第97話
「兄上、父上は正気なのか?」
「あぁ」
兄上は短く、肯定の返事を返す。無口なのは変わらないようだ。
「あれがお前様の兄・・・お前様の背中に傷を刻み、恐怖を植え付けた張本人・・・!」
「サクラ、爪をしまってくれ」
「何故だ! 奴は今にも我らを殺そうと、殺気を放っているぞ!」
「俺が思うに、兄上は敵じゃない」
兄上はその言葉に、ピクリと眉を動かした。
「それは俺など、お前達の相手にならんと言うことか」
「違う」
「では武器を取れ、拳を構えろ。この先には、父上の元には誰も通さない」
「違う、兄上。違うんだろ」
兄上は剣を引き抜き、俺達に向かって構えた。
サクラもナナも構えを取る。だがリーリャンは俺の隣で、静かに兄上を見据えていた。
「【剣聖】ベレッタ・バレンタイン」
「牙爪魔王サクラ! お前を殺す!」
「勇者ナナ・ベルフェゴール! 二対一でも悪く思うのであります!」
「待てって言ってるだろ!」
俺は二人の頭を引っぱたき、戦いを止める。
「いってぇ!」
「何するでありますか!」
「兄上! 話がしたい!」
「話す事などない! 俺を殺せ!」
「あの夜の事だ!」
兄上の動きが止まった。
「あの夜、俺のギフトのせいで家を追放されたあの日だ」
「・・・」
兄上が唇を噛み締め、顔を歪める。
「あの夜、父上は俺を殺す様に命じたはず。兄上はその命令に従い、俺を追った。そうだよな」
「あぁ。バレンタイン家において、父上の命令は絶対だ」
「ならどうして俺にトドメを刺さなかった」
「・・・トドメを刺さずとも死ぬと判断したからだ」
「父上は自分の汚点を許さないはずだ、その報告を聞いたら父上は自ら俺を殺しに来たはずだ」
「・・・全てお前の勝手な推測だ」
「あぁそうだ、推測だ。兄上は父上に、《《俺を殺したと言う嘘の報告》》をしたんだ」
兄上は剣を握ったまま、切っ先を下ろした。拳を握り締め、苦しそうな表情で俺を睨んだ。
「ど、どうしてそんな事をしたのでありますか?」
「俺に生きてて欲しかったんだろ? 俺をバレンタイン家と言う呪縛から、解き放ってくれたんだろ。言ってたよな、《《戻ってくるな》》って」
「黙れ、黙れ黙れ黙れ!」
兄上は剣を振り回し、俺に向かって突き付ける。そして、一歩一歩確実にこちらに近付いてきた。
「みんな、手を出すなよ」
「わ、分かった」
「兄上!」
「黙れ!」
「兄上は昔から口下手で、無口で無表情! その上俺と関わってこない!」
「そうだ! お前に関わる程の価値も無い、俺にとっては目障りな存在だったからだ!」
「そんな奴に!」
兄上の剣が、俺の喉元に突き立てられた。
「そんな奴の誕生日でも、祝ってくれるんですか?」
「ッ! それはっ・・・」
兄上の剣がブルブルと震える。
「俺、この旅で成長しました」
「・・・」
「あの夜は俺にとっては怖くて、思い出したくない記憶でした」
「・・・あぁ」
兄上は剣を下ろした。
「でも成長してから思い返すと、兄上の行動にはおかしな点があった。解釈を《《ひっくり返せば》》、俺への優しさが見て取れた」
「・・・あぁ」
「レニィの街でもそうだ。あの後父上が来る事を知っていて、俺を逃がそうとした。言い方は乱暴だったけどね」
「そうだな・・・すまない」
「兄上、俺の事どう思ってる?」
「・・・」
兄上は、静かに涙を流した。
「大切な、弟だ」
「俺も、兄上の事は尊敬してるよ」
「うぅ・・・うぁぁぁ!」
兄上は号泣し、剣を手放して俺を抱き締めた。俺も兄上の肩を抱き、背中を優しく撫でた。
「すまない、すまない。助けられなくて、不甲斐ない兄で本当に・・・」
「謝らないでくれよ兄上、兄上は出来るだけの最大限をしてくれたよ」
「それでももっと、何かしてやれたはずなんだ。そうすればお前に辛い旅を強いる必要はなかった・・・」
「大丈夫、俺の旅は楽しいものだったよ。みんなも居てくれたしな」
兄上は俺から離れ、サクラ達に頭を下げた。
「今までジハードが世話になった、本当にありがとう」
「よせよ、我はただ伴侶の為に旅をしていただけよ」
「は、伴侶?」
「あぁ、紹介するよ。俺の相棒のサクラだ」
「恋人だ。よろしくな、義兄上♡」
「そ、そうか・・・お前にもいい相手が見つかったんだな」
サクラは俺の肩に手を乗せ、頬に頬擦りしてきた。その様子を兄上は驚愕の様子で見つめていた。
「はい! 次はナナであります! ナナ・ベルフェゴール、勇者であります!」
「さっきも言っていたな」
「旦那様とは共に魔王を狩る仲であります!」
「だ、旦那様!? お前・・・」
「あー! 違うであります! 主様の旦那だから、旦那様であります!」
「あぁ、そういう事か・・・」
兄上は冷静に頷き、自分の眉間を摘んで正気を保った。
「僕はリーリャン。レニィの街からの付き合いだが、一応ジハードくんとは恋仲だ」
「ジハード!?」
「リーリャン!?」
「ははは! つい面白くてからかってしまった、すまないね」
「・・・愉快で素晴らしい仲間が見つかったんだな、ジハード」
兄上は笑顔を浮かべ、俺を見つめる。
俺も自分の仲間が兄上に認められたようで、とても誇らしい気持ちになった。
「兄上、父上は・・・」
「父上はこの奥だ、お前達を待っている」
「何があったんだ? あんな事言い出すなんて、正気じゃない」
「いや、正気だ。父上は本気で、世界中の生命体を殺す気だ。自分の力の照明のためにな」
「止めなきゃ。兄上も力を貸してくれ」
「それは出来ない」
兄上は、俺の提案をキッパリと断った。
「俺は父上に逆らえない。ジハードの様に、恐怖を克服出来ないんだ」
「そうか・・・なら待っててくれよ、兄上」
「あぁ、ここでお前達を待つ。誰にも邪魔はさせない」
兄上は門を開ける。土埃が舞い上がり、暗黒空間の様に俺達を誘う。
「行ってくる」
「ジハード!」
歩き出そうとした俺達を、兄上が呼び止める。
「父上の力には何か秘密がある。それを攻略しろ」
「分かった」
兄上はまた剣を地面に突き刺し、俺達に背を向ける。迫り来るゾンビの大群を前に、兄上は門を閉じた。




