第64話
「どこに向かってるのでありますか?」
「私の寝床です、いいベッドがいくつかあるので使ってください」
エルとナナが並んで先を行く。俺はサクラを背負っているせいで、少し遅れ気味だ。
ここは空気が薄い気がする、気を抜くと呼吸を忘れてしまう。
突然、目の前が暗くなる。
「え?」
手を伸ばすと、柔らかな闇の壁が俺の前に立ちはだかっていた。
「まさか!」
振り返ると、そこには死神がいた。
赤い目を輝かせ、俺をじっと見ていた。
「ナナ! エル!」
叫ぶが返事が聞こえない。
死神がゆらりと体を揺らす。俺は自分の胸に手を当て、心臓を動かす準備をする。
「審判」
「くる!」
死神の目が見開かれる。しかし、俺の心臓は動き続けていた。
死神は俺の方を見ていなかった。正確には、俺の背中にいる、サクラを見つめていた。
「サクラ!」
サクラを地面に下ろし、胸に手を当てる。心臓は止まっていた。
「【反転】!」
即座に反転を打ち込み、サクラの心臓を動かす。止まっている状態から動いてる状態に反転した心臓は、ゆっくりと鼓動を再開させる。
その瞬間、背筋が凍りつく。
「が・・・あが」
俺の心臓が止まった。死神が俺の背中に触れ、心臓を止められたのだ。
俺は震える手で自分の胸に手を当てる。
「【反転】・・・!」
体がビクリと跳ね上がる。止まった心臓から、急激に血液が全身に送られる。頭の血管が詰まるような感覚を覚えながら、俺はサクラを持ち上げて死神から距離を取る。
(俺がいない事にナナが気付くまで後何秒掛かる・・・?)
「罪は、消えない」
死神が口を開く。
「たとえお前が忘れようとも、お前の奥底に宿り続ける」
「何?」
「罪は、消えない」
死神がもう一度そう言った瞬間、闇の壁から生えてきた腕に引っ張られる。
外に引きずり出されると同時に闇が晴れ、ナナが大剣を死神に振り下ろした。
「どっせーい!」
ナナが死神を真っ二つにしようとした瞬間、死神の目が怪しく動く。
ナナの大剣は止められ、ナナが弾き飛ばされた。
「な、なんでありますか!?」
「ナナ!」
「旦那様、遅れて申し訳ないであります!」
ナナはもう一度大剣を担ぎ上げ、死神に切りかかる。すると死神はまた、闇に溶け込むようにその姿を消した。
「逃げられたでありますね」
地面に深々と突き刺さった大剣を引き抜きながら、ナナが呟く。
ナナは大剣を細かく観察しながら、首を傾げた。
「あの死神・・・実態と言うか、同じ剣の様な手応えだったであります」
「剣? 鉄みたいな叩き心地って事か?」
「そうでありますね。あの奇妙な、体勢をわざと崩す様な動きも妙であります」
「こんなに死神に狙われるなんて、相当な罪を持っているんですか?」
エルが軽口を叩きながらやってくる。その手には小さなメモを持っており、ペンで何かを書き込んでいる。
「それは?」
「死神についてのメモです。こんな短時間で襲われるなんて前例がありませんからね」
「お前遅いでありますよ、ナナが気付いたから良かったでありますが」
「それは失礼、どこかの誰かが放り投げた食料を置いてくるのに時間が掛かりましてね」
エルはわざとらしい笑顔を作り、ナナを挑発する。ナナは不機嫌を顔に出しながら、俺の方を向いた。
「旦那様、主様、ご無事ですか?」
「あぁ、俺は大丈夫。でも今回は、俺じゃなくてサクラを狙っていたみたいに思えた」
「主様を?」
「あぁ。俺も心臓を止められたが、サクラの間にある障害物かのように扱われた気がする」
「ふぅむ・・・とにかく警戒は大事でありますね。お互い常に気を配っておくであります」
俺は頷き、またサクラを背負って立ち上がる。
「うぅ」
「サクラ?」
その時、サクラが静かに呻き声をあげた。
「お父さん・・・お母さん・・・」
「え?」
サクラは確かに言葉を発した。ただあまりにも想像していなかった単語だった為、俺は驚き足を止めた。
「どうしたでありますか?」
「サクラが何か言ってる」
「うぅ・・・どこ・・・」
「まるで悪夢を見ているみたいでありますね」
「早く寝かせれる場所に行こう」
俺達はエルの所有する寝床に向かう。
その間ずっと、サクラは俺の背中で呻き声を上げていた。




