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第22話

「なぁんで徒歩なんだ〜!」


サクラの咆哮にも似た叫びが後方から聞こえる。俺は無視し、先頭を歩き続ける。


「ほらほらどうどう、あと半月も歩けば街でありますからね」

「長い! 我が狼になって走れば一日で着くだろうが!」

「何回も言ってるだろう。魔王がどこに出るか分からないから、通り過ぎるのを避ける為に歩きにするって」

「嫌だ嫌だ嫌だめんどくさいめんどくさいめんどくさい〜!」

「日に日に駄々が激しくなってるでありますね」


サクラは地団駄を踏み鳴らし、どこから拾って来たのか棒切れを振り回す。

サクラと長い事過ごして来て分かったが、サクラは相当なアドレナリンジャンキーだ。どれくらい封印されていたのか分からないが、その間の退屈と現状を重ね合わせて癇癪を起こしている様だった。

実質トラウマにも近い物で、俺達には治療不可能なものだった。


「とは言ってもなぁ・・・」

「旦那様、流石に一度レニィの街に行くべきではありませんか? これ以上退屈を味合わせると、何しでかすか分からないでありますよ」

「だが魔王の情報が手に入るかどうかも分からない、俺達はこの細い糸を頼りにするしかないんだ」

「やだやだやだやだやだやだ!」


サクラは地面に寝転がり、枝を咥えてじたばたと回転しだす。俺達はため息をつき、荷物を下ろしてサクラを宥めにかかる。


「サクラ、あと少し歩けば今日は休憩だから」

「そうであります、晩御飯食べれるでありますよ」

「・・・もう半月! いっっっつも同じパサパサの肉とよく分からん豆を乾燥させたやつ! 美味しいもの食べたい! 楽しいことしたい! 我は退屈だぁ〜〜〜!!!」

「深刻だな・・・」

「今日のは特に酷いであります・・・これが魔王の姿・・・」

「お前様!」


突然サクラが叫ぶ様に立ち上がり、俺に覆いかぶさった。


「交尾しよう!」

「・・・は!?」

「番の娯楽の一つだ、なぁに星を数えていればすぐ終わる!」

「ちょ、やめろ! 脱がそうとするな! ナナも止めろ!」

「はわわわ! ナナには刺激が強すぎるであります!」


サクラが俺のズボンに手を掛ける。俺は必死に抑えながら、サクラの顔を手の平で押し返す。だがさすが魔王、ピクリともしない。


「分かったサクラ! ちょっと待て!」

「なんだ!」

「お前の退屈を何とかする! だから一旦止まれ!」

「何をしてくれるのだ? つまらんかったら即交尾だからな」


サクラは俺の上から退き、俺は体勢を立て直す。脱がされた衣服を纏い、必死に頭を働かせた。


「・・・これは俺の故郷での話なんだが」

「つまらん!」

「聞け、まだ始まってもない! 故郷に伝わる話なんだが・・・ある所におじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山に芝刈に、おばあさんは川に洗濯へ」

