第68話
その場に静寂が流れる。
サクラは荒い息を吐きながら、死神の上から足を退ける。
「サクラ! 大丈夫か?」
「いたい・・・」
サクラはふらふらと俺の方に寄ってきて、俺の胸の中で涙を流した。
俺は頭を撫でてやりながら、エルに目で合図をする。
「やれやれ・・・」
エルは面倒くさそうにサクラの背後に回り、肩の傷口をくっ付ける。
「傷は治るからな、痛いのによく頑張ってくれたな。ありがとう、サクラ」
「うん・・・」
「旦那様!」
ナナが声を荒らげる。
振り返ると、サクラが作ったクレーターの中心で死神が立ち上がっていた。
「しぶといな!」
俺はサクラを背に隠す。だが、死神の様子は違っていた。
赤く輝く二つの目の片方は光を失い、片方はチカチカと点滅していた。
そしてゆっくりと、足元から闇が晴れ始めていた。闇の無くなった部分からは人間の足ではなく、剣の切っ先が現れていた。
「剣が闇を纏って人型として活動していたのか?」
「どうやら死神も活動限界の様ですね、階段に向かいましょうか」
「待て!!!」
大勢の足音が響き、俺達は囲まれる。
周囲には、食料を奪ったこの地下の住人達が武装して集まっていた。
「お前達だけ先に出ようとしていると聞いたぞ! そんな事は許さん!」
「死神を倒してくれてありがとう、俺達は先に出させてもらう!」
「こんな場所はもううんざりだ! 早くあの楽園に戻りたい!」
やいのやいのと各所から声が上がる。そして誰かが死神を見て叫んだ。
「あれが死神だ! 弱っているぞ!」
「トドメをさせ!」
クレーターに雪崩込むように人が押し寄せる。死神に向かって武器を構え、人が密集する。
まるで今までの不自由を晴らすように、人々はみんな武器を振り下ろした。
「やったか!?」
「どこ行った!」
「消えたぞ!」
クレーターの中心部にいた男達が声をあげる。
その様子に、エルはため息を吐いた。
「また面倒な事になりそうですね」
その瞬間、視界の端で何かが打ち上がった。視線を向けると、死神が纏っていた闇に体を貫かれた男が持ち上げられていた。
そして、死神の闇は俺の足元にも伸びてきていた。
「危ない!」
サクラを抱えその場から飛び退く。俺がいた場所にはまるで棘の様な影が伸び、柱の様に頭上に向かって伸びた。
「死神はまだ死んでいない!」
「全員離れるであります!」
その言葉と同時に、周囲の人間が次々と串刺しにされていく。
「死神の本体は剣です、落ち着いて本体を探すのです!」
人々はパニックに陥る。足元から次から次へと伸びる死の棘は、人々を無差別に串刺しにして殺していく。死体には穴は無く、みんな心臓を止められ死んでいた。
「剣使い! こいつらが!」
クレーターの中心に剣を持った人達が集められる。闇の棘は鳴りを潜め、今か今かとタイミングを見計らっているようだった。
八人、剣を持った男女。みんな武器を向け、警戒の色を濃くしていた。
「俺じゃない!」
「私も違う!」
「面倒だな、全員殺します?」
「エル、物騒な事は言うもんじゃないであります」
ナナは人を掻き分け前に進み出る。
そして一人一人の顔を覗き込み、首を傾げた。
「死神は赤い瞳、この中で該当するのは二人でありますね?」
「俺じゃない!」
「違う、俺でもない!」
残った二人は必死に否定する。
ナナは首を傾げながら、大剣を肩に担ぐ。
「こうなったら二人共殺すでありますか?」
「え? さっき私そう言いましたよね?」
「八人は多いという話であります」
「それは貴方の匙加減でしょう? それならさっきのタイミングで」
ナナとエルが言い合いを始める。俺達はその様子を眺めながら周囲を囲んでいた。
そんな俺の服の袖を、サクラが引っ張った。
「どうした?」
「・・・あのひとのけん」
サクラが指差したのは、剣を使っていた八人のうちの一人。目が赤くないと除外された一人だった。
「剣がどうした?」
「あかいよ」
その女が持っていた剣は、何の変哲もない装飾の付いた剣だった。鍔の部分が横に広がり、赤い宝石が二つはめ込まれて。
