第59話
「久しいな、フェンリル」
「バイオレット・・・!」
サクラとピース改めてバイオレットが睨み合う。サクラの因縁の相手、度々旅の途中で話を聞いた共に旅をした勇者の話。サクラは時々その話をしたが、あまり詳しくは語らず零した時も苦い表情をしていた。
その旅は楽しかった事が内容からは伺えたが、バイオレットと言う存在がその楽しい記憶を苦い記憶に塗り替えていたと感じた。
そのバイオレットが、目の前にいた。
「お前、お前!」
「どうしたフェンリル」
「人間だろ、どうして生きている!」
「今は魔王だ、魔王は不老だろう。お前が教えた事だ」
「魔王だと・・・?」
「今は楽園魔王ピースとして生きている。バイオレットは捨てた名だ」
サクラは前に進み出て、ピースに向かって拳を固める。
「お前を殺す」
「そうか、来い」
サクラが一瞬で距離を詰め、拳を振りかぶってバイオレットに殴りかかった。
だがサクラの拳がバイオレットに届く事は無く、バイオレットの周囲に展開された半透明のバリアによって防がれた。
「チッ」
サクラは拳を素早く引き、何度もそのバリアを殴りつける。だが日々一つ入らず、バイオレットは冷ややかな目でサクラを見つめていた。
「届かないよ」
「知ってる!」
「時間の無駄だな」
バイオレットが手を叩くと、俺達の後ろの扉が開く。そこから三人の高位そうな人物が部屋の中に入ってきた。
「お呼びですか」
「えぇ、殺しなさい」
「はい」
短りやり取りの中、命令された瞬間にその三人から殺意が放たれた。
ナナは大剣を抜いてその中の一人に斬りかかる。ホバもレイピアを構え、相手の動きを注視した。
だがその三人はその二人を無視して、俺に視線を向けていた。
「【アイスピアーズ】」
一人が魔術の名を叫ぶと、俺の足元に冷気が満ちる。
俺は危険を察知し飛び上がった瞬間、足元から氷の棘が飛び出した。
「ぐっ!」
俺は飛び上がったが、足に氷の棘が突き刺さった。その瞬間、両サイドから剣を持った残りの二人が俺を襲う。
「オラッ!」
サクラが俺達の間に割り込み、一人を蹴り飛ばし、もう一人の剣を歯で止めた。
「ほう、フェンリルが人を助けるとは」
「っせー! 無事かお前様!」
「足をやられた、片足だからまだ動ける!」
「ナナ! ジハードを守れ! ホバ! 我と一緒に三人を相手しろ!」
「了解であります!」
「分かりました」
「俺はどうすれば」
「お前様はナナの近くにくっ付いてろ! いいか、あのバイオレットに攻撃は効かん!」
バイオレットは黒い髪を靡かせながら、ゆっくりとこちらに近寄る。
「近寄るな! 無視しろ! 攻撃してきたら避ける事に専念して、自分といる奴に援助を求めろ!」
「ぶっ殺しちゃダメなんでありますか?」
「試してみますか?」
自信満々にそう言い放つバイオレット、ナナは大剣を持ち直し嫌そうな顔をした。
「・・・主様の指示に従うであります!」
「この三人を片付けたら我がバイオレットを」
「そう簡単に倒せますかね?」
バイオレットが指を鳴らすと、高位そうな服装をした三人が顔を覆っている布を取り払った。
一人は年老いた女性で後の二人は若い男だった。
「【アイスフォール】」
年老いた女はまた魔術を放つ。
今度は冷気が神殿の天井部分を覆い、氷の塊がいくつも生成される。
氷の塊は落下を始めると同時に、両脇に待機していた二人の男が走り始めた。落下する氷を縫うように走り抜ける。
「ふん!」
ナナが大剣を振り下ろして男の一人を足止める。
「今度は抜けさせないでありますよ!」
「悪魔」
男は小さく呟くと、剣を振り抜きナナの大剣と強くぶつかった。
「後ろだお前様!」
もう一人の剣を持った男が、俺の背後から斬りかかってくる。その男の腕を、ホバのレイピアが貫き止めた。
「狙いが分かればやりやすいですね!」
「罪人」
男は同じ様に小さく呟き、自分の腕を切り落としてホバと距離を取った。
降り注ぐ氷塊を避けながら、お互いの出方を伺う。
先に動いたのはナナだった。
「【勇者流・氷塊斬】!」
落下してくる氷塊に隠れるように飛び上がり、氷塊ごと真っ二つに切り裂きながら大剣を振り下ろす。
男はナナの大剣に怯む事なく受け止め、空いた手で暗器のナイフを取り出した。
「っ! 【反転】!」
