第74話
振り抜かれた拳は煙を放ち、我はその場に膝を着く。
全身全霊、最大にして最後の一撃。
我に迫っていた死神の影も、その死神本体も跡形もなく消し飛んでいた。
神殿の壁は玉座ごと消し飛び、光に包まれた海が見える。
「そうか・・・」
拳から放たれた光の破壊跡、その中心にピースはまだ立っていた。
我の足元から、体が分解されていく。我の存在を担保に放った最強の一撃、その代償だ。
我は即座に自分に手のひらを当てる。
「【反転】」
弾かれる様に俺達は分裂する。俺は自分の体が消えていっていないかを確認し、安心する。どうやらサクラも消えはしていないようで、体を起こしてバイオレットを見つめている。
「あの一撃でもダメだって言うのかよ」
「いいや、割れるぞ」
サクラが小さく呟く。その言葉通り、バイオレットの周りに展開されたバリアにヒビが入った。
ヒビは伝播し全体に広がり、バリアが粉々に吹き飛んだ。
「ここまでとは・・・」
「バイオレット、もうここまでだ」
「いいえ、まだ私は負けていません」
「いいえ、お前は終わりです」
邪悪な声が響いた。いつの間にか、バイオレットの背後にエルが立っていた。
エルが手を伸ばしバイオレットに触れた瞬間、光が溢れ出した。
「やったぞ! 《《取った》》!」
「くっ!」
バイオレットは杖を振り抜き、エルを殴打しようとする。しかし、エルの周囲にはバイオレットのバリアが展開された。
「一部しか奪えませんでしたが、これで十分。いい手土産が出来ました!」
神殿の奥にブラックホールが展開される。
「同盟はここまでです! ご協力ありがとうございました」
「おい! どこにいく!」
「いい事を教えて差し上げましょう、大戦争は既に始まっています。次に会う時は敵同士です、ジハード! サクラ、ナナ、リーリャン! はははははは!」
エルは高笑いを残し、ブラックホールの中に消えていった。その瞬間、激しい地響きが鳴り響く。神殿の壁は崩れ始め、空間にヒビが入り始めた。
「やられました。私のギフトの一部を奪われました」
バイオレットがポツリと呟く。
「このユートピアは私のギフトで形作られている物、時期に崩壊して消え去るでしょう」
「おい待て、中にいる人間はどうなる!」
「消えるでしょう、私諸共ね」
「冗談じゃない! 逃げるぞサクラ! ナナ、リーリャンも!」
「逃がすわけがないでしょう」
バイオレットの杖が地面を打ち鳴らす。いつもの様に杖で地面を叩いたのではなく、バイオレットは杖を投げ捨てていた。
「ここから出たければ私を殺すしかありません」
「おい、本気か?」
「えぇ、本気ですよ。フェンリル」
バイオレットは拳を握ってファイティングポーズを取る。
サクラはそれに応える様に、拳を握った。
「我にやらせろ! 手出しは無用だ!」
「分かった。頼んだぞ、サクラ」
俺達は扉の前に集まる。サクラはバイオレットに向かって歩いていく。バイオレットも同じ様に、サクラの方に向かって歩いていく。二人の距離が徐々に詰められていく。
後五歩、四歩、三歩。
二歩。
「っ!」
「がっ!」
最後の一歩を踏み出すと同時に、両者の拳がぶつかり合う。
サクラの拳は砕け、バイオレットの拳はサクラの顔面を貫く。
「・・・流石はフェンリル」
サクラはバイオレットの拳を噛み止めていた。そしてそのまま、バイオレットの拳を噛み砕いた。
両者片腕が使えなくなり、一歩下がる。
「フェンリル!」
「バイオレット!」
両者床がめくれ上がる程の強さで踏み込み、お互いに拳をぶつけ合う。何度も何度も衝撃が弾け、お互いの拳が体を破壊し続ける。
蹴りが、拳が、頭突きが、組み技が、寝技が、投げが、噛みつきが。ありとあらゆる暴力が、高水準で打ち込まれる。
俺達は何も言葉を発せなかった。
二人は、酷く満ち足りた表情をしていたから。
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二人の魔王が、地面に倒れている。
お互い息も絶え絶えで、いくつもの致命傷を負っていた。
「フェン・・・リル」
「バイオレッ・・・トォ」
まるで寝言の様に二人は呟き、同時に立ち上がる。
両者覚束無い足取りで、距離を詰める。
拳を引いたサクラに、一瞬の静寂が訪れる。
「ギフトの無い私では、やはり勝てませんね」
バイオレットは膝を着いていた。