「赤い宝石?」
死神の容姿は、二つの赤い瞳。死神の正体は剣。ではあの目に該当する位置には。
「ナナ! そいつが死神だ!」
その瞬間、その女の足元から影が溢れ出した。
「審判を、行わない事を、お許しください」
影が女を包み込む。巨大な球体が現れ、まるでハリネズミの様に影を伸ばした。
「私は、このユートピアを守る《《死神》》! 【死の影】の、ギフトを持つ者として、この都市を、罪人から守ります」
「クソッ! やたらめったら伸ばしやがって!」
俺はサクラを抱え死神から距離を取る。
ハリネズミの様に伸ばされた死の影はまるで人を一人一人認識しているかのように枝分かれし、逃げ惑う罪人を次々と串刺しにしていった。
俺は物陰に隠れ、その様子を伺う。
「ナナ! エル! いるか!」
「はいはい、いますよっと!」
エルがナナを抱えながら俺の隠れる物陰に飛び込んでくる。ナナは白目を剥き、心臓が止まっていた。
「【反転】!」
「ガハッ! 次、次止められたら体が限界を迎える気がするであります!」
「負担えげつないから当然ですねぇ」
「それよりもどうする? あの死神、倒せるのか?」
エルは物陰からそっと顔を出す。その顔を認識したのか、一本の影が伸びてくる。
その影をエルが取り出した弓で撃ち抜く。
「自動防衛機構の様ですね、厄介なのは認知精度。一瞬で距離を詰め、あの死神を殺し切るのは今の我々では不可能です」
「ナナは次心臓を止められたら絶対死ぬ気がするであります」
「かと言ってサクラに行かせるのは俺が許さない」
「じゃあジハードさん、あなたが行きます? 無理でしょう」
死神は影を伸ばし、次々と虐殺を行う。
人々は武器を持って抵抗するが、あまりにも死神側の手数が多い。
「一つ、手があります」
エルが話し始める。
「私のギフト、【融合・合体】を使う方法です」
「どんな方法だ?」
「人と人を合成します」
「・・・は?」
「メリットは強者同士を合成すると、尋常ならざる強者が生まれる事です」
「・・・デメリットは何でありますか?」
「デメリットは、私では合成を解除出来ません」
「じゃあダメだ!」
俺が大声を出すと、俺にみんなの視線が向いた。
「旦那様ならもしかして、ナナの暴走を止めた時みたいに・・・」
「可能性はありますね」
「?」
「おい待て、俺に期待しすぎだ。それに誰と誰を合成するんだ?」
「ナナさんとサクラさんを」
「ダメだ! そんな危ない事に今のサクラを巻き込めない!」
俺が握った拳を、サクラが優しく包み込んだ。
「わたし、やる! ちからになる!」
「でも・・・」
「さっきもたすけてもらった、こんどはたすけになりたい!」
「本人もこう言ってます、ちなみにナナさんの方は?」
「ナナは大丈夫でありますよ! 旦那様を信じているでありますからね!」
「ではお二人とも、手を」
エルが両手を開く。
ナナは恐ることなくその手を取った。
サクラは一度俺の方を振り向き、笑顔を作って見せた。そしてエルの手を取った。
「では・・・【融合・合体】!」
二人が眩い光を放つ。二人の姿が光に包まれ、消滅した。
「なっ! どういう事だエル!」
「ま、待ってください! 私は確かに!」
『煩いぞ』
俺がエルの胸ぐらを掴みあげると、足元から女の声が響く。
足元に目を向けると、俺達の足元には小さな穴が空いていた。
その穴は真っ暗で、銀色に光る星の様な物が見えた。
「うわっ!」
穴は急速に広がった。俺達は穴を本能的に恐れ、飛び退いた。
穴は人が一人通り抜けれる程の大きさになり、一人の女がその穴から飛び出した。
その見た目はサクラとナナの中間のような見た目だった。
『妾は深淵、世界の端を彩る永遠の闇。妾の前に全ては無意味、全ては虚無へと帰るのでありんす』
女はふわりと浮き上がりながら、銀色の長髪をふわりとかき上げる。開かれた目には、ギラギラとした橙色の光を放っていた。
高貴なドレスは闇色に染まり、俺達に向かって不敵な笑みを浮かべる。
『妾は深淵の女王、《《ナクラ》》でありんす。待たせたな、お前様?』




