第69話
「な、《《ナクラ》》!?」
「【魔王】と【悪魔】の合成! 尋常ならざる力を感じます!」
『口の利き方に気を付けるでありんすよ、下郎』
ナクラは冷たい視線をエルに向ける。そして懐から扇子を取り出し、俺の顎を持ち上げた。
『それで? 妾は何をすればいいのだ、お前様』
「その前に・・・お前はナナか? サクラか?」
『ふむ。妾はどちらでもないでありんす。妾は妾、それだけでありんす』
「そうか。じゃあ、これからよろしくな」
『うむ!』
ナクラは笑顔を俺に見せた。
その時、俺達が身を隠していた瓦礫が音を立てて崩れた。
「しまった! 見つかりました!」
様子を伺うように何十本もの影が俺達を見下ろす。そして一瞬縮み、バネのように俺達に向かって飛んでくる。
『ふん』
ナクラが扇子を地面に向け、それを振り上げる。扇子が通った軌道に沿って空間に穴が開き、何も無い暗い空間が生まれた。
まるでブラックホールの様に影を吸い込み、一瞬で閉じてしまった。
『アイツを殺せばいいのでありんすね?』
「頼めるか?」
『任せるでありんすよ』
ナクラは中に浮いたまま、ふわふわと死神の方に近づいて行く。
ナクラの足元には出てきた時の穴が空いたままで、動く度にナクラに追従して動いていた。
『おい貴様』
「罪人、この世ならざる者」
『妾の前で死ぬ事を許可してやるでありんす、光栄に思え』
一斉に影が飛び出し、ナクラの体に襲い掛かる。
だが影は全てナクラには届かず、ナクラと影の間には虚空と呼ぶに相応しい暗黒が広がっていた。
『ヴォイド』
ナクラが短く唱えると同時に、ナクラの前にあった虚空が巨大化する。
深淵の様な暗黒が球体状に広がり、一瞬で消滅した。球体に触れていた物は消滅し、死神を覆う影の球体も半分が消滅していた。
「なっ!」
『そこでありんすか』
ナクラが扇子を振ると、虚空で出来た刀身が伸びる。まるで剣の様に持ち、死神の本体に近付いていく。
「来るな!」
ナクラを囲む様に影が展開し、ナクラに向かって切っ先を向ける。
ナクラはため息をつきながら扇子を振ると、一瞬で包囲を抜け死神の目の前にまで移動した。
『虚空で空間を削り取ったのでありんす、最後に言い残す事は?』
「・・・《《権能全開》》!」
死神の周囲に暗闇の壁が生み出される。一瞬でナクラを包み込み、中の状況が分からなくなった。
「ナクラ!」
「待ってください! 外から飛び込むのは危険です!」
「大事な仲間を助けるためなら、少しの危険くらい!」
『伏せよ、お前様』
ナクラの声が頭に響いた。
俺はエルの腕を引っ張り、その言葉に従って咄嗟に伏せる。
その瞬間、俺達の頭上を虚空の刀身が通り抜けた。
「なっ」
俺達が驚く間もなく、地下空間全体に轟音が響く。
周囲を見渡すと、地下空間が上下に切り裂かれて落ちている。ナクラの刀身が闇の壁を、この空間ごと切り落としたのだ。
「落ちる!」
どこに。
そう思った瞬間、扇子を閉じる音が聞こえた。
落下していた空間ごと上に引っ張られ、空間と空間が歪な形で修復される。地下空間にもかかわらず風が吹き荒れ、ナクラの元に集まっていく。
『これにて終幕でありんす』
ナクラの目の前には、もう何も残っていなかった。
「お、終わったのか?」
『えぇ、死神は虚空に送ったでありんす』
「虚空って・・・?」
『何も無い、無でありんす。そこには何も無く、何も存在する事が許されないのでありんす』
「と、とりあえず勝ったんだな?」
「さすが高スペックの二人の合成、私でも恐ろしい者が出来上がってしまいました!」
『煩いぞ下郎、不愉快でありんす』
ナクラは不愉快そうに頬を膨らませながら、俺の傍に寄ってくる。
そして二メートルはあるその巨体で、俺にのしかかろうとしてきた。
