれほど気にした様子もなく、白い家から出ていった。
ここは心地いい。
空虚だった白い家と僕の心に、雪のような優しさが少しずつ積もっていく。
誰も僕を歓迎しなかった。誰も僕を、追い出さなかった。
ここにいたいなら好きにすればいい。好きなときに出ていけばいい。
その冷たさが妙に心地いい。まるで敷き詰められた綿のようだ。
ずっとここにいたい。もっと医学を磨いて、本当に医者になるのもいい。
でも僕はペンを執り槍を取る。
この槍には刃のところに朱色の飾りがついてる。〝朱槍のパロマ〟の由来だ。
槍術は得意だけど、この槍や飾りは血を吸ったことがない。
僕の腕を見込んでくれた人は度々、槍術を舞と同じように扱っているのが残念だと言っていた。
どんなに凄惨な出来事があっても、どんなに槍術の才に恵まれても、僕はもっともらしく文字を並べる。
ペンを握るたびにどこかから聞こえるんだ。
〝持たざる者が命を賭して戦っているのに、持つ者の役割は紙を汚すだけか〟
この声は僕の心から聞こえてくるだけだ。僕のことが嫌いな人でも、そんなことは言わない。
偉大なことだと言ってくれる人はたくさんいた。大事なことなのだと僕も信じてる。
じゃあ、頻繁に僕の心と喧嘩している僕の意志は、どこから来た?