「つまらん、本当につまらん」

「待て待て待て! 獣に抱かれる趣味はないんだ! じゃあこうしよう、俺と戦おう!」

「・・・」


サクラの耳がペタリと倒れる。あまり気に入らない提案だったようだ。


「もういい、寝る」

「なぁサクラ」

「寝る! 話しかけるな!」


サクラは不貞腐れる様にその場に横になり、俺達に背を向けてしまった。

俺は声を掛けることも出来ずに、サクラの後ろ姿をじっと見ていた。


「旦那様、今日はここで休みましょう」

「ナナ・・・すまない、どうにも出来なくって」

「お気になさらずに、ナナは晩御飯を用意しますね」


ナナは地面に置いた荷物からいつもの食事を取り出し、俺に二セット手渡した。


「どういう事だ?」

「一度主様とお話してみては如何でしょう? 何が気に入って何が気に入らないのか。きっと主様には、旦那様の予想だにしない不満があるのかもしれないでありますよ」

「・・・そうだな、少し話してみる。ありがとう」

「ナナは向こうで休んでいます、ごゆっくりどうぞ」


ナナはそう言うと、荷物を抱えて丘の向こうに歩いて行った。

俺は食事セットを持って、サクラの隣に座り込んだ。


「・・・あっちいけ」

「サクラ、晩御飯だ」

「・・・いらない」

「そう言うな、腹が空いては戦が出来ぬって言ってな」

「しない、起きない、つまらない」

「・・・サクラ」


サクラは尻尾を丸め、体の前方に折りたたんだ。

俺はサクラの隣で静かに思案した。


「・・・歌でも歌おうか?」

「・・・馬鹿」

「そうだよな、そんなんじゃないよな」

「・・・」

「でも話さないと何も分からない。教えてくれ、何がダメだった?」

「・・・つまらない」

「戦闘も何も起きない、ただの移動時間。そうだよな、サクラにとってはつまらないよな」

「・・・」


サクラは丸まったまま、静かに頷いた。


「・・・でもな、俺には案外そうでもないんだ」

「・・・?」

「俺の過去って話した事無かったよな。俺は・・・貴族の家に生まれたんだ」


サクラの耳が、俺の方を向いた。


「俺は小さい頃。そうだな、赤ん坊の頃から剣士になる事を定められていたんだ。それも強い剣士に」

「・・・どうして?」

「父上がそうあって欲しいと願ったから、かな」

「ふぅん・・・」

「自由時間なんてほぼなくて、屋敷の訓練場で日夜剣の訓練ばっかり。空いた時間は食事と睡眠で埋まってた」


俺は過去の日々を思い出す。


「でもさ、案外それも悪くなかったんだ」

「・・・他人から強制された事が?」

「こう上手く言えないんだけど、俺も《《そうありたい》》って心のどこかで願ってたんだ。立派な剣士になりたい、期待に応えたいって」

「剣の腕は全然ないのに?」

「その通りだ。実際のところ俺は剣の才能が無かった、さっぱりだ」


サクラは興味が出てきたのか、顔を上げて俺の顔を見た。


「だから裏切られた時、酷くショックだった。剣士になれなくても愛してくれると思っていたけど、そんな事は無かった」

「そうか・・・」

「でも今は幸せだ。毎日が楽しいんだ」

「この半月もか?」

「あぁ! 外の世界はこんなに広くて、楽しい会話をしながら旅もできる! 毎日少しずつ違う景色を見ながら、自分で行きたい場所を選んで進む。こんな楽しい事はない!」

「・・・つまらないとは、微塵も思わなかったのか?」

「あぁ。俺にはこんなに楽しい旅を、一緒に経験してくれる奴がいるんだ。ずっと楽しい」


サクラは少し考える様な素振りをし、狼の姿になって俺の上に覆い被さった。

さっきの様な雰囲気は無く、俺の両腕を前足で抑え首元には牙が突き付けられていた。


『我は魔王だ。不愉快なものは力ずくで消す』

「そうだな」

『だがお前様は愉快だ。そんな考え方も見た事がない』

「そうか」

『お前様が死んだ時、この世から我の《《楽しい》》が無くなる気がする』

「そんな事無いんじゃ」

『黙れ!』


サクラに目の前で吠えられる。

俺は口を閉じ、サクラの声に耳を傾けた。


『だからお前様が死んだ時、我も死ぬ』

「いいのか?」

『番だ、死ぬ時も一緒の方がいい』

「そっか。じゃあ長生きしないとな」


サクラは人の姿に戻り、俺の目を見つめる。


「これからもよろしくな、お前様」

「あぁ、よろしくな。サクラ」

「よし! 雰囲気も良いし交尾するぞ!」

「しない! よせ、やめろ! また脱がそうとするな!」

「なんだ? 獣の姿の方が興奮するか、この変態め!」

「しない! 退け!」


揉みくちゃになった瞬間、俺達の真上が真昼時の様に明るくなる。


「眩しい!」

「なんだ?」

「何でありますか!?」


俺達の頭上には、燃え盛る巨大な鳥が羽ばたいていた。

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