第72話
「リーリャン! 無事だったか!」
「まぁね」
リーリャンはバツの悪そうに顔を背けながら、俺の言葉に返事を返した。
「では先に裁きましょうか」
サクラの腕に付いていた手錠が消え、リーリャンの腕に手錠が現れる。
リーリャンは引き摺られるように証言台に登らされる。
「リーリャン・イ・フェニクス、貴様の罪を自白せよ」
「罪・・・」
リーリャンは黙り、その場で下を向いた。
バイオレットはため息をつき、書状を広げた。
「貴様の罪は・・・未遂だな」
「未遂?」
「魔王に変質しようとしているが、まだ完全にはなりきっていない。半々と言った所か」
「僕が魔王に・・・?」
リーリャンが困惑の声を上げる。俺達も事態を理解しきれていなかった。
その様子を見たバイオレットは杖を打ち鳴らし、俺達の注目を集めた。
「魔王になるにはいくつか条件があります。その一つに、《《試練》》と言うものがあります」
「試練・・・?」
サクラは小さく呟く。
「誰から出されるか、どんな内容かは分かりません。ですが大抵、この世との繋がりを断つ試練です」
「あぁ・・・」
リーリャンは納得したような声を出した。それを見てバイオレットは頷く。
「あなたの試練を告白しなさい」
「・・・僕に課せられた試練は、【お前と共に旅をする者を裏切れ】。つまりはジハード達を裏切る試練だ」
「だからか! だからあの時手を伸ばしても、俺達を引っ張りあげなかったのか!」
リーリャンは黙ったまま、頭を垂れる。
その光景に、俺の心の中には怒りよりも悲しみが溢れる。
「そしてそれをら実行したにもかかわらず、心の中でそれをら受け入れられずに魔王になりきれなかった。即ち、【魔王化】未遂が適応されます」
「僕には、どんな罰が下るんだ?」
「罰はありません。未遂なので」
「裁かれる事も、無いのか・・・」
リーリャンは証言台から弾き飛ばされ、俺達から少し離れた壁に叩き付けられる。そのまま壁をずり落ち、床に力なく座り込んでしまった。
「では最後に、フェンリル!」
「・・・嫌、嫌だ!」
サクラは急に取り乱し、逃げようと扉に向かって走り出した。しかしサクラの腕に浮き上がった手錠が、サクラを証言台に引きずっていく。
「嫌だ! 裁判なんて受けたくない!」
「ダメだ、罪は裁かれなければいけない」
「嫌だ!」
サクラは証言台に立たされる。バイオレットは書状を取り出し、サクラの目の前にまで階段を降りてくる。
「フェンリル、お前の罪を自白せよ」
「・・・」
「黙秘か。では、私が全て話そう」
「やめて、お願い・・・」
「フェンリル、貴様には【フェンリルの一族を滅ぼした罪】がある」
サクラはその場に崩れ落ちる。
「ど、どういう事でありますか?」
「少し昔を語ろうか。五百年ほど前、この世界にはフェンリルと言う狼の魔物が生息していた。戦闘力も知能も高く、数は少ないが森の奥で静かに暮らしていた」
バイオレットはサクラの周囲を歩き回り、まるでサクラに語り掛けるように話を続ける。
「そのフェンリルの一族に一人の魔族が生まれた。現在サクラと呼ばれるその魔族は、周囲と違う見た目から隔離され洞窟の奥で育てられた」
「あぁ、幼児退行したサクラから聞いた話だ」
「ある晩、その個体は夢を見た。そして、その夢で《《試練》》を与えられた」
「もしかして、リーリャンと同じ?」
「そう、魔王になる為の試練。その内容は・・・【フェンリル一族を皆殺しにする】事、それが試練の内容だった」
サクラの尻尾がピクリと反応する。両耳をちぎれるくらい顔の前に引っ張り、バイオレットの話を聞かない様にしている。
だが、俺達にはバイオレットを止める事が出来なかった。
