第73話
「それが本性って訳でありますね!」
ナナが大剣を構える。
落ち着きを取り戻したバイオレットは咳払いを一つして、杖で地面を打ち鳴らす。
「死刑執行人が必要ですね、《《権能解放》》」
「・・・!」
バイオレットの隣に光が集まり、それが段々と人の形を成していく。
手には剣を、その風貌は黒く染まり。闇を纏った様な姿が現れる。それは紛れもなく、死神であった。
「急拵えで動きにくいでしょうが、あなたの最後の仕事です。執行なさい」
「はい、ピース様」
「来るであります!」
ナナが前進すると同時に、ナナに向かって死神が飛び掛る。
「エル! 主様旦那様リーリャンの三人を守りながら戦うであります!」
「私も協力しろと!?」
「やらなきゃここで死ぬでありますよ!」
ナナは大剣を振り回し、死神の進路を妨害する。死神もナナを脅威として認識したのか、足を止めて剣を構えた。
「触れられたら終わり・・・触れられたら終わり・・・」
ナナの呼吸が混じった呟きが静かな戦場に響く。その静寂を破ったのは、死神が剣を引きずる音だった。
「おらぁっ!」
死神がぬるりとした動きでナナに剣を振り下ろす。ナナは大剣でそれを受け止め、死神の腹に蹴りを入れようとする。
「危ない!」
エルの鞭がナナの体を引っ張る。死神は腹への一撃を予測し、いつでも触れるように腕を一本フリーにしていた。
「く・・・! 魔術師なら! リーリャン、起きるであります!」
リーリャンは壁にもたれ掛かり、項垂れたまま動かない。
ナナはイライラした様子で、怒鳴り声を上げる。
「とっとと起きろ! 旦那様、何とかするであります!」
「分かった!」
俺はサクラを背負ってリーリャンの元に駆け寄る。リーリャンは意識はある様だが、地面を向いたまま虚ろな目をしていた。
「おいリーリャン、戦えるか?」
「僕は・・・裏切り者だ。そして裏切る事に罪悪感を覚え、裏切った事実を受け入れられなかった愚か者だ・・・」
「そんな事今はいいから! 後で謝ってくれれば許すから!」
「大事な事だ・・・大事な事なんだ・・・」
リーリャンは力なくそう繰り返し続ける。サクラは俺の背中で泣きじゃくり、俺に縋り付くように抱き着いてくる。
ナナとエルは死神相手に苦戦を強いられている。
バイオレットはそんな俺達の様子を、玉座に座って高みの見物を決め込んでいた。
「なんなんだよ・・・」
俺の口からつい、言葉が漏れた。
その瞬間、俺はリーリャンの胸ぐらを掴んで壁に叩き付けていた。
「こっち見ろ! リーリャン!」
「離してくれ・・・もう僕は君達に関わる資格は・・・」
「おい!」
目を逸らそうとするリーリャンの頬を掴み、俺の方を向かせる。精一杯腕を伸ばしても、リーリャンはまだ足が地面に着いている。
「リーリャン、お前は何のために旅をしている?」
「・・・恩を、返す為」
「そうだ、なら今返せ! ここで戦え!」
「でも・・・既に僕は君達に仇で返してしまった」
「ならその仇は後で返せ! 今は俺達に恩を返せ、命を掛けて戦ってくれ! 俺達と一緒にまだ、旅を続けてくれ」
リーリャンの目に、炎の様な煌めきが灯る。
「頼むリーリャン、お前の力が必要だ」
「君は、こんな僕でも必要としてくれるのかい?」
「あぁ、お前は大切な仲間だ」
「そうか・・・相変わらず、君は甘いな」
リーリャンは静かに笑みをこぼす。俺が手を離すと、自分の足で地面に立った。
「僕に試練を出した存在に告げる!」
リーリャンは天を指差し、大きな声を張り上げた。
「僕は魔王にはならない、試練を放棄する! 僕は僕の事を大切に想ってくれる人の為に、僕の力を振るうと誓おう!」
リーリャンは高らかにそう宣誓すると、死神とナナ達が戦っている間に割って入った。
炎が撒き散らされ、死神の姿が照らし出される。
「リーリャン!」
「待たせたね! いやほんとに! 僕が死神の動きを止める、ナナはその隙を着いて死神を」
死神に背を向けたリーリャンの腹に、死神の腕が突き刺さる。
抉り出された心臓は動きを止め、血が地面に滴り落ちる。
「無駄だ!」
リーリャンの体を貫いた死神の腕が、炎に包まれる。堪らず抜いた後の空洞に炎が満ち、一瞬で傷が治る。
