第36話
歴戦の獅子を思わせる血に塗れた金髪、年季は入っているが未だ鋭さが衰えないその眼光、リーリャンの炎を受けて光り輝くその宝剣。
間違いがなかった、俺が見間違えるはずがなかった。
「・・・!」
「リーリャン!」
サクラとナナがコロッセオの観客席を駆け下りる。俺は足がすくみ、その場に少し立ち尽くす。
ふと足元には決闘を見に来たのか、魔族の死体が転がっていた。
「・・・すまない」
俺はその魔族の顔に掛けられていた仮面を剥ぎ取り、自分の顔に付けた。
コロッセオの中央では飛び掛るサクラとナナに気付いた父上が、リーリャンから手を離した。
「誰だ?」
「牙爪魔王サクラ!」
「勇者ナナであります!」
「き、君達・・・! ぐぇっ」
父上はリーリャンの首を持ったまま、まるで鞭の様に振り回しサクラとナナを弾き飛ばす。
「俺の名前は《《レオーネ・バレンタイン》》。お前の様な獣人の小娘が魔王なら、この俺様は覇王だな」
「サクラ!」
俺はコロッセオを駆け下り、サクラの倒れている場所に駆け付ける。
サクラは一人で立ち上がり、砂埃を払い除けた。
「この程度なんて事ない。それよりお前様、アイツに関して情報とかないか?」
「正直いって俺はほとんど知らない。剣の腕は超一流、数々の戦で無敗、誰も勝てないし膝を着いている所なんて見た事がない」
「ほぅ、よく知っているようだな」
父上が感心した様に俺の事を見下ろす。
大きい。体長二メートル程度の巨体、ガルガンチュアやガリュオーンの獣形態に比べれば小さく思える。だが、それすらも凌駕する圧倒的なオーラを感じた。
「なら決定だ」
「何がだ、小娘」
「お前に土の味を教えてやる」
「・・・面白い!」
父上はりーリャンを投げ捨て、宝剣を構える。
「サクラ、あの剣は宝剣【レオーネ】! 切れ味は鉄の鎧すらバターの様に切り裂く切れ味だ! 絶対に攻撃を受けるなよ」
「あいわかった!」
「来い小娘!」
「とったであります!」
サクラが注意を引いている隙に、ナナが父上の背後から首に大剣を振るう。
「・・・なっ!?」
だがナナの動きはそこで止まってしまう。大剣は確実に父上の首を切断する勢いで振るわれたのに、父上の首に当たったまま静止していた。
「甘い!」
父上はナナを掴み、そのまま地面に投げ付ける。大きく足を振り上げ、まるで四股を踏むかのようにナナに足を振り下ろした。
「切り裂け狼王爪!」
サクラが足を切断しようと爪で足を切り裂くが、父上の履くブーツには傷の一つもつかない。
父上は足を振り下ろし、ナナを踏みつぶそうとする。
「むぅ!」
「ったく! 僕を助けに来たくせに助けられてどうする!」
「助かったであります」
父上に踏み潰される寸前で、リーリャンが飛び込みナナを拾い上げ窮地を脱した。
「そのまま上昇して欲しいであります!」
「注文の多い客だな!」
ナナを掴んだままリーリャンは翼を広げ、コロッセオ内を円を描く様に上昇する。
父上はその様子を自信たっぷりに眺めながら、俺に一瞬視線をやった。
一瞬だった。
「【反転】!」
「ほぅ、反応するか!」
宝剣が俺の胴体を真っ二つに切り裂こうと飛んで来る。俺は咄嗟に自分に振られた宝剣を触り、反転の二言を叫んでいた。反転を発動するのが遅かったか、斬撃が早すぎたせいか。俺の胴体と手のひらには浅い切り傷が付いていた。
「貴様ァ!」
「無駄ァ!」
父上は飛び掛るサクラを軽く殴り飛ばし、叩き付けられた壁に無数の斬撃を浴びせる。舞い上がった土煙の中、楽しそうに宝剣を振る父上が狂気の笑みを浮かべた。
『狼王牙!』
土煙の中から狼に返信したサクラが飛び出し、宝剣を牙で受け止める。
そしてがら空きの父上の胴体に、爪を突き刺そうと腕を伸ばした。
「ううむ、見事見事」
『そ、そんな!?』
父上の体にサクラの爪は通らず、ただ表面で音を立てて弾かれていた。
そして父上は自分の背中に手を回した。
「危ない!」
『お前様!』
父上は背中から二本目の剣を取り出し、神速の一撃をサクラの首に放とうとした。俺はその間に飛び込み、落ちていた剣で父上の剣を受け止めた。
「ふはははは! 俺の剣を受け止めるか!」
「くぅっ! 【反転】!」
父上の剣を反転させ吹き飛ばすが、父上は宝剣を手放し裏拳で俺の事を殴り飛ばした。
サクラが宝剣を咥えたまま俺のそばに着地し、人の姿に戻る。
「大丈夫か?」
「ゲホッ、なんとか!」
「勇者流!」
コロッセオの天井からナナの声が響く。
ナナはリーリャンによって天高く放り上げられ、大剣を掲げ狙いを定めていた。
「来い!」
父上はあろう事か手に持っていた剣を地面に突き刺し、大手を振り上げその一撃を待った。
「烈地斬!」
ナナが天井を蹴り、落下速度が音速を超える。一瞬でナナは音の壁を破った矢の様に、父上を貫いた。舞い上がった土煙、状況は何も見えない。
「くくくくく、くはははは!」
土煙の中から、父上の愉快そうな笑い声が聞こえてきた。
土煙がゆっくりと晴れると、そこにはナナの大剣を肩で受け止めた父上がいた。
傷一つ付いておらず、その表情には恍惚としたものがあった。




