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第65話

サクラをベッドに寝かせ、俺達は側の床に座り込む。

エルは火を灯して、持ってきた缶詰を温めている。ナナは持ってきた流動食の様な物をあれこれ味見し、どれをサクラに食べさせようか悩んでいる。


「サクラ、ご飯食べれそうか?」

「うぅ・・・」


サクラは俺の問いかけに呻き声で返す。ハッキリとした意識がある訳ではないのだろうが、外部からの刺激に反射的に返事をしているのだろう。


「これどうでありますか?」


俺はナナからスプーンを受け取り、ペースト状の食事をサクラの口に運ぶ。

口の端から零しながら、サクラは流動食を飲み込む。


「うん、食べれそうだ」

「よかった、もう少し持ってくるであります」


ナナは缶詰ごと持ってきて、少量をスプーンですくい上げる。

そしてサクラの口に近付けた瞬間、サクラが目を覚ました。


「サクラ!」

「主様!」

「・・・だれ?」


サクラは怯えた様な表情で俺達を見つめる。布団を引っ張り顔を覆い隠そうとする。


「おにぃちゃん、おねぇちゃん、だれ?」

「ど、どうしたんだサクラ?」

「ちょっと失礼しますね〜」


エルが俺達を押し退け、サクラの目の前に進み出る。サクラは知らない人を見るような目で、エルをただただ見つめる。


「今の状況は分かりますか?」

「・・・?」

「ここはどこか分かりますか?」

「わからない・・・」

「今は何歳ですか?」

「わたしは、ごさい」


サクラはぽつりぽつりと答える。その様子を見て、エルは顔を歪める。


「脳にショックを与えられたせいか、それとも一度心停止したせいか。どちらにせよ幼児退行を起こしてしまった様ですね」

「幼児退行!?」

「主様、ナナの事分かりませんか?」

「・・・」


サクラはふるふると首を振る。

悲しそうな表情をするナナを見つめながら、サクラは不安そうな顔をする。


「解決策は、あるか?」

「残念ながら私にも分かりません」

「そうか・・・とりあえず、ご飯を食べようかサクラ」

「サクラ・・・?」


サクラは自分の名前を呟く。そして顔を上げた。


「わたしのなまえは・・・」

「どうした?」

「ふぇ・・・」


サクラは押し黙り、涙を流し始めた。


「わ、わからない・・・なまえ、わからない」

「自分の名前が分からなくて、泣いてしまったようですね。ジハードさん、他に名前などありませんか?」

「えっと・・・《《フェンリル》》って呼ばれてたな」

「うぅ、それはしゅぞくのなまえだよ・・・」


サクラが俺の言葉を否定した。

その様子を見て、エルは眉を動かした。


「《《フェンリル》》、古い魔物の種族名ですね。なるほど、サクラさんは絶滅したフェンリルの魔族ですか」

「いや、魔族じゃないって言ってたぞ」

「ふぅむ? なるほど? ・・・どういう事です?」


エルも何も分かっていないようだった。相変わらずサクラは泣き続け、ナナはあたふたと慌てる。

あまりにも状況は混迷としていた。


「一旦! 一旦ご飯にしよう! 落ち着こう!」


俺は我慢出来なくなり、大きな声を出してみんなに呼びかけた。

エルが温めていた缶詰を持ち、十分に冷ましてサクラに手渡す。


「サク・・・とりあえずこれを食べて落ち着こう、な?」

「う、うん・・・」

「ほら、ナナの分だ」

「あ、ありがとうであります」

「これはエルの分だ、温めてくれてありがとう」

「いえいえ、必要な事ですから」


俺達全員に食事が行き渡り、みんなで食べ始める。

サクラは俺達を警戒しながらもお腹が空いているのか、ちびちびと食事を取り始めた。


「意外と美味しいでありますね」

「えぇ! アイツらが溜め込むだけはありますよ」

「中は熱いから火傷するなよ」

「・・・」


俺の声掛けに、サクラはただ頷くだけだった。少し寂しさはあるが、サクラが目を覚ましてくれたのが俺には嬉しかった。


「あの・・・」

「どうした?」

「ここは、どこ? ですか」

「ここはユートピアの地下だ」

「ゆーとぴあ?」


サクラはまた首を傾げた。五歳のサクラには、何も分からないだろう、それに寝言の様に魘され両親の名を呼んでいた。とても心細いに決まっている。


「ここはどうくつじゃ、ないんですね。よかった」

「洞窟?」

「わたしがでると、みんなおこります。だから、どうくつがわたしのいえ、です」

「・・・なぁ」

「えぇ。みんなはどんな風にあなたを呼びますか?」

「・・・むらのみんなは、いみご? いぶつ? ってよびます」


俺達は一斉に頭を抱えた。サクラは無邪気にも首を傾げ、俺達を不思議そうに見つめている。


「明らかに」

「被虐待児」

「ですよねぇ・・・」

「?」

「でもこれで納得がいきました」


エルが顔をあげる。


「ご自分の事を魔族ではなく魔物だと言っていたと言う話ですが、それは魔族がまだ一般的ではない時代に生まれた魔族だからです」

「どういう事だ?」

「自分の事を魔物だと思い込んでいる、突然変異型の魔族という事です。実際社会から隔離された魔物の種族では、よくある問題です」

「つまり主様は魔族でありますか・・・?」

「結論としてはそうなりますね」

「・・・?」


サクラは飛び交う議論に訳も分からない様子で、両手で包んだ缶詰の端を齧った。

そんな中、エルが手を叩いて注目を集める。


「大事なのはそんな事ではなく、戦闘に使えない事です」

「言い方最悪でありますね、切っていいでありますか?」

「俺もイラつくがダメだ」

「これじゃあ戦力として期待出来ません、早急に治す手段を考えなくては・・・」

「たたかう?」

「サク・・・キミは心配しなくていいよ、俺達が何とかするからね」

「うん・・・」


サクラは渋々と言った感じで頷き、缶詰の残りを平らげた。

しかし次の瞬間、サクラのお腹が盛大に鳴った。サクラは一瞬で顔を真っ赤にして、きゅうと鳴きながら布団の中に潜ってしまった。


「主様にもこんな可愛い時があったんでありますねぇ。ほぉら、おかわりでありますよ〜」


保護欲を刺激されたのか、普段見れないサクラを見たからなのか。ナナは和やかな笑顔を浮かべながらサクラにホカホカの缶詰を渡そうとする。

その時ナナの足元の床が崩れ、ナナはバランスを崩した。ナナが手に持っていた缶詰は放り出され、布団の下にいるサクラ目掛けて落っこちた。


「サクラ!」


空気を切り裂く音がした。

布団は切り裂かれ、サクラの爪が缶詰を貫いていた。


「え? え?」


サクラ本人も困惑し、自分の拳から生えた爪を凝視している。

明らかに、サクラの。牙爪(がそう)魔王サクラとしての一撃だった。


「なぁんだ」


エルの冷徹な声が響く。


「戦えるじゃないですか〜」


エルは今まで見た事も無いような、邪悪な笑みを浮かべていた。

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