『お前様、妾頑張ったぞ?』
「あぁ、ありがとうな」
『撫でてくれても、いいんじゃないかや?』
「分かった分かった」
俺は差し出された頭を、背伸びして撫でる。依然ナクラの足元には虚空への穴が広がっており、さっきの説明を聞いて絶対に落ちれないなと考えた。
「それじゃあそろそろナナとサクラに戻そう」
『もう時間かや・・・』
ナクラはしょげた様な表情になり、俺の手を愛おしそうに頬に当てる。
そして俺の事を抱き締め、持ち上げられてしまった。
『またいつか、会える事を楽しみにしてるでありんすよ』
「分かった、また助けて欲しい時は頼むよ」
『絶対でありんすからね!』
俺は地面に下ろしてもらい、ナクラの両手を握る。そして内部を探り、ナナとサクラを感覚的に見つけ出す。
「・・・【反転】!」
眩い光がナクラの体から放たれる。エルが二人を合成した時と同じ光だった。
そして、勢いよく二人は弾けるように分裂した。
「おわっ!」
「きゃっ!」
「サクラ! ナナ!」
二人の手を握りながら、俺は二人を抱き締める。
「無事でよかった・・・」
「薄ぼんやりと覚えているでありますが、他人と融合するのって色々混ざるでありますね・・・」
「うん、色々思い出したよ」
「本当か、サクラ?」
「まだ完全じゃないけど、《《私》》がサクラであるってことは思い出したよ!」
サクラは自信満々にそう答える。二人が混ざりあった結果、記憶の共有などが起きたのだろうか。何はともあれ、サクラはさっきよりも元気そうだった。
「いやぁ無事に終えれて何よりです、時間制限もクリアしてましたしね」
「時間制限ってなんだ?」
「五分程経過すると完全に混ざりあって、もう二度と分解出来ないんですよ。いや〜良かった良かった」
「先に言えよ!?」
エルはケタケタと笑いながら、階段に足を掛ける。
「さて、地上に戻りましょう」
「あぁ、そうだな」
「そうでありますね!」
「うん!」
俺達は同じ様に階段を登ろうとする。すると、背後から大勢の足音が聞こえてきた。
「やっと地上に帰れる!」
「自由だ!」
大勢の生き残った地下の住人達が、雪崩のように階段に駆け込もうとする。
エルは階段に手を当て、もう片方の手は壁にくっつけた。
「【融合・合体】!」
石材が引き伸ばされ、階段の入口を塞ぐ。向こう側から、壁を叩く音が何度も聞こえる。
「開けろ! 開けろぉ!」
「やっと出れるんだろ、出せぇ!」
「嫌ですよ〜! ここで過ごしてあんたらはロクでも無い更生の余地も無い《《罪人》》である事は分かりました。ですので、ここで残った人生を悔やみながら過ごすといい!」
「おいエル、それは無いだろう?」
俺がエルの肩に手を置くと、エルはその手を弾いた。
「あなた達は自分が何故ここに落とされたのか分かっていない! でもアイツらは違う、落ちるべくして落ちてきた、死ぬべくして死ぬ者達です! 自らの罪と向き合おうともせず、他人の功績にタダ乗りして地上に戻ろうとは虫が良すぎる!」
「ふざけんな女! ぶっ殺してやる!」
エルは階段の入口を塞ぐ壁に手を当て、ガラス片を取り出し合成した。
壁の向こう側から、何人もの悲痛な悲鳴が轟く。
「完全に塞がないのは恩情です、せいぜい手掘りで頑張ってください」
「おいエル! 何をそんなに」
「やっと! やっと地上に出れるんです!」
エルは珍しく大声をあげた。
その目には、不安によるものか涙が溜まっている。
「もう何日過ごしたか・・・ボーディガン様に不要だと切り捨てられていたら・・・どうしよう」
「落ち着けよ、そんなに時間は経っていない。俺達が前戦ったのだって三日前だろ?」
「・・・そんなはずは、私はここに少なくとも一週間は」
そこまで言うと、エルは俺を押し退け階段を駆け上がっていった。