「僕の心臓を止めようと、一瞬で再生してやる。全身の再生ならエネルギーを大量に消費するが、心臓だけなら無限に耐えられるぞ」
「頼もしいでありますね!」
リーリャンの横を通り抜け、死神にナナの大剣が振られる。死神は剣でそれを受け止めるが、がら空きになった側にリーリャンの蹴りが入る。
体制を崩した死神の足に、鞭が絡まる。
「よいしょっ!」
エルが鞭を振り、死神を地面に倒す。そこはリーリャンの血溜まりが広がっていた。
「【グレン・フレイム】!」
今までとは比較にならない程の魔術が、リーリャンの手から放たれる。一瞬で死神を焼き尽くし、リーリャンが魔術を止めた後も死神を焼き続けた。
「この数日の間に僕は魔術を研究した。結果、僕の体組織からも魔術を放てるようになったのさ!」
「血溜まりから火が!」
「こんな事も出来る!」
リーリャンは自分の手を爪で引っ掻き、血を滲み出させる。そしてそれを指ですくい取り、死神に向かって投げ付けた。
「【グレン・エクスプロージョン】」
血液が爆発し、死神が吹き飛ばされる。神殿の一部は倒壊し、バイオレット目掛けて柱が倒れる。
「ふむ、少しはやるようですね」
バイオレットが杖を一振りすると、倒れて来た柱は跡形もなく消滅した。
玉座から降り、階段をゆっくりと降りてくる。
「食らえ! 【グレン・パニッシャー】!」
リーリャンが複数の炎の矢を飛ばす。しかし、バイオレットのバリアに阻まれ本体に到達しない。
「お前様、ジハード、お願い、お願い」
背中の上でサクラが暴れ出す。バイオレットを見て、その動揺が大きくなっている。
「落ち着けサクラ!」
「我は、私はもう、嫌。嫌。嫌だ! 何も失いたくない! 捨てないで、お願い!」
「バイオレットはナナ達が引き受けます! 旦那様は主様の目を覚まさせるであります!」
ナナとリーリャンがバイオレットに飛び掛る。ナナの大剣も、リーリャンの炎もバリアに阻まれ動きを止める。
「ふん」
バイオレットはゆったりとした動作で杖を振り、リーリャンの体に触れる。その瞬間、リーリャンの体が弾け飛んだ。
「リーリャン!」
「危ないのはあなたです!」
鞭がナナの体に巻き付き、一瞬でバイオレットとの距離が離れる。杖は空中を通り過ぎ、真空刃となって神殿の壁を破壊した。
「エル、助かったであります」
「いいえ、まだピンチは終わっていませんよ」
「あの杖、想像以上のパワーだ。僕以外なら即死するぞ」
リーリャンがバラバラになった肉片から身体を再生させる。
バイオレットの隣には、吹き飛ばされた死神が寝転がっていた。
「やりますよ、死神。側近らしく着いてきなさい」
「はい、ピース様」
「次はナナの手でぶっ殺してやるであります」
「危なくなったら私が引っ張る、存分にやってください」
「僕が前線を張る、どちらの動きにも気を付けてくれよ!」
両勢力入り乱れる乱闘が始まった。
俺はサクラを地面に降ろし、正面に回り込もうとする。しかしサクラは俺に縋り付くように、足にまとわりついてきた。
「待って! 捨てないで! 一人にしないで!」
「しない! サクラ、しっかりしろ!」
俺はサクラを地面に座らせ、頬を叩く。しかしサクラは涙を流して懇願するだけで、正気に戻る様子はない。
「サクラ頼む! 何かバイオレットについて知ってる事を教えてくれ!」
「お願いだ、私を一人にしないで。捨てないで、ずっとそばにいて。もう二度と、一人になりたくない」
サクラは同じ事を繰り返す。
サクラの心は壊れてしまった。過去に犯した罪の重さを再確認させられ、その罪の重さに耐えられなかったんだ。
これを治す手段は俺には無い。だから必死にサクラに呼び掛ける。
「サクラ! 聞こえてるか! サクラ!」
「一人は嫌、一人は嫌、一人は嫌・・・」
「お願いだ! 今ここでやらなきゃみんな死ぬ! 俺も、サクラもだ! 目を覚ましてくれ!」
「嫌、嫌、嫌・・・」
「サクラ・・・」
サクラは虚ろな目のまま、小さく呟き続ける。
俺はサクラの手を握った。
「なぁサクラ、そんなに辛いのか?」
「辛い、辛い。苦しい、耐えられない」