ナイフが投げられると同時に、俺は反転を使ってそのナイフを弾き飛ばす。床に刺さったナイフは煙を吹き出し、床の石材をいとも簡単に溶かした。
「毒付きのナイフだ! 気を付けろナナ!」
「分かったであります!」
俺の背後ではホバともう一人の男が、激しい剣戟を繰り広げていた。
氷塊を挟んで何度も火花が散り、お互いがお互いを牽制し合いながら移動を続ける。
その男はホバと戦いながらも、常に俺を目だけで狙っていた。
「まずは一人」
降り注ぐ氷塊に隠れながら、サクラは年老いた女魔術師の背後に回り込む。
鋭い爪を伸ばし、一気に首目掛けて振り抜く。
「えぇ、まずは一人ですね」
滑るようにサクラと女魔術師の間にバイオレットは滑り込む。バリアがサクラの爪を砕き、バイオレットは振り上げた杖を地面に落とすように打ち鳴らした。
その瞬間、俺の足元に巨大な穴が開いた。
「えっ」
俺は空いた穴に吸い込まれるように落下する。
「捕まえたであります!」
落下する俺の手をナナが掴み取る。
その背後に男が立つ。剣を振り上げ、ナナに切りかかろうとする。
「はいっ!」
「【反転】!」
ナナが俺を引き上げると同時に、俺は反転を使って男の剣を弾き飛ばす。
男が体制を崩した瞬間、ナナは大剣を使って男の腹を真っ二つに割いた。
「浅いでありますね! もう一発!」
「【ブリザード】」
女魔術師の声が響く。一瞬で室内に吹雪が吹き荒れ、視界が奪われる。凍てつく雪や氷が刃のように体を切り刻み、至る所から出血する。
「ナナ!」
「ここであります!」
吹雪の中からナナが飛び出し、俺のそばで大剣を構える。周囲に注意を飛ばすが、男の影も形も見えない。
「こんな視界じゃ戦えないであります!」
ナナがそう叫んだ瞬間、吹雪が巨大な炎で焼き尽くされる。
「どうやら、僕の助けがいるようだね!」
「その声は!」
室内に吹雪だった雨が降り注ぎ、視界が晴れる。巨大な扉を押し開ける、リーリャンの姿がそこにあった。
「待たせたようだね!」
「リーリャン!」
「形勢逆転でありますね!」
「本当にそうでしょうか」
バイオレットの冷たい声が響く。
視線を向けると、そこには地面に横たわり血を流すサクラの姿があった。
「サクラ!」
「主様!」
俺は思わず駆け出そうとするが、ナナに腕を引っ張られる。その瞬間、目の前に剣が振り下ろされた。
腹から血を流しながらも、男は俺を殺そうと視線を向ける。その視線には怒りや憎しみなどの強い感情はなく、ただ淡々と命令をこなそうとする冷たい視線だった。
「ここはナナに! 行ってください!」
ナナが男に向かって大剣を振り下ろす。俺はナナの言う通りサクラの元に駆け出した。
「サクラ!」
「おっと」
サクラと俺の間に、バイオレットが立ちはだかる。
「なるほど、貴方が次の《《大切な仲間》》ですか」
「なんだと・・・?」
「この罪人に利用されるだけ利用され、いずれ捨てられる可哀想な人間。今去るのなら慈悲をあげましょう」
「黙れ!」
俺が飛びかかると、バイオレットはふわりと飛び上がって俺を避けた。
俺は倒れるサクラの傍に膝を着き、サクラの体に触れる。サクラの体は冷たく、息はあるようだったが血を流しすぎているようだった。
「に、げろ・・・!」
「では、一緒に落ちてください。《《地獄》》へと」
バイオレットは杖の底面で地面を叩く。
その瞬間、俺とサクラの足元にさっきの巨大な穴が開いた。
俺はサクラの体を持ち、穴の淵に手をかける。
「くっ!」
「旦那様! 主様!」
ナナが叫び、俺の方に走ってくる。
その背後で男がまた、暗器のナイフを取りだした。
「ナナ! 後ろだ!」
「わっ!」
ナナは咄嗟に振り返るが、毒の塗られたナイフを腕に食らう。その勢いのまま穴の中に落ちてくる。
「がうっ!」
サクラが落ちるナナの服を噛み、落下を食い止める。
重量が増え、俺は穴の淵を掴む手がどんどんと離れてくる。
「くっ! リーリャン!」
「待っていろ!」
リーリャンが穴の淵に走り寄り、俺の腕を掴もうと手を伸ばす。
その瞬間、ピタリと動きを止めた。
額には汗が滲み、俺をじっと見つめている。
「どうしたんだ! 早く俺達を引っ張りあげてくれ!」
「・・・」
「リーリャン!」
だがリーリャンは手を引っ込めた。
その瞬間、俺の手は穴の淵から離れてしまった。
俺達三人は、穴の中に落下した。




