第62話
僕が手を伸ばした時に感じたのは、果たしてこれでいいのか。と言う疑問だった。
僕は思わず腕を引っ込めてしまった。自分の行動に呆然としているうちにジハード達は落下し、僕の目の前で床に開いた穴は閉じてしまった。
「ふむ」
ピースの冷たい声が響く。
「どうされますか?」
「この者はまだ罪を犯していない、逃げると言うのなら見逃してあげなさい」
「はい」
僕が顔を上げると、敵は僕を無視してホバの方を向いた。僕は敵ですらないのか。
「リーリャンさん、一度逃げて体制を建て直します」
「僕は・・・僕は」
「世話がやける!」
ホバは地面を蹴って僕の傍に飛び、地面に円を描いて手を触れた。
しかし何も起こらず、静寂が流れた。
「無駄ですよ、この街は現世と隔絶された空間ですから」
「くっ!」
ホバは円を乱雑に足でかき消し、レイピアを地面に突き立てる。その瞬間小さな竜巻が足元から発生し、僕とホバを包み込んだ。
「王よ、お力添えを!」
「ふむ、この街からは逃げられませんよ」
ピースが冷たく言い放つと同時に、僕達は風になって神殿を飛び出す。
そして巨大な建造物の屋上に着地すると、ホバは僕を床に下ろした。
「・・・状況は最悪です」
ホバは自分の服をめくり、自分の傷の手当を始める。
僕はその場に項垂れたまま、何も動くことが出来なかった。
(どうして見捨てた?)
(見捨てていない)
(裏切った)
(違う、裏切っていない)
(手を伸ばさなかった)
(魔王になりたいから?)
「違う、違う違う違う!」
僕は自問自答の末に自分の頭を床に叩き付ける。
血が吹き出て床に散らばり、すぐに燃えて傷も消えてしまう。
「僕はどうして! どうして手を!」
「あの人数です、流石に一人では引っ張りあげられなかったからでしょう」
「・・・違う、僕は。自分に負けたんだ」
「何にせよあの状況じゃ分が悪いです、一度撤退するのは理にかなっていました」
ホバは自分の傷を治療し終わり、装いを正す。
「まず解決すべきはジハードやサクラ、ナナの救出です」
「救出・・・出来るのか?」
「落とされた場所に目処は付けれます。恐らくこの街の地下、裁かれるべき罪人達が収容されている場所です」
「そんな場所が・・・」
ホバは建物の屋上から地上を見下ろし、怪訝な顔をした。
「どうやら僕達もゆっくりしている暇はなさそうですね」
ホバの隣から顔を出し、僕も地上を見る。馬車が忙しなく動き回り、僕達のいる建物を包囲している。
「審問官です、どうやら僕達への追手の様ですね」
「・・・」
「逃げるには審問官を蹴散らすか、別の建物に飛び移るか。どちらがいいですか?」
「僕は・・・」
その時、僕の中に一つの疑問が浮かんだ。
「魔王になっているのか?」
「なんです?」
「僕は夢を見たんだ、魔王になりたいかって。試練がどうのとか言われて・・・」
「その話、詳しく聞かせて貰えますか?」
僕達はその場に留まり、ホバに僕が見た夢の事を話した。もちろん、試練の内容に関しては隠して。
「なるほど、それは確かに魔王化のプロセスですね」
「なら!」
「その試練の内容がハッキリしなければ、達成も何もありません。頑張って思い出してください」
「・・・その試練を達成すれば、魔王になれるのか?」
「えぇ、恐らく」
「どうやって、魔王になったと証明する?」
「自覚が生まれるはずです。自分が魔王になったと言う自覚が」
「自覚・・・」
僕は静かに口の中で、その言葉を噛み締める。
僕の中にそんな自覚はない。今もまだ、魔族のリーリャンだ。
「他には魔王からその座を譲り受ける・・・などですかね」
「そんな事が可能なのか?」
「僕も聞いた事しかないです。我が王は見た事があるらしいですがね」
話し込んでいるうちに、屋上に作られた扉が激しく叩かれる。
「審問である」
「審問である」
扉の向こう側から抑揚のない声が響く。扉は歪む程強く叩かれ、今にも破られそうだった。
「そろそろ逃げましょうか、動けますか?」
「あ、あぁ。大丈夫だ」
僕はホバに手を引かれ、立ち上がる。
まだ僕はみんなを裏切っていない。
(いいや、裏切った)
まだ魔王じゃない事がその証明だ。
(もう僕は魔王だ)
意識が二重に僕を揺さぶる。
あぁ、また吐きそうだ。




