第89話
「あーあー、逃げちゃったか」
俺達の背後で声が聞こえた。
「・・・エル!」
「はい、もちろん私ですよ」
エルは当然と言った様子で、そこに立っていた。
「Mはどうしました?」
「多分逃げたよ、時間魔術? でな」
「あぁ、そうですか。まぁいいでしょう」
エルは大きく欠伸をして、要塞の崩れた部分から外を見る。
「この崩れ方、尋常じゃないですね。エクスカリバーでも使いました?」
「俺たちじゃない、外からだ」
「あぁ、やはり。援軍としてやって来た人間族の中に化け物がいるみたいですね」
「・・・我らもよく知っている化け物がな」
「楽しくお喋りしてる所悪いでありますが、ぶち殺されるって覚悟して来てるんでありますよね?」
ナナが大剣の先をエルに突き付ける。エルはその切っ先を指で押し下げ、笑みを浮かべた。
「私達の計画では貴方達が参戦するのは人間国に踏み入った頃と予想されてました、魔王の投入と同時にゾンビやギフター達が有利に戦えるようにと準備を進めていました」
「別に俺も人間国に手を貸そうとはしないよ」
「それに獣人国がこんなに手強いとも思いませんでした、スパイの報告によれば士気は低いと聞いていたのですが」
「我らが鼓舞した、それに獣人達も身体能力は元々高い」
「人間軍の援軍も予想外です。こんなに早いという意味でも、あんな化け物がいるという意味でも」
「それは僕達も予想外だ、獣人王国軍からもそんな話は無かった」
「何はともあれ七騎士は私を除いて全滅、Sもさっきの一撃で体の半分が消し飛び死にました。もう城は動かせません」
「吉報でありますね、すぐお前も殺して全滅させてやるであります」
エルは両手を打ち鳴らす。すると、巨大なブラックホールが開いた。
「災厄魔王ボーディガン様に用があるんでしょう? こちらへどうぞ」
「どうしてエルを信用しなくちゃならないんだ」
「まぁ、着いてこなくてもいいですけど・・・ここからは行けませんよ?」
「まぁまぁお前様、ここはあえて策に乗ってやろうじゃないか」
「本気かサクラ?」
サクラはブラックホールの中に飛び込む。そして、首だけを出して笑って見せた。
「大丈夫だ、着いてこい」
「主様がそう言うのなら」
「ここ以外行ける場所も無さそうだしね」
次にナナが飛び込み、リーリャンもそのブラックホールに飛び込んだ。
エルは最後に残った俺を見つめる。
「・・・分かったよ」
俺も同じ様に、ブラックホールに飛び込んだ。
ブラックホールの中は当然真っ暗で、サクラ達の姿しか見えなかった。
「暗いであります!」
「すげぇ広いぞ! やっほ〜!」
「はしゃぐな君達! クソ、炎を出しても暗いままだ」
「それじゃあこちらへ、着いてきてください」
エルもブラックホールの中に現れ、ゆっくりと歩き出す。俺達はその後ろに着いて行き、ブラックホールの中を進む。
「そうですね、少し長いのでお話でもしましょうか」
「なんだ? 漫談でもするのか?」
「しませんよ。七騎士の話でもしましょうか」
エルは俺達に振り返らず、ただ前だけを見て歩いている。
「七騎士は本来、対魔王用に作られた役割でした」
「対魔王用!? あんな雑魚どもが!?」
「そう言わないでください、あくまで魔王と相性のいいギフトを持った者を当てはめただけですから」
「お前達のそのギフト至上主義、弱いからやめた方がいいでありますよ」
「その意見には賛成です、ギフトが全てじゃないですから」
エルは以外にも、ナナの意見に賛成した。そのギフトへの過信をする体制的に、てっきり否定すると思っていたのに。
「結局魔王はほとんど討ち取られた、貴方達の手によってね。これじゃあ七騎士は無用の長物です」
「計画性が無さすぎないか? 君達は一度勉強というものをした方がいい」
「貴方達ボロクソ言いますね!? 泣きますよ!?」
エルは涙目で振り返り、俺達に唾を飛ばしながら叫ぶ。俺は何も言ってないが、少し罪悪感が生まれる。
「ぐす。私はボーディガン様に救われた存在です、あまり酷く罵らないでください」
「何だって?」
「私の生まれはエルフの国の片田舎でした」
突然、エルは自分語りを始める。
「生まれてすぐに農業に勤しみ、日々汗を流して働いていました」
「急に何の話だ?」
「そして運命の日、洗礼の儀です。私はギフトを授かりました」
「エルフの国にもあるんだな」
「いえ、古い考えで原始的な暮らしを重んじる種族ですから。ギフトなんかはまだ新しい物扱い、忌避される物です」
エルはブラックホールの空間に手を突き出すと、虚空から鎌と鍬が合体した物を取り出した。
「私はそうは思いませんでした。ギフトを使い、日々の作業を効率化しようとしました」
「まさか」
「えぇ、異端児扱い。村ぐるみで壮絶な《《躾》》を行われました」
エルは服を捲り上げる。その背中には、鞭や無数の切り傷が痛々しく残っていた。
「何度訴えても考えを改めない村のエルフ、私を助けもしない同族、二十年以上にも渡るその行為に、私は限界を迎えました」
エルは両手を打ち合わせる。
「村の全員、くっ付けました」
「・・・」
「大きな肉塊になりました、誰も区別なく合わさりました。呻き声を上げるだけの。結果指名手配、逃げ回る羽目になりましてね」
「その時、か」
「えぇ、その時ボーディガン様に出会いました。私を認めてくれた、私のギフトを有用な物だと理解してくれた、私を連れ出してくれた! それが私の動機です」
「他の七騎士もか?」
サクラの問いに、エルは小さく頷いた。
「みんな、ギフトのせいで不幸になった者達です。ギフトは所詮異能、神から与えられた未知の力。それは世界に今も、不幸をもたらしている」
エルは大きなブラックホールの前で立ち止まる。
「だからボーディガン様は世界を支配するのです。世界を支配して、ギフトを管理する。求める者には求めるギフトを与え、望まぬ者からはギフトを奪う。ジハードさん、あなたにも理解出来るはずですね?」
エルは俺の目を見て、俺だけに語り掛ける。
俺は唾を飲み込み、拳を握る。
「・・・」
「ギフトのせいで全てを失った貴方になら、分かるはずです」
「お前様?」
「・・・」
「私達の世界に賛成出来るのならば今、引き返してください。今ならまだ間に合います」
「俺は・・・」
俺は、一歩も動けなかった。
「お前様、帰るか?」
「サクラ・・・」
「我は・・・それでもいいぞ」
サクラは予想もしていなかった言葉を投げかけてきた。
「この旅は元から、お前様の願いを叶えるための旅。復讐の手段にすぎない、お前様の気が済んだと言うのなら・・・帰ってもいいぞ!」
「サクラ・・・」
「ナナは魔王を倒すのが使命であります! でも、主様と旦那様がそう言うのなら・・・諦めるのもやぶさかではないでありすね!」
「ナナ・・・」
「僕は君達に恩を返す為に旅をしている。君達が帰ると言うなら、それに従うよ」
「リーリャン・・・」
「さて、ジハードさん。どうしますか?」
もう一度、エルが俺に投げ掛けてくる。
「お前様」
「旦那様」
「ジハード」
三人が後ろから声を掛けてくる。
俺は。
「・・・」
後ろから、俺の背中を押すように風が吹いた。
「ごめんみんな、もう少しだけ付き合ってくれ」
俺は一歩を踏み出し、ブラックホールを抜けた。