「耐えられない、か」
俺はサクラの手を強く握る。
「俺にも背負わせろ」
「・・・え?」
「俺もその罪を背負う。一人でダメなら俺も請け負う」
「・・・ダメだ、私の罪だ」
「そんな事ない」
俺は最初、洞窟で出会った時の事を思い出す。
サクラとの出会い、サクラとの旅路、サクラとの修行の日々。心のどこかで感じていた。でも気恥ずかしく、言い出せなかった。
俺は、確かにサクラに惹かれていた。
その思いを口にした。
「サクラ、好きだ。伴侶なら俺にも背負わせろ」
「お前、様・・・」
サクラの目に涙が浮かぶ。滝の様に溢れ出し、サクラは俺に抱き着いた。
「我も大好きだ! お前様と旅をする中で色々知った、色んな事を覚えた! 楽しい事、幸せな事、苦しい事も何もかも我の宝物だ! だが我の一番の宝は、《《お前様》》だ!」
「あぁ、俺も同じ気持ちだ」
「いつまでも、ずぅっと一緒にいてくれ。お前様・・・」
「あぁ、死ぬまで一緒だろ?」
その瞬間、俺達の側の壁にエルが叩き付けられる。
「ゲホッ。イチャつくならいいんですけど、これ終わってからにして貰えませんか?」
「すまん」
「悪い。それでサクラ、あのバイオレットについて弱点とかないか?」
「弱点・・・我ですら割れた事がないからなぁ」
サクラは静かに考え始める。思い出を一つ一つ紐解くように、眉を動かす。そして目を見開いた。
「尋常ならざる一撃!」
「え? 何だって?」
「バイオレットと倒した魔王、砲撃魔王イグニートが放った最後の砲弾! あれは国一つを消し飛ばす程の威力と謳っていた!」
「それで!? それがなんだ!?」
「それをバイオレットは正面から受け止めた! その時、バリアにヒビが入っていた・・・気がする!」
「つまり・・・すごく強い一撃を叩き込めば、あのバリアが割れるかもしれないって事か!?」
「その通りだ!」
「・・・難しくないか?」
俺達の中での最高火力は、間違いなくサクラだ。だがそのサクラがどうしようも無いバリアを、俺達の中の誰が破壊できる。不可能だ。
「不可能・・・?」
「ううむ。我が本気で殴り続けても割れないのを思い出すと、一撃でなければ意味がないだろう」
「ナナならどうだ?」
「ダメだ、ナナは疲労困憊。全力は出せないだろう」
「ううん、どうすればいいんだ・・・」
その時、俺達の後ろに立つ者がいた。
「エル?」
「まだ、心臓を動かしてもらった時の貸しが一つ分残っています」
「まさか!」
「えぇ、お手を」
エルは両手を俺達に向かって差し出す。
「どうなるかは分かりません、ですが希望は芽生えます」
「サクラ、大丈夫か?」
「あぁ、お前様を信じているからな!」
サクラは強くエルの手を握った。
俺も同じ様に、エルの手を握った。
「では始めます。これで貸し借りナシですからね!」
俺達は眩い光に包まれる。俺の意識は粉々に砕け、エルの手の中に握り込まれる。そして同じ様に粉々になったサクラと合わさり、混じり合う。
自我も、思い出も、罪も、全てが混ざって一つになった。
目を開ける。正面にはエル。我の背後では戦闘の音が鳴り響いている。
纏ったマントを翻し、我はバイオレットの方を向いた。
「我は《《英雄王アーサー》》! 全身全霊の一撃をもって、楽園魔王ピース! お前を打ち倒す!」
自然に言葉が口に出る。体が自然に何をすればいいのかが分かる。
黄金に光る鎧を動かし、我は拳を引く。光が、希望が集まり、我の拳を熱くする。
熱を帯びた拳をもう片方の手で包み、静かに集中を始める。
「ナナ、エル、リーリャン。離れていろ」
「そうか! 【魔王】が【反転】したのか!」
「主様! 旦那様! やっちゃってください!」
「君の力を僕達に見せてくれ!」
みんなの声が心に響く。
「面白い、アーサー。私のバリアを突破できるものか、試してやろう」
「ピース様危険です、私の後ろにお下がりください!」
死神は慌てふためいた様に取り乱し、俺に向かって影を伸ばしてくる。
「エクス・・・!」
影が迫る中、我は拳を振り抜いた。
「カリバァァァァァァ!」
拳から放たれた光は全てを消し飛ばし、ピースに直撃した。




