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第56話

暗い。何も見えない。

自分の手や足すら見えない暗闇、存在そのものが無いかの様な深淵。

そんな中に、僕はいた。


『お前』


声が響く。どこかから聞こえるのではなく、直接頭の中に響く。反響し、増幅され、頭を割れんばかりに揺さぶる声。


『お前には魔王になれる素質がある』

「魔王に? お前は誰だ!」

『お前に試練を与える』


声は僕の質問には答えず、話を続ける。

突然、僕の目の前に白い影が現れる。それは大きくもあり小さくも見える。遠近感なんて存在しないこの空間では、サイズなんてものは測れなかった。


『お前と共に旅をする者を裏切れ』

「なに?」

『そうすればお前は魔王になれる』


白い影はまた闇へと溶けだし、存在がどんどんと無くなっていく。


「待て! お前は誰だ! 何が目的だ! 僕に何をしろと言った!」

『お前には魔王になれる素質がある』


「待て!!!」


目を覚ます。強烈な吐き気と目眩。思わずトイレに駆け込み便器に顔を突っ込む。


「おぇぇぇ!」


幸いここは一人部屋だ、僕の醜態を誰にも悟られる事は無い。

ただ内蔵の中にあるものを全て吐き出す。あまりの苦しさに懐にしまっていたナイフを取り出す。


「くっ、うっ」


もう一度吐きそうになり、必死に押しとどめる。そしてナイフを自分の腹に差し込み、内蔵を引きずり出す。

内蔵を便器の中に投げ入れ、空になった腹を見る。しかし吐き気は収まらない。


「頭か・・・」


ナイフを首の後ろに押し当て、頭頂部に向かって頭を開く。そして脳を取り出し便器に投げ捨てる。


「ふぅ・・・」


空になった内蔵と、頭。僕の中には何も残っていない。

チリチリと小さな火花が腹の中に生まれ、やがてそれは炎となる。炎と共に内蔵は再生し、腹の傷は一瞬で塞がった。

首の後ろにも温かさを感じ、次の瞬間頭が炎に包まれる。


「はぁ」


僕は壁にもたれかかりながら、炎に包まれた自分の姿を鏡で見つめる。

便器の中の臓器達も炎に焼かれ、塵一つ残さず消滅した。


「なんなんだ、今のは」


僕はさっき見ていた夢の内容を思い出す。

裏切れと、裏切れと言ったのだ。

あの夢が自分の深層心理から引き出されたものだと思いたくない、心の奥底で裏切ろうとしている事になるからだ。

裏切る訳にはいかない、恩があるからだ。


「そうだ、僕には彼らに恩がある。裏切る事はない・・・」


生唾を飲み込む。

魔王、魔王になれると言ったのだ。

もしあの夢が他者からの干渉によって見た夢だとしたら。もし本当に魔王になれるとしたら。

圧倒的な力があれば、この先何も失わない。何も奪われない。守りたいものを守り、得たいものを得れる。

もう、レニィの街のような悲劇は生まれない。

あの時助けられなかった街の住人達の様な人達を、もうこれ以上生み出さなくて済む。


「・・・おぇ」


自分の心に、吐き気を催した。

______________________

結局あれから一睡も出来なかった。

窓から朝日が差し込んできている。寝不足のせいでぼーっとする頭を振り、やっとの事で我に返る。


「・・・散歩にでも行くか」


僕は荷物をそのままに、部屋の外に出る。

するとちょうど、隣の部屋からジハードとサクラが出てきた所だった。


「おや、おはよう。よく眠れたかい?」


僕は精一杯普通を演じる。


「リーリャン、お陰様でな」

「昨日ホバが言ってたレストランに行くぞ!」


サクラは尻尾を振り回し、ジハードの腕を引っ張っている。

昨日ホバが言っていた二階のレストランの事だ。だが生憎、今の僕には食欲がなかった。


「いいね、僕は少し外を散歩してくるよ。先に行っててくれ」

「分かった!」


サクラは大きく頷き、僕を素通りしてナナのいる部屋を乱暴にノックする。

僕はその様子を背中で聞きながら、ジハードの隣を素通りして階段を降りる。

エントランスを通り抜け外に出ると、外は涼やかな風が吹いていた。


「ふぅ、心地いいな」


僕は目的地もなく歩き始め、街の景観を楽しむ。

伝説の都ユートピア。まるで別世界を歩いているようだ。

きっと慣れない環境に来たせいで疲れていたんだ、だからあんな夢を見たんだ。そう自分に言い聞かせながら街を歩いていると、本屋を見つけた。

僕は本屋に立ち寄り、魔術書などを指で探す。


「ん?」


どれも見た事のない魔術書が、本棚に所狭しと並んでいた。僕は自分の専門分野である炎の魔術書を引っ張り出し、中身を改める。


「・・・なんだ、これ」


そこには僕の知らない魔術が記されていた。僕の使う魔術よりもっと高威力、広範囲、限定的な使用方法もある。


「すいません、この本をください」


僕は思わずこの本を持ち、店主に話しかけていた。そしてポケットまさぐり、部屋に財布を忘れた事を思い出した。


「あ、やっぱり」

「あぁ、持っていきな」

「え?」

「あんた余所者だろう? この街では何もかも全て無料なんだよ、持っていきな」


店主は僕に笑顔を向ける。

僕はその本を抱えたまま店を出た。振り返ると、店主が笑顔で手を振っている。


「こんな本が、無料?」


おかしい。僕の知らない魔術。しかも高レベルの魔術の本。価値だけで言えば家が一つ立つレベルの、金銀財宝にも劣らない物品のはずだ。

周囲の人々は皆同じ白い装束を身にまとい、みんな幸せそうな顔を浮かべている。その様子を僕は不気味に思い、思わずホテルに戻ろうとした。


「・・・」


一刻も早くホテルに、みんなの元に戻ろうとする。路地裏を抜けようとした時、背筋に何か冷たいものが走る。

白い街並みの中、太陽の光を遮られて生まれた暗闇。その中で僕は足を止めた。


「誰だ!」


大声を上げ振り返る。

路地の入口には闇が降り、僕は四方を闇に囲まれていた。


「死神」


暗闇から声が聞こえる。


「私がユートピアの死神、だ」


暗闇から人型が浮き上がり、僕の前に姿を現す。まるで暗闇を纏ったかのような不定形な姿と、真っ赤な宝石の様な二つの目。


「その死神が何の用だ」

「お前、に。審判を、下す」


死神は途切れ途切れに話す。

一度死神の目が見開かれ、僕は体中の力が抜けた。


「くっ!」


自分の胸を貫き、止まった心臓を引きちぎる。

炎で動く心臓を再生し、燃える心臓だったものを死神に投げつける。


「まだ、罪人ではない」


死神の体を通り抜け、燃え盛る心臓が地面に落ちて燃え尽きる。

僕は魔術書を開き、中の魔術に目を通す。


「キミで試させてもらうよ! 【グレン・フレイム】!」


僕の手の平から炎が溢れ出る。一瞬で路地は火の海になり、死神に大量の炎が浴びせられる。

僕が今まで使っていた魔術よりも一段階上の魔術、僕が魔術の天才で助かった。


「次の、審判に向かう」


魔術が効いたのか、死神はそう言い残して炎の中に姿を消した。

手応えは無かったが、無事難を逃れたようだった。


「・・・早くみんなに伝えないと」


僕は闇の晴れた裏路地を抜け、ホテルへの道を急いだ。

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