第51話
「よぉ〜お前様! 遊びに来たぞ!」
俺の了解を聞く前に、サクラが部屋の扉を開け放ち入室してくる。
俺はため息をつきながら、手に握っていたクッキーを皿の上に戻した。
「何の用だ?」
「遊びに来たんだって! ナナは療養、リーリャンは残機を増やす? とかで構ってくれないんだ!」
「そうか、まぁ座れよ」
エルの襲撃から一日、俺達はベルフェゴール卿の温情で休息を取っていた。
みんなあの戦いのせいで疲労がだいぶ溜まっているのに、サクラは元気なものだ。
「お前様は何をしていたんだ?」
「【反転】を調べていたんだ」
「ふ〜ん」
サクラは自分から聞いておいて、心底興味無さそうな返答を寄越した。
俺はその態度に少しムカつき、クッキーを一つテーブルの上に置いた。
「サクラ、このクッキーを反転させるとどうなると思う?」
「どうなるんだ?」
「【反転】」
俺が指先で触れながら反転を使うと、クッキーは自発的に転がり逆さまになった。
「転がったな?」
「正確にはひっくり返った、反転したんだ」
俺はそのクッキーを手に取り、サクラに向かって投げる。サクラはそのクッキーを受け取り、食べようとする。
「サクラ、俺に向かってそのクッキーを投げ付けてくれ」
「えぇ〜! こんなに甘そうなのに?」
「いいから、やってくれ」
「むぅ。えい!」
サクラは大きくクッキーを振りかぶり、俺に向かってクッキーを投げつける。目にも止まらぬ速さのクッキーが俺に向かって飛んでくる。
「【反転】!」
俺は飛んでくるクッキーに手を突き出し、触れた瞬間に反転を使う。クッキーは反転し、サクラに向かって勢いそのままに飛んでいく。
「あむ」
サクラはそのクッキーを口で受け止め、バリボリと咀嚼する。
「今の分かったか?」
「え? なに?」
「俺はクッキーを反転させた様に見えたが、実際には違うものが反転している」
「そうか?」
「俺はクッキーを反転させたんじゃない、クッキーに付与された運動エネルギーを反転させたんだ」
「・・・?」
サクラはとぼけた様な顔をして、テーブルの上のクッキーに手を伸ばそうとする。
俺はその手を叩き、サクラを椅子に座らせる。
「クッキーを反転させるのと、クッキーの運動エネルギーを反転させる。この切り替えが今まではオートで行われていたんだ」
「自動的に切り替わっていたってことか?」
「神からのギフトだ、そんな便利機能があっても不思議じゃない。俺はそれをマニュアルに切り替えて反転する対象を指定した、それがナナの悪魔化を解いた方法だ」
「はぁ・・・」
ナナは不思議そうな顔をする。俺はテーブルの上に置いてあるクッキーを一つ取り、サクラに手渡す。
「食べてみてくれ」
「あむ・・・辛い! 何だこのクッキー!?」
サクラはすぐにクッキーを吐き出し、俺の前に置いてあったカップから水を勝手に飲む。
「これは俺が反転させたクッキーだ。ただ普通に反転させたんじゃなく、マニュアル操作で甘さを反転させたクッキーだ」
「なるほど? 見えないものを反転させて味を変にしたってわけだな」
「そう、このクッキーは甘さが反転し辛さになった。色々試した結果こんな芸当ができるようになったわけだ」
「へぇ、凄いなお前様は」
サクラはそう言いながら、テーブルの上に置いてあった山積みのクッキーを鷲掴み口に運ぶ。
「言い忘れてたがそのクッキーは全て反転済みだ」
「先に言え! うげ〜!」
サクラはクッキーを勢い余って飲み込み、ヒリヒリと赤くなっている舌を外に出し冷やす。
その時、俺の部屋の扉がノックされた。
「誰だ?」
「僕だよ、リーリャンだ」
リーリャンはそう言いながら扉を開け部屋に入ってくる。
「もう動いていいのか?」
「まぁね、僕は回復が早いから」
「なぁリーリャン! このクッキー食べてみろよ」
「ふむ、一つもらおうかな」
リーリャンはサクラからクッキーを受け取り、口に運ぶ。その様子をサクラはニヤニヤとしながら観察している。
「うん、いい甘さだ」
「えっ、そんなはずない!」
サクラは驚いた様にクッキーを口に運び、また辛さに嘔吐く。
「ばーか、そんな見え見えの罠に僕が引っかかるわけないだろう」
「ゲホッゲホッ! それにしても無反応すぎるだろ!」
「僕は辛いものは嫌いじゃないんだよ」
「ところで、リーリャンは何の用だったんだ?」
リーリャンは俺の一言で、何かを思い出したかのように手を叩いた。
「そうだ、ホバから伝言を預かっている。明日には出発するから準備をしておいてくれとの事だ」
「明日? 随分と急だな」
「しょうがない、君が不用意に取引なんてするからさ」
「お前様はほんとうにしょうがないなぁ!」
「サクラ、ホバの口ぶりならとんでもない量の貸しがあるはずだぞ」
「ほよ?」
サクラはまたとぼけたような顔をする。
その時、俺の部屋の扉が蹴破られる。
「旦那様! わ、主様とリーリャンもいる!」
「ナナ! もう動いて大丈夫なのか?」
「ナナはもう元気いっぱいであります! それよりも見て欲しいであります!」
ナナはそう言って、その場に立って踏ん張り始めた。
「おいこんな部屋の真ん中で何する気だ!」
「主様! 乙女にあんまりな事言わないで欲しいであります! ふんぬ!」
ナナの額から、見る見るうちに角が生え始める。
ナナはあっという間に悪魔の様な姿になり、大きく息を吐いた。
「自由自在に扱えるようになったであります!」
「負担とかないのか?」
「大丈夫であります! むしろ力が漲ってくるであります!」
「ふむ、暴走が反転して安定になった? だから悪魔化の力が自由に使えるようになったのか?」
「あの力が自由自在なら相当頼もしいな! どうだ、我と力試しとか」
「お、やるでありますよー!」
ナナとサクラは楽しそうに部屋の外に走り出して行った。残された俺とリーリャンは肩を竦め、リーリャンはクッキーの山に手を伸ばした。