そのバイオレットの胸を、サクラの拳が貫いた。
拳を引き抜くと、大量の血液が溢れ出す。仰向けに倒れるバイオレットの頭を、サクラが支えた。
「バイオレット・・・」
「フェンリル・・・私との旅は楽しかったですか?」
「・・・ぶっちゃけると、クソつまらなくて苦しい旅だった」
「ふふ、あなたはいつも正直ですね」
バイオレットは咳をして、大量の血液を吐き出す。
サクラはその血液を拭い、顔を綺麗なまま保たせる。
「私はあなたに、愛されていた事を教えたかったのです」
「愛?」
「フェンリル達はあなたを飢えさせましたか? 人に会わなかった日はありましたか? 病気や体調を崩した時、放置されましたか?」
「いいや、無かったな」
「あなたは昔、愛など知らないと言いました。でも、あなたは愛されていた。それを教えたかった」
「あぁ、今なら分かる。お前も、私を愛してくれたんだな」
バイオレットは目を丸くして、静かに笑った。
そしてバイオレットは、こちらを向いた。
「あなた達の旅は、もはや旅では無くなる。待つのは地獄の様な戦いと、辛く苦しい現実です。それを受け止める覚悟はありますか?」
「・・・あぁ」
「自分達の罪を自覚したあなた達なら、きっとやり遂げられます」
バイオレットは指を鳴らす。玉座があった場所に光が集まり、何かが実体化する。
「げ、あれは・・・!」
サクラが微妙な反応をする。
そこに現れたのは、一台の大きな戦車だった。
「あれは私達が旅をしていた時に使っていた、このユートピアで唯一現実世界の物です。これを差し上げましょう」
「またあれを引くのかよ・・・」
サクラは苦い過去を思い出したのか、嫌そうな顔を浮かべる。
バイオレットは俺達に手招きをする。
俺達が近寄ると、リーリャンだけを指差した。
「あなたは試練を拒否した。それにより無罪を与えましょう」
「ありがとうございます・・・?」
「間違いを犯した私は、もう正義ではない。お役御免です」
バイオレットはゆっくりと手を伸ばす。リーリャンは反射的にその手を取る。
「魔王の座を譲ります。せいぜい、間違った使い方をしないように」
「え、えっ! えっ!?」
リーリャンの手に光が宿る。
リーリャンの体に光が沈み込むと、バイオレットは満足そうに目を閉じた。
「行きなさい、もうユートピアは持ちません。誰かの夢から作り上げた都市は、幻と消えるのです」
「そうか、じゃあな」
サクラは戦車の手綱を頭に被ると、狼の姿になった。手綱は狼のサクラにぴったりで、戦車はゆっくりと車輪が転がり始めた。
『乗れ!』
サクラの号令で、俺達は戦車に乗り込む。サクラが戦車を引き、神殿の出口に向かう。
『お前、最初っからこれが目的だったのか?』
「・・・」
サクラの問いかけに、バイオレットは返事をしない。
サクラは鼻を鳴らし、速度を上げた。
『・・・なんか人が集まってるな』
「あっ! ホバだ!」
神殿の入口には、大量の審問官達の死体が積み重なっていた。
そして、壁に寄り掛かるようにホバが立ちすくんでいた。
リーリャンが手を伸ばし、すれ違いざまにホバを掴む。
戦車に引き上げたホバの顔色は、毒を食らったのか至極悪い状態だった。
「僕の為にここで足止めを・・・」
「毒の治療・・・今の俺になら!」
俺は揺れる戦車の上でホバの体に手を触れる。サクラと合成された時から、俺の感覚は研ぎ澄まされていた。自分ではない者と合わさるだけで、別の価値観が流れ込んでくる。別の感覚が流れ込んでくる。まるで、別の人生を歩んだ様な。
「【反転】!」
一瞬でホバの体を蝕んでいた毒が無毒化される。ホバの顔は和らぎ、呼吸を再び始める。
「よしっ!」
『速度を上げるぞ、しっかり掴まれ!』
サクラが吠えると同時に、俺達は神殿を飛び出す。
街は崩れ始め、ビルは倒壊している。地面は割れ始め、至る所から煙が吹き上がっている。
人々は地面に座り込み、神殿の方を拝んでいる。
倒れてくるビルを器用に避け、サクラは神殿から離れていく。俺達が通ってきた道を通り、ユートピアの正門が見えてくる。
薄い靄の掛かった巨大な門、それは色を失い始めていた。
「スピードを上げろ!」
『おうお前様!』
サクラが更にスピードを上げる。地面を叩く車輪の音が一層激しくなる。俺達は戦車の手すりを握りしめ、ただひたすらに耐える。
『通り抜けるぞ!』
サクラがそう叫んだ次の瞬間、俺達は門を通り抜けた。