「その個体はその夢を見てすぐ行動に移した。強い自由への渇望、その為に必要なのは圧倒的な力だと知っていたからだ」
「でも洞窟に監禁されている個体がそんなに戦えるとは・・・」
「貴様らは知っているはずです、この個体は戦闘の天才である事を」
その瞬間、サクラは証言台から身を乗り出す。バイオレットに向かって牙を剥いたが、バイオレットを守るバリアに弾かれてしまう。
「あぁぁぁぁぁぁ!!!」
「・・・そんなに聞かれたくないのか? だが無駄だフェンリル、罪は白日の元に晒される」
「やめろやめろやめろやめろやめろ!!!」
「一夜でフェンリルは絶滅した。自分の両親すらも殺した一体のフェンリルは、魔王となった。その時何を思ったか、知っているか?」
バイオレットは俺達に問い掛ける。
サクラの抵抗が一層激しくなる。証言台を何度も手錠で繋がれた腕で殴り付け、手首から血が溢れ出る。
「やめろぉぉぉ!!!」
「・・・【何とも思っていない】。そう答えた」
サクラの人命や命に対する無関心さや、物事に対する軽薄さに合点がいく。サクラは昔からそうだったのだ。魔王だからではなく、魔王になる前から。生まれた時から⬛︎⬛︎だったのだ。
「その後旅をする内にホバと出会う。人の世界の様々を学びながら旅を続け、ようやく私と出会った。魔王を殺す勇者として旅をしていた私の、初めての魔王との戦いだった」
「・・・」
サクラは静かになり、証言台の上でうずくまる。バイオレットは構わず話を続ける。
「戦闘の最中、魔王を倒すと言う目的が一致している私達は意気投合。共に旅をする仲間となった」
「それが、先代勇者とサクラの物語・・・」
「各地で魔王を倒していた時、私にも例の夢が現れた。試練の内容は【共に旅するフェンリルを封印せよ】との事だった。私は共に旅をする仲間を封印するなど行わなかった、当然だ。大切な仲間なんだからな」
「でもお前は今魔王で、サクラは封印されていた。どういう事だ?」
「旅の途中、ホバに出会った。フェンリルの昔の事を聞いているうちに、フェンリルが魔王になった原因を知った。私の正義は、その行為を許さなかった」
「だからか!? だからサクラをあんな洞窟の中に封印したって言うのか!」
「そうだ。この世にいてはいけない。しかし私では殺せない。だから勇者の力を使って封印した。その結果私は魔王になってしまったがな」
バイオレットは書状を投げ捨て、サクラのいる証言台に歩み寄った。
「私と旅を続けていた時、ホバから昔の話を聞いた時。お前の反応は薄ら覚えている程度の認識だった! どうだ、今なら罪の重さが分かるか!? 楽しい旅をして培った経験や思い出、それら全てがお前の罪を鮮明にする! 無惨にも殺されていったお前の同胞達の無念が分かるか!? やっと罪の重さを自覚したな! フェンリル!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
サクラは発狂し、その場で何度も地面に頭を打ち付ける。バイオレットが乱暴に杖を地面に叩き付けると、サクラは吹き飛ばされ俺達の方に飛んできた。
俺はサクラを受け止めるが、サクラの様子は尋常ではなかった。
「お願い、お願い、私を、我を・・・捨てないで、嫌わないで、一人にしないで」
「サクラ・・・」
「判決を言い渡す、全員死刑だ! 正義の名のもとに、全員死刑だ!」
取り乱した様子のバイオレットは髪をかきあげ、大きく息を吐き出した。
「ずっと心残りでした、フェンリルに罪を自覚させる為にはどうすればいいのかと。やっとその時がやって来た、大罪人を罰する瞬間は・・・」
バイオレットは恍惚とした表情を浮かべる。
「最ッ高に気持ちがいい!」




